第38話 氷炎2刀

木々の隙間を縫う様に駆け抜ける。

そのまま剣を腰の鞘から引き抜き、通り抜けざまに魔獣を斬り捨てた。


魔獣の名はモッスウルフ。

魔族領南部に生息する魔獣だ。

森に居を構え、狼の様な見た目に反して苔などの植物を食す草食性の魔獣。

但し気性は荒く、一旦敵がテリトリーに侵入すれば容赦なくその牙をむく。


「うおおおぉぉぉぉん!!」


此方の一撃で仲間をやられたウルフ達が遠吠えを上げた。

その声に連動するかの様に、遠く離れた場所からも遠吠えが上がり、それが森中に木霊する。

モッスウルフは集団で生活しており、危機が迫るとこの様に雄叫びで緊急事態を知らせ合う性質を持っていた。


俺はそれを気にせず、手近なウルフに切りかかる。

2匹、3匹目と切り捨てた所で俺は剣を納めた。


「終了っと」


地面に転がるウルフの遺体は10体。

俺が3体切り捨てている間に、他の面子が残り7体を始末した。

今この場に居るメンバーは俺を含めて4人。

師匠にパール、それに斧使いのレイダーさんだ。


「流石ネッドパイセン。あの一瞬で3匹倒すとか流石です」


倒れているウルフの傷口から、パールが倒したウルフの数が分かる。

彼女は2匹だ。


「まあ一番槍で突っ込んだからな」


先陣を切って突っ込んだのだ。

しかも最初の一体は不意打ちで倒したような物。

成果的にはパールと殆ど変わらない。

因みに内訳は俺3、パール2、レイダーさん2、師匠3だ。


「先陣は危険を伴う。見事だったぞ、ネッド」


「ありがとうございます、レイダーさん」


レイダーさんは金髪五分刈り、浅黒い肌をした筋骨隆々のパワーファイターだ。

厳つい見た目で、更には無口。

第一印象的に近づき難いイメージを持たれやすいが、実はすごく配慮や気遣いの出来る人物だった。


「どうやら報告通り、かなりの量が入り込んでいる様だな」


森中に響いた雄叫びからある程度の規模を推測した師匠が皆を集め、俺達に手早く指示を下した。

俺とパールはそれに従い、森の南西側――村のある方面に気配を殺して移動する。


モッスウルフは仲間意識の強い魔獣だ。

一つの群れが襲われれば、その雄叫びを聞いた他の群れが必ずこの場に駆けつける。

間違いなくここは大乱戦になるだろう。


師匠の判断では、その数は50との事。

正直そこまで強い魔獣ではない為、この4人なら危なげなく殲滅可能だろう。

問題はウルフ達に逃げられた場合だ。


魔族領側に逃げてくれるなら何も問題はないのだが、南西の村側に逃げられると不味い事になる。

最悪村に被害が出かねないので、それは避けたい所だ。

だから俺とパールの二人は逃げ出した魔獣が村に向かわない様、防衛線として南西側に陣取る必要があった。


「しかし何があったんすかねぇ。こんなに大量の魔獣が魔族領から引っ越してくるなんて」


ここはブルームーン王国北部。

魔族領との境目から少し離れた場所にある森だ。

この森には少し前まで魔獣のまの字も無かったのだが、ここ数週間で大量の魔獣――モッスウルフ――が魔族領側から流れ込み、住み着いてしまっている。


そしてそれはこの森だけではなく。

ほぼ同時期に、此処から少し西にある渓谷にも同じ様な事が起こっていた。

今この場にメンバーが4人しか居ないのは、残りの3人が其方の対処に向かっている為だ。


「魔族側の攻撃では無いらしいけど……」


その数の多さから、最初は国が動いた。

魔族が条約を破り、侵攻が開始された可能性があったからだ。

だがどうやら魔族側の干渉ではなく、何らかの理由で魔獣が勝手に引っ越したためと結論付けられ、そこで魔獣討伐の依頼が俺達ラムウ傭兵団に回って来たという訳だ。


「国も調べたんなら、ついでに討伐して行けばいいのに。なんで私達に依頼したんすかねぇ?」


「国境付近で、正規兵を使いたくなかったんだろ」


「へ?何でですか?」


国境付近に少数とはいえ、兵士を追加で派遣すれば魔族側を刺激する可能性が高かった。

魔獣相手とはいえ、戦闘などさせれば最悪示威行為と受け取られかねない。

国はそれを避けたかったのだろう。


だから少数の傭兵団である俺達に依頼してきたのだ。

魔族側が反応しても、駆除屋さんが勝手にやったで押し切れるからな。


「大人の事情だよ」


説明しても良かったが、俺は適当に流して会話を終わらせた。

何故なら、戦闘が始まったからだ。

東側から魔獣の雄叫びが響き渡る。


「何匹かがこっち側にきたっす」


パールが探索の魔法で、此方に魔獣が向かって来ている事を察知する。

だが彼女の手には杖ではなく、剣が握られていた。

通常、魔法の発動には杖が触媒として使われる。

だが魔法剣士であるパールの魔法は、特殊な処理を施された剣を触媒にして発動させる事が出来るのだ。


「何匹だ?」


「5匹っす!」


パールが西に駆ける。

俺はその背中を追い、そして追い越した。

魔獣の姿がその視界に映ったから。


