蠢動してみた
第37話 2年後
「ネッドパイセーン!」
短パンTシャツ、青毛のショートカットの少女が手を振って駆けてくる。
彼女の名はパール。
愛らしい顔立ちをした2つ下の魔法剣士で、俺の後輩にあたる少女だ。
「どうしたんだ?」
「レーネの姉御から手紙が来ました!」
そう言うと彼女は手紙を差し出す。
俺はそれを受け取り、封を切って中身を検めた。
パールは去年まで王立魔法学院に通っていた。
レーネの後輩だった彼女は学院時代レーネに相当お世話になったそうで、姉御と呼ぶのはその為だ。
ちょっと呼び方としては独特で、レーネ自身は凄く嫌がっているが……ま、本人は別に此処に居ない訳だし俺が一々気にする必要はないだろう。
「何々……」
「拝啓、お元気ですか。私は変わらず壮健に日々過ごしております。相変わらず出だしだけは無駄に硬いっすねぇ、姉御の手紙。どうせすぐ普通の砕けた文章にするなら、最初っからそうすれば良いのに」
俺が手紙に目を通し始めると、パールが横から覗き込んで勝手に読み始める。
注意しようかとも思ったが、見られて困る内容が書いてある分けでもなし。
どうせ言っても聞かないので、俺は首を軽く竦めて放置した。
「要約すると、寂しいんだから偶には手紙送れよ馬鹿珍が!!って感じですか。相変わらずラブラブっすねぇ、お二人は」
「誰がラブラブだ。そんな関係じゃないって何度も言ってるだろうが」
俺は大きく溜息を吐く。
レーネとは只の幼馴染だ。
それを説明しても、こいつは聞きやしない。
いつもレーネの話題が出ると、無理やり恋バナ方向に持って行きやがる。
「またまたぁ。照れちゃってぇ」
「照れてねーよ」
「はいはい。それよりどうします?」
人の話を聞く気がないのか、俺の返事をサラリと流してパールは話を続けた。
レーネの手紙には、近くに寄る用事があるから会おうと書いてある。
だがタイミングの悪い事に、俺達はこれから
つまり、入れ違いだ。
「どうもこうも仕事だからな。レーネには悪いけど、パスだ」
俺は今、傭兵団
ここは父が所属していた、かつて大陸最強と称された傭兵団――その残滓だ。
十数年前の魔族との最後の戦い。
傭兵団
その結果、父を含めた多くのメンバーが最終戦で戦死している。
生き残った者も、その実力を国から高く買われヘッドハンティングで引き抜かれてしまい。
僅かに残ったメンバーも、ここ数年でそのほとんどが引退してしまっている。
もはや今の
辛うじて名を残してこそはいるが、傭兵団は俺を含めて7名しか所属していない弱小状態。
その活動内容も、魔獣退治を細々と請け負っているという有様だ。
「え!?会ってデートしないんすか!?」
「する訳ないだろ。仮に会ったとしても、別にデートになんかなるかよ」
仮に会う事になったとしても、その時はテオードも当然一緒だ。
何処に兄同伴のデートがあると言うのか?
