第51話 血の建城祭

――ブルムーン王国首都レイクリア。


レイクリア湖を中心とした円形に広がる美しい都であり、中央に位置する湖畔の城は、ブルームーン城と呼ばれ称えられている。

青く美しい幻想的なその様は、正に王国の名を冠する相応しい景観を誇り。

ブルムーン国の象徴として愛されていた。


――その美しい城が今日、建城200年を迎える。


建城祭。

この国の象徴であるブルームーン城の200周年を記念して催され、王都は祭りの賑わいで人がごった返していた。

街中には多くの露店が並び、この目出度き日の恩恵にあずかろうと商売に励む。


そんな中、王都を真っすぐに貫いて王城へと繋がる大通りメインストリートの一つでパレードが行われ、巨大な山車がゆっくりと進んで行く。

その巨大な山車の最上段部分では国王が簡易玉座へと腰を下ろし、居並ぶ国民達に笑顔で手を振っていた。

その背後には、3人の奥方と小さな王子の姿が見受けられる。


王子は御年3歳。

国王”唯一の男児”であり。この催事を機に後継者として国民へとお披露目されている。


煌びやかなパレードは国民の声だいかんせいの中、滞りなく進行されていく。

だが王城へと続く橋の手前で突如異変が起こった。

一人の少女が空から舞い降り、まるで通せんぼするかの様にその場で仁王立ちする。


少女は黒い肌と先の尖った笹耳をしており、一目で魔族と分かる特徴をしていた。

そしてその肩には、翼の生えた真っ赤な小型の魔獣が乗って居る。


少女の出現により、パレードの進行が止まってしまう。

辺りからは、観衆のどよめく声。

そんな中、彼女は山車を見上げ口を開いた。


「我が名はラミアル。新たなる魔族の王よ」


雑音どよめきをかき消し、彼女の声は辺りに響く。

魔王――その言葉が周囲の空気を凍り付かせる。


魔族とはお互いの領土を侵さぬよう、不可侵条約を結んでいる。

とはいえ、ほんの10数年前までは殺し合いをしていた相手だ。

その王が突然前触れもなく現れた事により、祭りの雰囲気が一瞬で吹き飛んでしまった。


「不可侵条約を魔族とは結んでいる!例え本当に魔族の王であろうと、我が国への勝手な侵入は許される事ではないぞ!!」


山車の前に並ぶ音楽隊をかき分け、パレードに混ざっていた騎士達が前に出た。

その中の一人が、魔王に向かって声を張り上げる。


白銀の鎧が居並ぶ中、一人黄金の鎧を身に着ける彼の名はゴールド・ラッシュ。

ブルームーン王国極光4星。

この国の守護神と呼ばれる4人の内の一人だ。

この場の警備は彼が取り仕切っている。


「無礼は詫びるわ。でも、今日ここに来たのには理由があるの」


魔王と名乗った少女の声はよく通った。

小声にも拘わらず、山車の最上部に居る王の元までその声ははっきりと届いている。

恐らく魔法の類を扱っているのだろう。


「理由とはなんだ!!」


「不可侵条約の破棄と……宣戦布告よ」


――の宣戦布告。


その言葉に、場は騒然となる。

それまで固唾を飲んで見守っていた民衆もざわめき初め、悲鳴を上げてその場から逃げ出す者まで出始めた。


やがてその流れは場にパニックを引き起こし、人々は周りを押しのけ我先にとその場から離れ出す。

魔王ラミアルはその様子を眺めて、小さく鼻で笑う。


「宣戦布告だと!貴様!自分の言っている言葉が分かっているのか!!」


「人間と魔族は、遥か昔から殺しあって来た。それが自然な形。それを何を思ったか、前魔王は勝手に不可侵条約を結んでしまったわ。それこそ大きな過ちだったのよ。私は現魔王として、それを本来あるべき形に戻すだけ」


