第52話 王様になってみた

ブルームーン城、円卓の間。


巨大な円卓の周りを24の席が取り囲み、その内23席が埋まっている。

集まっているのは王国を代表する上位貴族のお歴々。

最奥にある空席は、本来王が坐する場所に当たる。


彼らは、これからの国の未来を決める最高府だ。

国王崩御と、魔族との戦争の再開。

正にダブルパンチという状態に、場は重苦しい空気に包まれている。


――そんな中、一人の男が立ち上がり主の居ない空席へと向かう。


男は他の23席よりも一際立派なその椅子に手をかけ、口を開いた。


「今は火急の時。陛下とお世継ぎである殿下が無くなられた以上、直ちに新たな王を選出せねばならん。そして今この時、この私以上にこの席に相応しい者はいない。異議のある者は居るかね?」


男の名はゲイト・ブルームーン。

前国王の弟にして、現在公爵として国軍の総指揮官を務める男だ。

直系の後継者がいない以上、傍系直近に当たる自分こそが次期国王に相応しいと名乗りを上げた。


実際その主張は正しいと言える。

ただし――


「お世継ぎならおられますよ。ゲイト卿」


口を開いたのは、ラグレ・リンドウ。

リンドウ家の若き当主。

去年までは父親がその席に付いていたが、最近事故死で亡くなり、彼がその跡を継いでいる。


もっとも、最近代替わりが行われたのはリンドウ家だけではない。

他の席を見れば、その大半が若輩と呼ばれる年齢層だ。

実に23席中、15席に最近代替わりが行われていた。


――全て不自然な事故や謎の病死によって。


「何を馬鹿な話を!あのような化け物に跡を継げる訳が無かろう!」


「口を慎まれた方が宜しいのでは?姿形はどうあれ、あのお方はまごう事無き陛下のお子。この国では直系である王子こそ正当なる後継者。そこに姿形は関係ありますまい」


「戯言を!人間であるかすらも怪しい物に、人の国の王など務まる筈が無かろう!」


ゲイトは拳を円卓へと叩きつけ、ドンという鈍い音が響き渡った。


彼は別に怒りに任せて拳を叩きつけた訳では無い。

ふざけた妄言を吐くラグレを威嚇すると同時に、傲慢かつ暴力的な一面を見せる事で、自身がこの国の最高戦力を自由にできる立場にある事を暗に示したのだ。


一言で言えば脅しである。

余計な事等口にせず、黙って自分に従えと言う内容の。


「ではどうでしょう?この際、ここにいる全員で決をとると言うのは?本当に王子が王として相応しいかどうかの決を」


「ふん、くだらん。そんな事はするまでも無い。だが良いだろう。それで貴公が戯言を取り下げるというならな」


「決まりですね」


そう言うとラグレは席から立ち上がる。


「今話した通りです。皆さんも王子の事は御存じでしょう。これからその決を採りたいと思います。王子が王に相応しくないと思われる方は、そのまま着席したままで。王子こそ次期国王に相応しいと思われた方は、お手数ですが御起立ください」


ラグレの言葉と同時に、その場に居合わせた全ての者達が席を立った。

その在り得ない光景に、ゲイトは我が目を疑う。


「馬鹿な……貴公ら、正気か?」


ゲイトは知らなかった。

先日まで王位継承に縁など無いと思っていた為、リンドウ家が裏で再三手回しをしていた事を。

そして最近の連続不審死による、諸侯の首のすげ替えの意味も。


「彼らは、厳格にこの国のルールに乗っ取って判断したまでです。それ程驚く事はないでしょう」


「貴様……」


転がって来た幸運が指をすり抜けた苛立ちから、ゲイトは歯軋りしてラグレを睨みつけた。


一瞬クーデターを起こす事も彼の頭の中を過ぎる。


だがいくら国軍を掌握しているとはいえ、主要な貴族全てを敵に回して勝ち目があるかと言われれば正直怪しい。

それでなくとも魔族との戦争が始まるのだ。

そんな中、国を2つに割っての内戦など始めようものなら、それこそ国自体が無くなり兼ねない。


流石にそれが分からない程、彼も愚かでは無かった。


「く、まあいい」


悪態を吐きながら、彼は王の席へと腰を下ろす。

国王代理として。


とにかく、まずは戦争を終わらせる。

王位に関してはその後考えればいい。

そういった腹積もりで席に着いたゲイトに、またしてもラグレが異を唱える。


「ゲイト卿。その席に座るべきは貴方ではありません」


「なんだと!?この俺以外に誰が代理を務めるというのだ」


「今は緊急事態です。そんな状態を何とかするのは、代理には荷が重いでしょう」


「な……まさか貴様……」


「取り急ぎ、殿下の即位を私は提案いたします」


ゲイトは信じられない様な物を見る目で、ラグレを見つめる。

彼は4歳の子供を即位させると言っているのだ。

そんな事は前代未聞としか言いようがない。


だがゲイトは直ぐに気づく。

その行動に、誰も異を唱えようとしない事に。


このとき彼は初めて気づいた。

全ては仕組まれていた物だと。


「全ては……貴様の手の上か……」


そう呟いたゲイトの言葉に、ラグレは静かに首を横に振って答える。


「全ては殿下の御意志のままに……」


突如円卓の間の扉が開き。

全員の視線がそこへ釘付けになる。

そこにいたのは――


「話は纏まったかな?諸君」


4つの目と紅い肌をした化け物だった。

その体には、王のみが身に着ける事を許されるマントが掛けられ。

王の証たる玉璽がその手に握らていた。


「はい、殿下。全員一致で殿下の即位が決まりました」


「それは重畳」


化け物がゆっくりと歩み、やがてゲイトの座る席の横へとやって来る。


「そこは私の席だ。退いて頂けるかな、叔父上殿」


「ふざけるな……ふざけるなよ……貴様の様な化け物が!!」


立ち上がると同時に腰の剣を抜き、激高したゲイトが切りかかる。

極光4星程ではないが、軍の総司令たる彼の剣技は超一流と呼べるレベルだった。


――如何に化け物であろうと、一太刀で終わりだ。


「な……あ……」


そう考えて振るった自慢の豪剣が、指先一つで止められてしまう。

勿論その指先には、掠り傷一つついていない。


「残念だよ。叔父上」


言葉と同時に、グヴェルの腕がゲイトのその分厚い胸を貫いた。

次の瞬間彼の体は炎に包まれ、一瞬で灰となってこの世から消え去さってしまう。


――まるで、初めっからそこには何もなかったかの様に。


只足元に転がる剣だけが、彼が確かにそこに居たと示していた。


「ふむ、やはりこの姿では余り宜しくない様だな」


王子の体を光が包み込む。

やがてその光は化け物から、人型へとシルエットを変えていく。


光が収まったり、そこには――


「これなら問題ないか。どう思う?ラグレ」


「素晴らしい。流石は殿下です」


ラグレの言葉に目を細め、玉璽を手にした金髪碧眼の青年が鷹揚に頷いた。


「では会議を始めるとしようか」



この日、グヴェルは正式な手続きの元、ブルームーン王国の王座に着いく事になる。

すべては遊びゲームを楽しむ為に。

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