第55話 窮地

「まいったな」


櫓から当たりを見回し呟く。

見渡す限り魔族と、その下僕である魔獣達の大群である。

完全に囲まれている状態だ。


「ちょっと!どうしてくれるのよテオード!あんたがこれぐらいの砦を落とせるなんて大口叩くから、こんな事に成っちゃったじゃないの!?」


アーリンが唾を飛ばしてがなり立てる。

絶体絶命の窮地に立たされ、パニックになっている様だ。


誰かに責任を押し付けずにはいられない。

その気持ちは分からんでもないが。


「あんたもノリノリだったろう。不味い事に成ったからと言って、責任を押し付けるな」


「なんですって!?」


彼女の名はアーリン・コレダー。

俺の所属している傭兵団、神の雷ラムウでの先輩にあたる人物だ。


長い赤毛に赤いローブを身に纏い。

自らを爆炎の魔女と名乗る……お頭のちょっと弱めの女だ。

まあ、魔法の腕は悪くはない。


「落ち着け、アーリン」


「だってレイダーさん!」


斧を持った大男がアーリンを諫めようとする。

彼の名はレイダー。

姓の方は捨てたらしく、俺の知らない。


彼も先輩だ。

実力的には俺の方が上ではあるが、ある程度頼りになる腕は持っている。


「慌てても敵を喜ばすだけだ。落ち着いて対処するぞ」


俺達の仕事は斥候だった。

砦の様子を確認して本隊に報告するのだけの簡単な仕事だ。

だがそこで俺達は色気を出してしまう。


規模の割に砦の駐留兵は思ったよりも少なく、魔獣を含めて100にも満たない数だった。

魔族側の配備が間に合っていない。

そう判断した俺達は、電撃作戦で砦を3人で落とした――までは良かったのだが。


運悪くここへとやって来た補充の兵とかち合ってしまったのだ。

戦闘に夢中だった俺達はそれに勘づく事が出来ず、気づいた時には砦ごと囲まれていたという有様だった。

その数は魔獣と合わせれば、軽く2000に達するだろう。


戦力差が多いにも関わらず、奴らが直ぐに攻め込んでこないのは、此方の事を警戒している為に他ならない。

彼等もまさかたった3人に砦を落とされたとは思っていないだろうからな。


「むうぅ……」


「それで?どうするの?テオード」


「流石にこの数を相手にするのは無理がある。俺が突っ込んで戦端をこじ開けるから、二人は付いて来てくれ」


砦で籠城しようにも人数が少なすぎる。

兵力の薄い部分を付いて突破するするしかない。


「出来るのか?」


出来るか出来ないかの話で言うならば、出来る。

これぐらいの囲みを突破するのは、それ程難しくはなかった。

但し、それは俺一人だけの場合だった話だ。

後ろの2人をカバーをしながらだと流石にきつい。


だが。俺は黙って首を縦に振ってみせた。


俺には守るべきものがある。

悪いが、状況次第で二人の事は切り捨てさせて貰う……


だいたい彼らは只の一般人ではない。

傭兵だ。

傭兵になった以上、どこかで命を落とす覚悟位はできているだろう。


実力不足で命を落とすなら、それは自業自得だ。

今回の砦攻めだって、彼らは納得してい付いて来ている。


俺が彼らの命を背負う義理はない……


ないが……


「なんて顔してんのよ」


「安心しろ。俺達は死なん」


2人が俺の肩に手を置く。

その瞳には、覚悟を決めた強さが垣間見えた。


「この爆炎の魔女様を舐めないでよね。これぐらいの窮地、何て事無いわ!……でも、もし万一……私が死んだら、その時は少しぐらいは思い出してよね」


彼女が俺に好意を抱いているのは知っていた。

だから事ある毎にレーネと張り合っていた事も。


「わかった。約束する」


俺の愛はたった一つ。

だから彼女の気持ちを受け入れる事は出来ない。

だが、せめて忘れない事をだけははっきりと約束しよう。


「動き出した様だ」


外から内部の様子を伺っていた魔族達が動き出す。

恐らく何体かの魔獣が空から内部の様子を確認して、戦力が殆どいないと判断したのだろう。


「行こう」


俺は音もなく櫓から飛び降り、真下に入り込んでいた魔獣をその勢いで斬り捨てる。

二人も俺のすぐ横に降りて来た。

櫓は結構な高さだったが、アーリンは魔法による補助で音もなく俺の横に降り立ち。

レイダーさんはずしんと着地する。


目が合うと2人が頷く。

俺は迷わず砦の外へと飛び出した。

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