第64話 取引

「どうやら、あの化け物は去ったようだな」


聞き覚えの無い声に振り返ると、そこには魔族が4人たっていた。

どうやらこの4人の魔族は、グヴェルの攻撃に巻き込まれなかった様だ。


4人は既に召喚を完了させており、その背後では魔獣達が戦闘態勢に入っている。

グヴェルの事に気をとられ、奴らの接近に気づけなかった。

完全に失態だ。


「くっ……テオードっ!」


叫ぶが反応はない。

レーネを奪われ、彼は茫然自失のまま地面に膝をついている。

アーリンが心配げにその顔を覗き込むが、やはり反応はない。


このままではテオード抜き。

いや、それ所か彼を庇って戦わなければならない。

流石にそれはきつすぎる。


「尻尾を撒いて逃げ出した訳じゃなかったのか」


テオードを庇う様に、師匠が一歩前に出る。

それに俺も続いた。

レーネの事も気にはなるが、今はこいつらに集中しよう。


「そうしたかったのは山々だったが、あんなのを見せられては、逃げ様がないだろう?」


あんなのとは、グヴェルが人間と魔族をその圧倒的な力で殺した力の事だ。

逃げ出した途端、先に逃げ出した者達の二の舞になる。

彼らはその可能性の高さを考え、逃げ出さずにその場に残って様子を見ていたのだろう。


「提案がある。君達はあの化け物の事を知っているのだろう。その情報を提供してくれるのなら、この場を見逃してやってもいい」


どうやら、魔族もグヴェルは看過できない存在だと認識している様だ。

この場に戻って来る事も考えれば、情報だけ得てとっとと報告に戻りたいのだろう。


「伯父様!何を仰るのですか!!」


その言葉を聞いた途端、魔族の女がヒステリックに声を荒げた。

綺麗な顔立ちの女性だが、目つきが鋭く性格はきつそうだ。


「我々の目的は傭兵団の殲滅だったはず!ターゲットを目の前にして、おめおめと引き下がるなんて!」


どうやら狙いは俺達傭兵団だった様だ。

以前砦を8人で落として――7割がたレーネの力だが――以来、ラムウ傭兵団は注目される事が多くなってきていた訳だが……それは人間側だけでなく、敵側でも同じだったという訳か。


そう考えると、目立つのも善し悪しだ。


「正直言って。目の前の人間達より、あの化け物の方が我々魔族にとって遥かに脅威だ。それこそ存亡がかかるレベルでね。アムレ、お前も感じただろう?あの邪悪な力を」


ハッキリ言って、グヴェルは本気を出していなかった。

先程のあれは只のお遊戯に過ぎないだろう。

本気の奴の力は計り知れない。


――時を操り。


――空間を跳躍し。


――俺やテオードの剣を鼻歌交じりに捌いて。


――百名からが放った魔法を無効化。


更には逃亡した数百以上――敵味方合わせ――の命を、蟻を踏みつぶすかの様に容易く葬る強力な魔法まで操る化け物。


しかもそれを遊び半分で行えてしまえる様な相手だ。

本気で来られたら、冗談抜きで種が滅ぼされかねない。

それ程までにグヴェルの存在は危険なものだった。


戦いを好む魔族は強さに敏感と聞く。

だから一戦交えなくとも、遠くから見ただけでそれを俺以上に強く感じ取ったのだろう。


「それは……」


アムレと呼ばれた魔族が口ごもる。

彼女もきっと、その言葉には同意せざる得ないのだろう。


「いきなり人間から仕掛けられた戦争。しかも此方はかなり押されてしまっている状態だ。敵の戦力を削っておきたい気持ちは分かる。だが、今重要なのはあの化け物の情報をいち早く魔王様に報告する事だ。それも出来るだけ詳細に」


