第26話 ダークエルフ
「お父様!遂に召喚が成功しました!」
目の前の少女が勢いよく書斎の扉をあけ放ち、中で書類を睨みつけていた細身の男に嬉しそうに声をかける。
どうやら彼女の父親の様だ。
パッと見た感じは優男。
整った顔立ちに、スラッとした細身の体。
瞳は金に輝き、腰まで伸ばした髪も瞳と同じ金のブロンドである。
特徴的なのはその耳と肌の色だ。
男の耳は長く尖り、肌は黒く染まっている。
その姿は、ファンタジーなどでよくお目にかかるダークエルフその物だった。
そして娘であるラミアルも、父親と全く同じ特徴を持ち合わせている。
つまりこの世界において、ダークエルフこそが
エルフは生殖能力が低いため、その数は少ない。
当然その中から稀に生まれる異端の存在たるダークエルフは、それよりも更に数が少なかった。
そんな彼らは、ある時森を追い出されてしまう。
理由は些細な事だったらしいが、エルフ達にとって、は厄介者共を追い出すには十分な理由だったのだろう。
――森から排除される。
その決定はダークエルフ達にとっては、死刑に近い物だ。
数が少ない上に、未知の世界へと追い出される事は彼らにとって、それは大海に
小舟で放流された様なもの。
その生存は絶望的だった。
――遠からず沈む船。
その運命から逃れるため、ダークエルフ達は一つの賭けに出る。
それが異種族との交配だ。
そしてその賭けは見事に成功を収めた。
交配によって順調に数と勢力圏を増やしていった彼らは、やがて蔑称であるダークエルフと言う名を捨て、自らを魔族と名乗るようになる。
それがこの世界における魔族の始まり。
つまりエルフの迫害こそが、魔族誕生の切っ掛けだったという訳だ。
彼らのお陰で俺はまおう育成を楽しめるのだから、エルフには礼を言いたい所だ……
が、残念ながらエルフはもうとっくの昔に滅んでしまっている。
当然滅ぼしたのはダークエルフ――いや、魔族達だ。
彼らにした仕打ちを考えれば、数が逆転した時点で報復されるのは当然と言えば当然の話だった。
エルフ共も追放などという中途半端な真似をせず、きっちり始末しておけばこうはならなかっただろうに。本当に馬鹿な奴らだ。
「それを……お前が召喚したというのか?」
男は驚いた様な表情で、彼女の後ろから入って来た俺を見つめる。
その驚き方は尋常ではない。
そんな男に、彼女――ラミアルは不思議そうに声をかける。
「お父様、喜んでくれないの?」
「あ、ああ。すまない。少し驚いてしまってね、流石ラミアルだ」
父親はラミアルに近寄り、その頭を撫でる。
だがその視線は一瞬たりとも俺から離れない。
その異常な程の警戒反応から、どうやらこの男も、ラミアルの血統に関して知っているのだと気づく。
まあ父親なのだから、知っていて当たり前と言えば当たり前の話ではあるのだが。
取り敢えず、娘が騙されてると知って、この男がどんな反応を見せてくれるのか楽しみでしょうがない。
今それをここですると、まおう少女育成計画がぱぁになってしまう。
堪えるんだ、俺。
――まあ取り敢えず、挨拶はしておくとしよう。
「やあ、僕の名前はグウベェ。こう見えてもドラゴンの子供さ。よろしくね」
「……」
凄い目で睨み付けてくる。
生前だったらビビッていたかもしれない。
だが今の俺に怖い物など何もない。
俺はへらへら笑って、その視線を受け流す。
「お父様!驚いた!?この子あの伝説のドラゴンなのよ!!凄いでしょ!私ドラゴンを呼び出したんだよ!」
どうやら父の反応がドラゴンを呼び出した事への驚きと捉えたラミアルは、嬉しそうに自慢する。
これまで召喚を失敗し続けた自分が、伝説上の幻獣を呼び出せた事が嬉しくて仕方ないのだろう。
「あ、でも皆にはこの子がドラゴンって言うのは内緒よ!知れたら大騒ぎになっちゃう!」
「あ、ああ。そうだな……ラミアル、少しその子と二人っきりで話をさせてくれないか?」
「え?どうして?」
「お前の事をくれぐれも頼んでおきたいんだ。やっと出てきてくれた相手だからね。でも本人の目の前で頼むのは、少し気恥ずかしいから」
苦しい言い分だな。
だがラミアルは特に父親の言葉を疑う素振りも見せず、返事をして笑顔で書斎を後にした。
「アホの子だな」
それまで猫を被っていた俺は、ラミアルが出て行ったのを機に速攻でそれを脱ぎ捨てた。
自分が召喚された魔獣で無い事がばれている以上、隠そうとする意味などない。
「貴様、何者だ……」
その声は静かで、それでいて殺気を含んだ危険な物だった。
まあ自分の大事な娘に悪い虫が付いたのだ。
その怒りはもっともな物と言えるだろう。
