第36話 夢

「う……くっ……。くそっ……すまない……許してくれ……」


約束したのに……

守ると約束したのに……

大事なこの子を……何があっても守ると……そう約束したのに……


「すまない……父さんを許してくれ……」


何よりも大事な宝物だったのに……守れなかった。

涙が止まらない。

悲しくて……悔しくて……


命の炎を奪われ、どんどんと冷たくなっていく我が子を強く抱きしめる。

何もできなかった俺は、唯々慟哭を上げる事しか出来なかった。


「ぅっ……ぐぅぅ……」


何かが落ちてくる音が聞こえた。

だがどうでもいい。

もう何もかもが――


次の瞬間、俺の体は炎に包まれる。


だが熱による痛や苦しみは感じなかった。

そんな間すら与えず猛火は俺を一瞬で灰に変え、俺の命を燃やし尽くす。


無力感と後悔。

そして絶望だけを残して――俺は死んだ。



「随分苦しい思いをしたようだな」


男に声をかけられ、はっと気づく。

目の前には一人の大柄の男が椅子に腰かけ、テーブルに肘を乗せて頬杖をついている。

男は黒衣を身に纏い、その背にはカラスを思わせる漆黒の翼が生えていた。


「だが喜べ。お前は選ばれた」


何が起こったのか理解できず驚き戸惑っていると、男が再び口を開き、俺の前に立つ。

その綺麗な人差し指が俺の眉間へと押し付けられた。

俺は咄嗟にその指を掃おうとするが、体がピクリとも動かない。


「な、なにを……」


男の指先から、何かが体の中に入り込んでくる。

不安の様な。

安堵の様な。

何とも言えない感覚が、俺の中を這いずり回った。


「転生し、新たな人生を送るがいい」


――転生。


その言葉を耳にした瞬間、自分の身に何が起こっているのか気づく。

この何とも言えないむず痒い感覚。

それは生命誕生の瞬間であり。

男は新たな生命へと、俺を生まれ変わらせようとしているのだと。


「お前は生前、竜の様な強大な力が欲しいと願っていたな。その願いを叶えてやる。喜べ」


竜。

俺の生まれ育った村では、竜神を信仰していた。

竜は村の守り神であり、力の象徴だ。


男の言う通り、確かに俺は力を欲していた。

信仰していた竜神の様な強大な力を……

だが……俺が力を求めたのは、村の仲間や息子を守る為だ。


大事な物を守る。

その為に力を欲したのだ。


だがそれらが全て失われた今。

今更力を得る事に何の意味もない。

無意味だ。


「転生したら、思う存分うっぷん晴らしに暴れるといい」


男は物騒な事を爽やかな笑顔で勧めてくる。

強大な竜の力で暴れまわれば、どれ程の被害が出る事か。

この男は俺にそんな真似をしろと、本気で言っているのだろうか?


だがそんな事より――


「うっぷん……を……晴ら……す?」


聞き逃せない言葉に、口を開く。

だが体が熱を持ち、上手く言葉が話せない。

俺は必死の思いで言葉を絞り出した。


「ああ、そうだ。今生の恨みつらみを暴れてすっきりさせるといい。気持ちいいぞ、暴れるのは」


今生の恨みを暴れてすっきりさせる。

それは転生をしても、生前の事を覚えているという事を意味していた。


最後の……息子が冷たくなっていく感覚を思い出す。

辛く、苦しい絶望が再び胸にこみあげてきた。


――冗談ではない。


あの悲しみを胸に抱いたまま、俺に新たな人生を送れと言うのか?

そもそも俺は転生など望んではいない。

大切な者を失った今、生きる意味など無いのだから


だから俺は息子の元へ――


「転生……なん……か……いら……ない」


「それは無理だな。もう転生は始まっている。今更中止など出来ん」


「そん……な……」


「だが俺も鬼ではない。お前の息子も転生させてやろうではないか。それも再び、お前の息子として。どうだ?」


息子が生まれ変わる……

それも再び俺の息子として……


会える……

生きて再び……

息子と……

あの子に生きて……もう一度……会える。


「あり……がとう……ございます……神様……」


男は自身の事を何も語らなかった。

だがきっと神に違いない。

俺は心から目の前の神に感謝の祈りを捧げる。


「お前の息子の転生はオマケだから、竜の様な力は与えられん。それと、代償としてお前の記憶は封印させて貰う」


記憶を失ってしまう。

それは悲しい事だ。


だが息子と生きて再び会えるのなら。

あの子をもう一度抱きしめられるのなら。

それは些細な事でしかない。


「おね……がい……しま……す」


言葉とほぼ同時に俺の体が崩れ落ち。

そこで俺の意識は温かい闇に閉ざされた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あれ?ここ何処だっけ?」


寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、辺りを見回す。

辺りには鬱蒼と木々が生い茂り――

そして数えきれない程の魔獣の遺体が転がっていた。


「ああ、そうか。暇潰しに魔族領の魔獣の巣を襲ったんだった」


暇で暇で。

暴れたくて仕方がないのに、魔族には“まだ”手出しするなと言われていた。

それで仕方なく、魔獣の住処を襲って暇潰ししていたのだ。


――ぐぅ~と、お腹の虫が鳴り響いた。


取り敢えず腹ごしらえに落ちている魔獣――狼型――を拾い、臭う。

どうやらまだ腐ってはいない様なので、そのまま腹部に噛り付き肉を毛皮ごと引き千切って咀嚼する。


「あんまり美味しくないなぁ」


しかし他に食べられる物を探すのも面倒臭いので、我慢して食べる。

ある程度お腹が満たされ、大きく伸びをしている所に魔法のメッセージが届いた。


≪元気にしていたか?≫


≪酷いよ。全然連絡くれないんだもん≫


≪ははは、悪い悪い。用事が無いようなら、久しぶりに会うか?どれぐらい成長したか確かめてやろう≫


≪うん!会う会う!僕、美味しいお菓子がいっぱい食べたい!≫


口直しに美味しいものが食べたいとねだる。

魔獣はまずかったし、甘いお菓子を食べたい気分だ。


≪じゃあ1時間後、菓子を持って行ってやろう。楽しみに待っていろ、オメガ≫


≪やったぁ!グヴェル大好き!≫


≪ではな≫


そこで魔法の通信は途切れた。


僕は体を動かし柔軟運動を始める。

約束の時間まで1時間もある。

腹ごなしも兼ねて、又魔獣狩りでもするとしよう。


「よーし!1時間で何匹狩れる挑戦だ!」


そう言えば、少し変な夢を見た気がする。

何だか悲しい夢。

ま、別に何でもいいか。


所詮は夢。

そう結論付けた僕は魔法で生命反応を感知し、見つけた場所へと向かって駆ける。


さあ、狩りを始めよう。

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