ラミアルは淡々と言葉を紡ぐ。

そこに大した感情は込められておらず、本当に淡々と。


「それでは人間魔族共に滅びてしまう。だから我らは不可侵条約を結んだのだぞ?」


山車の上の王が簡易玉座から立ち上がり、口を開いた。

かなりの距離があるが、王の声もまたラミアルの元へとしっかりと届く。

恐らく、こちらも魔法を使っているのだろう。


「魔族が勝つから問題ないわ」


魔王ラミアルは目を細めて腕を組んだ。

その挑発するかの様な態度に、ゴールドラッシュが腰の剣へと手をかける。

だが理性が辛うじて働き、刀身を抜き放つのだけは堪えた。


「世の中に、絶対等ありはしない、若き魔王よ。停戦中とはいえ、我ら人間も万一に備えて準備はし続けて来た。いう程容易くはない。どうか考え直しては貰えまいか?」


「無理ね。魔王である私自らが宣戦布告に来たのよ。それが一戦も交える事無く撤回だなんて、そんな無様な真似できる訳が無いわ。ここには遊びに来たわけじゃないのよ?」


「では、どうしても戦争を行うと?」


「ええ、人間は皆殺しよ」


問いに対し、ラミアルは楽し気な笑顔で物騒な言葉を返す。

そんな彼女を見て、国王は溜息を吐き。


――そして静かに命じる。


「ゴールド・ラッシュ」


「はっ!取り囲め!!」


名を呼ばれた途端、ゴールド・ラッシュが剣を抜き放ち、部下達に命令を下す。

その号令を受けた兵達は、あっという間にラミアルを取り囲んだ。

その無駄のない動きから、練度の高い精鋭である事が伺えた。


「あら、物騒ね」


「どちらにせよ、戦争になるのならばトップを先に撃っておいた方がよかろう。上手くすれば、戦争自体避けられるかもしれんしな」


王が軽く左手を上げ、その手を前に倒した。

突撃の合図だ。


「その者を討て!」


兵士達が囲いを狭め、ラミアルに迫る。

だが彼女は腕を組んだまま一歩も動かない。


魔王は魔族最強の存在だ。

だがいくら強いとはいえ、いま彼女を取り囲んでいる兵は精鋭500名余り。

幾ら魔王であろうと、単独でこれだけの相手に勝利するのは不可能。

そう考えたからこそ、ブルームーン王はこの場での討伐を命じたのだ。


だが彼女はこの状況に焦るどころか、楽し気にその口の端を歪めて舌なめずりする。

それはまるで、これから楽しい遊びでもあるかの様な表情だった。


彼女を取り囲む兵士の一人が、前に出て切りかかる。

普通囲んでいる状態ならば、同時に仕掛けるのが常道だろう。

だがラミアルの華奢な見た目から「容易く打てるのではないか?」と、そう思った彼は功を焦り、飛び出してしまったのだ。


そして彼の振るう剣は――


「あらやだ……」


ラミアルの右腕へと深々と突き刺さった。

傷口は深く、腕からはどくどくと血が流れ落ちていく。


単独でこの場に現れた魔王を警戒していた兵士達だったが、彼女の負傷に勝利を確信し、一斉にラミアルへと切りかかる。


だが残念ながら、今度は誰一人彼女には届かなった。

ラミアルの発動させた魔法により、周りの兵士達は大きく吹き飛ばされてしまう。


「ふふ、今日は宣告しに来ただけなんだけど。怪我をさせられたんだからしょうがないわよね?」


自分の腕から流れる血を舐め、彼女は楽しげに笑う。

その黄金の瞳には赤く怪しい輝きが宿り、その身に纏う禍々しいオーラに周りの者達は威圧される。


その異様な様は、先程までとはまるで別人の様に見えた。


「怯むな!奴を打て!」


「そう思うなら、あなたがやってみれば?」


「……な!?」


指揮をとるゴールド・ラッシュの目の前に、突如魔王が姿を現す。

兵の囲いの中に居たはずの魔王がなぜ自分の目の前に?そう考えるよりも早く、彼の体は動いていた。

かつて魔族との戦争で幾多の戦場を駆け抜けて来た彼の本能が、その体を動かしたのだ。


――殺らなければ殺られる、と。


「破断剣!」