「あれは俺が始末する。パールはそのまま探索の魔法を続けてくれ」


「らじゃっす!」


すれ違いざまにパールに指示を出し、加速アクセラレーションルを発動させて突っ込んだ。

加速した体は一瞬でウルフを捉える。


まずは1体。


接触と同時に魔獣の胴を斬り捨てる。

そのまま身を低く疾走し、すれ違いざまに2匹、3匹と連続で切り伏せた。

残りは2体。

更に1体を斬り捨て、最後の1体に剣を向けた所で異変に気付いた。


「先輩!何かやばいっす!!」


最後の1体のウルフの体が、めきめきと音をたてながら俺の目の前でみるみる膨れ上がっていく。

モッスウルフは大きいものでも、精々体長は2メートル程度だ。

だが目の前のそれは、軽く5メートルを超えるサイズへと成長していく。


ウルフの長い尻尾が大きく弧を描き、その軌道上にある木々が軽々と薙ぎ倒されていく。

巨大化する前とは、けた違いのとんでもないパワーだ。


「どうしましょう!?」


「どうする?決まってるだろ!」


どうするもこうするも無い。

こんな化け物サイズのウルフが村へ向かったりしたら、どれ程の被害が出る事か。


「奴を倒す!」


「流石先輩っす! 」


俺は腰にかけてある、もう一本の剣を引き抜いた。

両手にそれぞれ剣を持ち、その刃を交差させる様に構える。


2刀流だ。


「最悪時間稼ぎだ!師匠への合図と補助を頼む!」


俺は大地を強く蹴り、巨大ウルフへと突っ込んだ。

後ろで「了解っす」と声が聞こえた。

実戦経験の少ない新人にも関わらず、この状態でもパニックを起こさず冷静に対処するパールに感心しつつ、俺はウルフの側面へと回り込んだ。


その際、前足の薙ぎ払いが飛んできたが、俺は姿勢を低くして回避しながら奴の足に双刃で切りつけた。

だが手応えは微妙だ。

剣が強く弾かれた訳では無いが、切れたのは恐らく表皮のみだろう。


何度か敵の攻撃を掻い潜り、その度に切りつける。

だがやはり致命傷には程遠かった。

悔しいが、パワーが全く足りていない。


援護で飛んでくるパールの魔法も余り効いている様子はなかった。

どうやら俺達の実力では、こいつを仕留めるのは無理そうだ。


やはりここは素直に時間稼ぎを――


「パイセン!これを!!」


パールが何かを投げて寄越す。

魔獣の尾を躱しながら、咄嗟に俺は左手の剣を鞘に納めそれを受け止める。


それは剣だった。

それも炎を纏った。


もう一本飛んできたので、そちらも素早くキャッチする。

今度は冷気を纏っている剣だ。


「氷炎2刀流っす!超カッコいいっす!」


パールがウィンクして親指を立てる。

この状況下でカッコいいと余裕をかませるとは、大物も良い所だ。

全く感心するよ。


俺は飛んできた魔獣の尾を躱し、2本の剣で切りつける。

剣から肉を切り裂く感触が伝わって来た。


これならいける!


手応えからそう確信した。

俺の剣も鈍らではないのだが、やはり魔法剣は一味違う。


「ぐおおおぉぉぉぉ!」


それまで何度切りつけても平気だった魔獣が、痛みからか雄叫びを上げた。

その隙に更に斬撃を加える。


「あ!逃げるっす!」


ウルフは形勢不利と感じたのか、大きく後ずさり、そのまま逃げだそうとする。

だが逃がさない。

こんなでかい魔獣を放置する訳には行かないからな。

俺は加速して奴のに回り込み、剣を構えた。


「ぐぅぅぅぅ」


「悪いが、ここで仕留めさせてもらう!」


右手の剣で敵の体を焼き切り。

左手の剣で切り裂いた肉を凍らせる。


「これで終わりだ!」


無数の斬撃を高速で繰り出し、痛みで魔獣が倒れた所を首を切り裂いて止めを刺した。

一瞬その巨体がビクンと跳ねたが、完全に絶命したのか、それ以上ウルフが動く事は無かった。


「いーや、流石パイセンっす。お見事っす」


「魔法剣って、人に渡したりもできるんだな」


てっきり魔法剣は魔法を使った人間だけが扱えるのかと思っていたのだが、どうやら違った様だ。

俺は手にした2本の魔法剣を、改めてしげしげと眺める。


「そうっすよ!只し3分ぐらいしか持たないっすけど!」


「時間制限があるのか。けどまあ3分だけとは言え、この威力は癖になるな」


本当に素晴らしい威力だった。

この破壊力なら、パールが苦労して魔法剣士になった気持ちも少しは分かるというものだ。


「お!?ひょっとして私無しでは生きられない体になったっすか!?それだと私がレーネの姉御に殺されちゃうっす!勘弁して欲しいっす!」


どういう受け取り方だよ。

勘弁して欲しいのはこっちの方だ。


「さっきの技。氷炎乱舞というのはどうだ?」


「おいおい勘弁し――」


恥ずかしいネーミングに抗議を上げようとして、俺は思わず凍り付く。


そこには――


俺の直ぐ横には――グヴェルが立っていた。

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