「く……分かりました」


彼女は納得したのか、一歩下がる。

但しその視線は鋭く此方を睨みつけたままだ。

まあ彼女の態度はこの際どうでもいい。


いま魔族の男がサラリと、とんでもない事を口にしていた。

人間側とは違う情報。

俺はそれがどうしても気になる。


「ちょっと待ってくれ?人間側がいきなり仕掛けてきた?戦争は魔族の宣戦布告があったからだぞ」


どうやら師匠も気づいた様だ。

戦争は魔族の王、ラミアルがブルームーン王を殺害して宣戦布告した事で始まっている。


しかも殺されたのはうちの国の王様だけじゃない。

この戦争に参加している他2国の王も、ラミアルの手によって殺されている。

だからこそ、人類対魔族の全面戦争が再開したのだ


「何を戯言を!条約を無視して攻め込んできておいて!」


魔族の一人が師匠の言葉に激高し、声を荒ぶらせる。

その様子から、嘘を押し通そうとしている様には見えなかった。

どうやらこの魔族は、本気でそう思い込んでいる様だ。


「よしなさい」


「しかし……」


魔族の男――最初に話しかけて来た――に制され、激高していた男が黙り込む。

恐らく彼がリーダーなのだろう。


「人間側が急に攻め込んできた。というのが我々の認識なのですがね。だからこそ我々は対応が遅れ、後手後手になってここまで追い込まれている訳ですし」


確かに……魔族側から仕掛けられたものにしては、魔族の対応はかなりお粗末な物だった。

とても戦争の準備をしていたとは思えないレベルの。


最初は人間の事を舐めきっていただけだと思っていたが、彼らの言葉が真実なら、魔族側の後手後手の動きも納得できるという物だ。


「ふむ……魔族は戦いの種族だ。それが戦争準備をして、宣戦布告までしておいてこの体たらく。確かに俺も可笑しいとは思っていた」


師匠はかつての戦争にも参加していた。

その為、魔族の事は嫌という程よく知っている。


「それに力を信奉する魔族の長である魔王が、人間の王を暗殺をしていくなんて話。正直最初聞いた時は、俺も我が耳を疑った」


「暗殺ですって!ふざけないで!あの子がそんなことする訳無いじゃない!」


魔王による暗殺。

その言葉を聞いて、アムレが一歩前に出る。

その眼には本気の殺意が込められていた。


やる気だ。

俺は剣を強く握り込み、相手を睨み返す。


だがそれを師匠と相手のリーダー。

それぞれが俺達の前に手を出して、それを制した。


「だが国王が殺されたのは事実だ。赤毛の小さな魔獣を引き連れた、女魔族によってな」


「赤毛の小さな魔獣……そんな……」


アムレの表情が驚きに変わる。

どうやら、思い当たる節がある様だった。


「その場に居た選りすぐりの者達も皆、手も足も出ずやられている。そいつの実力が魔王レベルなのは間違いない」


「暗殺は、何時の話ですか?」


魔族のリーダーが険しい表情で尋ねてくる。


「開戦の丁度2週間前だった筈」


「開戦の2週間前……ですか。その日は確か……」


魔族のリーダーがちらりと視線をアムレへと流す。

それを受けて、女は苦し気に口を開いた。


「ラミアルが……丸1日休みを取った日よ……」


たった1日の休み。

その際に暗殺と宣戦布告をする事は……普通に考えれば無理だとは思う。

だが相手は魔王だ。

それ位やってのける力があってもおかしくはない。


「……ふむ。まあその話はここまでにして。本題に戻りましょうか」


本題。

それは戦うか、グヴェルの情報提供をするかだ。

俺個人としては、魔族にグヴェルの情報を渡すのは構わないと思っている。

奴はこの世界全ての敵なのだから。


それに――


グヴェルへの恐怖から逃げ出さなかったこの場の4人は、かなりの腕利きに違いない。

特にリーダーとアムレはの2人は、相当な実力者だと感じる。

そんな相手とテオードを欠いた状態で戦うとなると、かなり辛い戦いになる筈だ。

正直戦いを避けられるというのなら、出来れば今は避けたかった。


「いいだろう。ネッド、グヴェルの話を奴らにしてやってくれ」


師匠も俺と同じ判断の様だ。


「団長!こいつらがそんな約束守る訳けないわ!話を聞いた後、襲って来るに決まってるわよ!」


アーリンが師匠の判断に異を唱える。

それは俺も一瞬考えた。

だが――


「国の情報ならともかく、化け物の情報だ。くれてやっても痛くも痒くもないだろう。それで話を聞いて襲って来る様なら、その時は相手になるだけの話だ」


団長の言う通り、襲ってきたらその時は諦めて戦えば良いだけの話だった。

それに話している間にテオードが正気に戻る可能性だってある。

時間稼ぎの意味も込めて、情報提供はしておくべきだろう。


「グヴェルは――」


俺は魔族達に、知りうる全てのグヴェルに関する情報を伝える。

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