俺は嬉しくて笑ってしまいそうになるのを堪え、軽く煽ってやった。
「お前の娘の願いを叶えてやる、優しいドラゴンさ」
「もう一度だけ聞くぞ?お前は何者で、目的はなんだ?」
「信用ないねぇ。まあ確かに優しいってのと、ドラゴンって言うのは真っ赤な嘘だからしょうが無いか」
「答える気がないようだな。なら死ね」
ラミアルの父は音もなく一瞬で俺の目の前に迫る。
そしていつの間にやら手にしていた黒塗りのダガーで、俺の首元を正確に狙う。
……ふむ、速いな。
まあ遅いけど。
その動きを見て、俺は両極端な評価を下す。
彼の動きは戦士としてみれば、一流に分類されるだろう。
だが化け物の俺から見れば、トロ臭い事この上なしだ。
だから速いけど――遅い、だ。
取り敢えず身を捻って攻撃を躱す。
二度三度と攻撃が繰り返されるが、残念ながら俺には掠りもしない。
必死に頑張っているところ悪いが、基本のスピードが違い過ぎて話にならなかった。
このままだと、丸一日かけても俺に触れる事は叶わないだろう。
まあそれ以前に、仮に当たったとしても俺には傷一つ付けられないだろうが。
「どうした?魔法は使わないのか?」
躱し続けるのにも飽きて来たので、取り敢えず挑発してみた。
まあ挑発したからと言って、魔法を使ってはこないだろう。
そんな物を使えばいくらラミアルがポンコツとはいえ、異変を察知して戻って来るのは目に見えているからな。
やっとの思いで召喚した魔獣を父が手にかけようとしていたら、彼女は何と思う事やら。
それを思えば魔法など使えまい。
「くく……」
想像したら思わず笑いがこみあげて来た。
いかんいかん。
笑うのは余り宜しくはない。
これではまるで俺が悪者の様だ。
「貴様……娘をどうするつもりだ……」
ラミアルの父親は憎々し気に俺を睨み付け、その動きを止める。
此方は面白半分で挑発しただけなのだが、どうやら相手は深読みして脅しと受け取った様だ。
「言わなかったか?願いを叶えてやるといっただろう?」
「そうか。あくまでも白を切るというなら、最早手段は選ばん。貴様は此処で排除する!」
男の両手に魔力の光が集約される。
どうやら娘を傷つける事になっても、ここで確実に俺を始末する気らしい。
「破滅の光よ!我が魔力を喰らい、眼前の敵を粉砕せよ!」
奴の手に巨大な
俺は一瞬で展開された魔法陣から魔法を考察する。
恐らく直撃を躱しても、爆破で相手を消し炭にするタイプの魔法だろう。
そしてその込められた魔力から、この大きな屋敷の半分は吹き飛ぶであろうレベルの威力だという事が分かった。
位置的にラミアルには影響は無さそうだが、この屋敷に奉公している使用人達の半数はこの魔法で間違いなく吹き飛ぶ事になるはず。
どうやら娘を守る為なら、他の魔族の命はどうでもいいらしい。
ラミアルに貴賤がどうこう言っておいて、よくやる。
だが嫌いじゃないぞ、そう言う二面性は。
寧ろ有り難い。
思ったより上手く事が運び、俺は嬉しくて頬が緩む。
「止めてよ。そんな魔法を使ったら、皆死んじゃうよ?」
「もう遅い!死ね!
言葉と同時に巨大な光球が此方へ向けて飛んでくる。
これを喰らえば、そこそこダメージを貰いそうだ。
その気になれば躱す事も容易く出来たが、俺は優しいので巻き込まれる命を救ってやる事にする。
何せ
目の前の男は知らないだろうが、契約と称してラミアルには俺の加護を与えてある。
その内の一つに遠くを見通す千里眼と言うものがあり、強い魔力を感知した彼女は今、その加護の力でここを見ていた。
だから俺はここの使用人達を救ってやるのだ。
残酷な彼女の父親から。
――ありがとう。
彼女は力に釣られて契約こそしたが、まだ俺の事を警戒している節があった。
お前が魔法を――それも飛び切りでかいやつを使ってくれたお陰で、俺は彼女の信頼を掴み取る事が出来そうだ。
本当に感謝するよ。
俺は心の中で男に礼を言い。
放たれた魔法、その破壊のエネルギーを結界魔法で閉じ込める。
外に影響が出ない様。
範囲は、今自分のいる書斎全体だ。
結界に閉じ込められた書斎の中、炸裂した魔法の爆風と熱による破壊の嵐が吹き荒れる。
棚も、本も、机も、瞬く間に蒸発していく。
そう、魔法を放った男すらも――
「まおうに娘思いの父親なんて物は、不要なんでね。さようなら、ラミアルのパパさん」
まあ彼女の事は俺に任せてくれればいい。
ちゃんと立派なまおうに仕込んでみせるさ。
この日、ラミアルは父親を失い天涯孤独の身となる。
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