「とにかく、ラムウに入って初めての大きな仕事だ。それを抜ける分けにはいかない。レーネと会うのは又別の機会にするさ」
「何言ってるんすか!?姉御とのデートと団の大仕事、どっちが大事だと思ってるんすか!?」
「大仕事に決まってるだろ。あほか」
まあ仮に100歩譲ってデートだったとしても、比べるのもばかばかしい対比だ。
考えるまでも無い。
「アホとか酷いっす!!」
「あらあら、大声を出してどうしたの?」
突如背後から聞こえた声に振り返る。
そこには妙齢の女性が立っていた。
その横には、顔に大きな傷がある精悍な男性。
そしてその背後には、テオードの姿もあった。
「聞いてください!先輩ったら酷いんすよ!あたしの事をアホって言うんです!!」
興奮した様子で、パールが女性に駆け寄った。
女性はそんな彼女の頭をよしよしと撫でつける。
彼女の名はクラウ・カッツェ。
傭兵団ラムウの副長を務める女性だ。
詳しい年齢は聞いていないが、父と同世代と聞いているので40台前半ぐらいだと思う。
その弓の腕は100メートル離れた針の穴を貫く程の精度で、更に多くの魔法を操る熟練のハンターである。
「ネッド、後輩には優しくしてやらないと駄目だぞ」
クラウさんの横に居る男性。
レイド・カッツェさんが諫める様に俺の肩に手を置いた。
「いや、パールが馬鹿げた事を言ったからであって。別に虐めていた訳じゃありませんよ。師匠」
彼はこのラムウの団長。
名前からも分かる通り、クラウさんの旦那さんで。父とは同期に当たるベテラン剣士だ。
その剣術は素晴らしく、俺はこの団に入ったその日に、師匠の元に弟子入りしている。
「そうなのか?」
「先輩の横暴っす!デートか大仕事か、どっちが大事なのかって聞いたら大馬鹿呼ばわりされたっす!」
大馬鹿までは言っていない。
当たり前の様に話を盛るパールに、頭が痛くなってくる。
「デートか大仕事……か。成程、確かにそれは究極の選択だな」
「いやいやいや、究極所か実質一択でしょう!?」
顎に手をやり考え込む師匠に、俺は思わず突っ込みを入れる。
団長は愛妻家だから、本気で悩んでそうな所が怖い。
「うふふ。ネッド君のデートの相手って、ひょっとして」
「勿論!レーネの姉御っす!」
「あら、やっぱり」
クラウさんが嬉しそうに手を叩く。
パールが無い事無い事言いふらす為、今やこの傭兵団の中では俺とレーネが恋人同士という風潮になってしまっていた。
本当に迷惑な話だ。
「……」
すっと、俺の首元に剣が付きつけられた。
当然相手は――
その剣から感じられる本気の殺気に、盛大に溜息を吐きたくなる。
「レーネとデートがしたいなら、俺を倒していけ」
「いや、これから仕事だろう。それ以前にデートでも何でも――」
「問答無用だ!!」
俺の言葉を遮って、テオードが剣を振るう。
その太刀筋に迷いはない。
冗談抜きで俺を殺す気で振るって来る。
俺はその一撃を、腰から剣を引き抜き受け止めた。
「あらあら、若いわねぇ」
「はっはっは。これから仕事があるんだから、大怪我はしない程度にしておけよ」
「ぱいせーん!勝って姉御のハートをガッチリ掴むっす!!」
どうやら誰も止めてはくれないらしい。
これから大きな仕事があるって言うのに、まったく呑気な話だ。
「ったく、しょうがねぇなぁ!」
別にデートなんかに興味はない。
というかデートでも何でもない。
だが喧嘩を売られた以上、むざむざ負けてやるつもりもなかった。
俺はテオードから間合いを離し、正眼に剣を構える。
研究所を探索してから2年。
あれ以降、グヴェルの情報は手に入っていない。
あそこを焼いてしまった為、それ以上の情報が手に入らなかったからだ。
――だが悔やんでいても仕方ない。
情報が手に入らないのなら、今できる事をするのみだ。
奴が動き出した時、それを止めるだけの力を手に入れる。
その為にかつて父の所属していた傭兵団に入り、俺はこの二年間腕を磨いて来た。
だが悔しいかな。
グヴェルを倒す力を手に入れる所か、あれ以降、同じ傭兵団に入ったテオードとの勝負ですら未だ全敗。
俺の強さはまだまだ求めているものに遥か遠い。
だがいつまでも同じ所で足踏みし続けるつもりはなかった。
今日こそは――ライバルを超えて見せる。
「行くぞテオード!」
「来い!ネッド!!叩き潰してやる!!」
俺はアクセラレーションを発動させ。
握った剣を、テオード目掛け力強く振り下ろした。
「甘いぞネッド!」
テオードの剣が俺の一撃を受け止める。
剣と剣。
視線と視線が交差した。
「今日こそ!俺が勝つ!!」
俺は怒号と共に、更に力強く踏み込んだ。
自らの勝利を信じて――
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