第34話 ライバル宣言

「おめでとう。これで君がここの領主だ。父上に負けない様、励んでくれ」


「はい!」


ラミアルがレウラスから、バッジの様なアクセサリーを受け取る。

恐らく領主である身分を示す為の物だろう。


「それでは、私はこれで失礼させて貰う……ああ、そうそう。いきなり領主としての仕事を全て一人でこなすのは難しいだろうから、君には暫くの間秘書を付けさせて貰うよ」


そう言うとレウラスが手を叩く。

すると執務室の扉が開き、一人の少女が姿を現した。


「貴方は……」


アムレだ。

決勝戦で対戦した少女。

彼女はラミアルの前まで来ると、にっこりと笑顔で右手を差し出した。


「決勝戦、完敗でしたわ。これから少しの間、貴方をサポートさせて頂きます。宜しく」


「え、あ、はい。宜しく」


ラミアルはアムレの差し出した手を、少し躊躇いながらも握る。

まさか決勝戦の相手が自分の秘書になる等とは思いもしなかったためか、少々驚いている様だ。


「じゃあ、彼女の事を頼むよ。アムレ」


「はい。伯父さま」


アムレはレウラスを笑顔で見送る。

一見機嫌が良さそうに見えたが、実際はそうではない。

その証拠に彼の姿が執務室から消えると同時に彼女の顔から笑みは消え、きつい眼差しがラミアルを強く射貫く。


「今回は貴方が上だった。それは認めましょう。ですが次に相まみえる時、勝つのは私です。よく覚えておきなさい」


その豹変ぶりに、ラミアルは思わず後ずさる。

どうやら彼女は伯父の前で猫を被っていただけの様だ。


「私は必ずあなたを倒し、そして魔王になる!」


魔王になるのに、ラミアルを倒す必要などはない。

魔王に勝てさえすればいいのだから。

だが彼女の中で、ラミアルへの一敗は看過できない物となっていた。


故に彼女は誓う。

汚名を濯ぐため、ラミアルを倒す事を。


「その挑戦、受けて立つよ」


いきなり指差し宣言されて慌てふためくラミアルに変わり、彼女の背後から現れた赤毛の小さな魔獣――グウベェがそれに答えた。


「ラミアルも君と同じく魔王を目指す身だからね。君には負けないよ」


グウベェは4足獣にもかかわらず、後ろ足二本で立ち上がる。

前足は胸の前で組まれ、偉そうに胸を張って彼は言葉を続けた。


「ふん、いいわ。どちらが魔王になるか勝負よ」


アムレは突きつけた指先をグゥベエに向け直し、宣言する。

その瞳には、最早ラミアルを映してはいない。


彼女は本能的に気づいたのだ。

グゥベェこそがラミアルの本体であり、自身が魔王になる為の最大の障害である事に。


「さて、それじゃあさっさと仕事を終わらせましょ。こんなくだらない事に時間を取られて、訓練の為の時間を減らすのは勿体ないから」


そう言うとアムレは机の上に置いてある書類の束を手に取り、手早く分類しだす。


「こっちに目を通しておいて。残りはあたしが適当に終わらせておくから」


そういうと彼女は書類の束を持って部屋から出て行こうとする。

だがそれをラミアルが呼び止めた。


「あの……」


「何かしら?」


「貴方はどうして魔王に?」


彼女は純粋な疑問をアムレにぶつける。

ラミアルが魔王を目指すのは、グゥベェと契約して魔王少女になったからに過ぎない。

言ってしまえば、彼女にとって魔王とは力を手に入れる為の手段でしかないのだ。


――その為、現在の安定している政権を覆してまでアムレが魔王を目指す理由がラミアルには分からなかった。


「そんなの決まってるじゃない。私の優秀さを世界に知らしめるためよ。そもそも……純血種として生まれた以上、上を目指すのは当然の事でしょう?」


アムレの言っている事は間違ってはいない。

より強く。

より優秀に。

そしてそれを指し示す最大の方法が魔族の王になる事だ。


彼女は純粋に、本能として魔族の頂点を目指している。

だがラミアルにはそれが理解できなかった。


何故なら、彼女の体の半分は――人間の血で出来ていたからだ。


人間との隷属種ハーフである彼女にとって、その魔族としての純粋な衝動は理解できない物だった。

だから彼女に魔王になると宣言された時も、その言動に戸惑い、反応できずにいたのだ。


「貴方だって同じでしょ?」


「え、ええ。まあ……」


アムレの言葉に、ラミアルは曖昧に答えた。

此処でその言葉を否定する事は、自身の否定に繋がる。

そう感じたからだ。


歯切れの悪いラミアルを、アムレは怪訝な表情で見つめる。

だが直ぐに表情を戻し「他に用件がないなら失礼するわ」と言い残して部屋を後にした。


「魔王……かぁ……」


「契約は絶対だよ。ラミアル」


彼女の呟きに、グウベェがまるで釘をさすかの様に口を開いた。

その表情は愛らしい笑顔のままだったが、明らかに眼は笑っていない。


「分かってる。でも、魔王って何なのかなって思っただけ」


「まおうは力の象徴だよ。ラミアルがまおうになれば、きっとお父さんも鼻が高いだろうし、安心してくれるさ」


「……そうだね。あたし、絶対魔王になる!アムレにだって負けないよ!」


「その意気だ!頑張ろう!」


亡き父の為。

そして自分を支えてくれるパートナーの為。

彼女は気持ちを新たに魔王を目指す。


その行動が魔族全体を危機にさらす事に成るとも知らず。

彼女はグゥベェの引いた破滅へのレールの上を、進み続けるのだった。

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