極限まで高められた闘気は黄金の輝きを放ち、剣を覆い尽くす。

それは鋼すらも容易く断ち切るガード不能の一撃。

極光4星たるゴールド・ラッシュの切り札と言っていい。


「あら、綺麗ね」


魔王はニコニコと目の前で黄金に輝く刀身をツンツンと触る。

極光4星たる彼の奥義は、容易く止められてしまったのだ。

それも魔王ではなく――その肩に乗る小さな魔獣によって。


「う、嘘だ……こんな……」


黄金に輝く刀身には赤毛の尾が巻き付き、ゴールド・ラッシュが押そうが引こうがびくともしなかった。

彼の顔色はみるみると青ざめ、恐怖に歪む。


「綺麗だけど、それだけね。これぐらいの技なら、ネッドでも簡単にどうにかできちゃうわよ?バイバイ」


言葉と同時に、魔王は腕を振る。

ビンタがゴールド・ラッシュの頬を捉え、そのまま遥か遠くに弾き飛ばした――その首から上だけを。

首から上を失った体は血柱を上げ、ゆっくりと地面へと倒れ込んだ。


「後ろの雑魚たちは僕がやっちゃうね。ラミアル」


「ええ、お願い」


紅い獣が反転し、背後の兵達に向かって大きくその口を開けた。

その奥に赤く、暗い炎が灯る

次の瞬間炎は閃光となって背後の兵士達を薙ぎ払い、爆発した。


その衝撃で、王城に繋がる橋は崩れ落ち。

背後の兵士達はバラバラになって地面に転がった。

その様はまるで地獄絵図だ。


「あ、ああ……」


余りの光景に、ブルームーン王は言葉を失ってしまう。

山車の上に飛び乗ったラミアルの姿に背後の王妃達は怯え、若き王子は泣き叫ぶ。


「私。忙しいの。あと2つ国を周らなくっちゃいけないから。じゃあね、ばいばい」


言葉と同時に山車の上に雷が落ちた。

その衝撃が全てを吹き飛ばし、焼き尽くす。


「さようなら、父上」


まるで男の様な声を残し、空に浮かぶ魔王の姿は掻き消えた。

破壊の爪痕だけをその場に残して……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



お……………アル。


声が聞こえる。


ねぇ…………ラミ……。

……起きて…ラミア……。


聞き覚えのある声だ。

声は段々と大きくなってくる。


お願い……もう少し……まだ眠いの……


「ラミアル!ねぇ!ラミアル起きてよ!!」


「ふぁっ!?」


耳元で破裂するかの様な大音量に驚き、私は変な声を上げながら飛び起きる。

耳の奥がキーンと痺れ、頭が痛い。


「やれやれ、やっと起きてくれたね」


目の前にはグウベェがいた。

大声の主は彼だろう。


「ちょっとグゥベェ。いきなり大声を出すのは止めてよね」


「ごめんごめん、でももう日が暮れるし。早く帰らないとアムレに怒られてしまうよ?」


「え!?もうそんな時間!?」


起き上がって辺りを見渡す。

確かにグウベェの言う通り、夕日が山に掛かっていた。

早く帰らないと「魔王としての自覚がなってないって」またアムレに怒られてしまう。


木にもたれ掛っていた為背中が少し痛いが、私は大きく伸びをして走り出した。

さっさと帰らないと。


「ごめんね、グゥベエ。せっかくの休みに二人で出かけたのに、私グースか寝ちゃって」


「慣れない魔王の仕事で疲れが溜まっていたんだから、気にしなくていいさ。また今度出かけよう」


「ありがとう」


折角グウベェとの休日を寝て過ごすなんて、不覚。

彼にも悪い事をしたし、今度必ず埋め合わせをするとしよう。


でも何であんなに眠かったんだろう?


直前までは元気だったのに、やっぱり疲れかな?

これを機に政務をアムレに押し付けちゃおうかしら?

なんてね。


くだらない事を考えつつも、私は魔王城へと急ぐ。


――今日人間の国で何が起こったのかを私が知るのは、まだ少し先の話だ。

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