第20話 研究所
「ここよ!」
セネック山頂上を越え、西側に少し下った先に少しひらけた場所がある。
そこにある大きな池のほとり。
その周囲に散らばる石の一つを指差し、レーネが大声を上げた。
「間違いなくこの石よ!」
レーネの指差す石はそこらに転がっている物と見分けがつかない様な、平凡極まりない物だった。
探せば同じような物がいくつでも辺りに転がっている。
「普通の石にしか見えないけど?」
「ふふーん。まあネッドには分からないだろうけど、天才のあたしには一目瞭然よ。嘘だと思うんなら、ちょっと持ち上げて見なさいよ」
レーネに言われ、人間の頭部サイズの石を持ち上げてみようとするが、何故かびくともしない。
俺に代わってテオードも試してみたが、結果は同じだった。
「どうなってるんだ?」
「魔法による封印の要になってるのよ。よっぽどの力じゃないと、物理的干渉じゃビクともしないわ。ふふん、まあみてなさい」
テンション高めのレーネが石に手を翳し、よく分からない単語の羅列を口ずさむ。
すると石が輝き出し、地面が揺らぎだす。
やがて地面が霞の様に消えさり、そこには地下へと続く大きな階段がぽっかりと姿を現した。
「うお!すげぇ!」
「ようこそ!人造生物研究所へ!」
くるりと身を翻し、俺達に向かって満面の笑みでレーネが両手を広げる。
何がしたいのかさっぱり理解不能だ。
「なんでお前が歓迎の言葉を述べるんだ?」
「なんとなく、その場のノリでやってみました」
レーネは可愛らしく拳を頭にコツンとぶつけ、ウィンクして舌を出す。
俺とテオードはそのあざとらしい動きを無視し、その横を通り抜けて中を覗き込んだ。
「明かりが点いているぞ」
「500年も照明が生きてるのか。凄いな」
「ふん!魔法でコーティングでもされてんでしょ!」
俺たちの横に並んだレーネが、先ほどまでのテンションとは裏腹に膨れっ面で吐き捨てる。
どうやら無視されたのが気に入らなかった様だ。
そんな御機嫌斜めなレーネを、テオードが
「レーネ」
「なによ!」
「さっきのはアホっぽいから止めておけ」
訂正。
どうやら宥める気は無い様だ。
「ぬ、ぐ……天才とアホっぽさの奇跡のコラボで……」
「アホっぽさが強すぎて、天才部分が伝わって来なかったから止めとけ」
「お……」
「お?」
「お兄ちゃんのアホー!」
そう吐き捨てると、レーネは大股でずんずんと階段を降りていく。
そんな彼女を追って、俺とテオードも慌てて階段を駆け下りた。
「おいレーネ!1人で勝手に進むな!危ないだろうが!」
「500年も前の施設なんだから!どうせ何も居やしないわよ!魔法トラップ対策のマジックアイテムだって身につけてるんだから!いつ迄も子供扱いしないでくれる?」
「お前、さっきと言ってる事が違わないか?」
トラップ対策をしていたのには感心するが、何も居ないと思ってたなら、クソ重い杖を持ってくんなよな。
非難する様な目を向けると、言葉の意味を理解したのか慌てた様に言い訳を始める。
「だ、だから保険っていったでしょ!万一の保険!転ばぬ先の杖!ナンチャッテ……」
レーネが懲りずに首を傾げてウィンクし、舌を出す。
懲りない奴だ。
俺はレーネに呆れつつも辺りを見回す
建物の中は乳白色の落ち着いた色で統一されていて、どこか寒々とした印象をうける。
「金属製だな」
テオードが壁に触れながら呟いた。
その言葉を聞き、俺も手をつける。
手先から感じる冷たくも滑らかな感触、それは紛れもなく金属の感触だった。
「金属で出来た建物なんて初めてだ」
建物は石材や煉瓦、木材等を用いて建てるのが基本となっている。
金属で出来た建物など聞いた事もない。
「そうね、一般の建物じゃ基本見ないかも。でも魔法の研究施設なんかは、ミスリルみたいな魔法金属で建てられてる事も多いわよ。私の所の研究施設なんかも金属製だし」
ミスリルは魔法処理を施された合成金属だ。
通常の金属を遥かに超える高い剛性を持ち、その耐久力と軽さ、更には魔法干渉を遮断する効果から、武具の素材として大人気となっている。
但しその精製には高いコストが必要となる為、ミスリルはとても値が張る金属だった。
そしてそんな素材を使用した武具には、当然それ相応の価格が付く事になる。
その為、以前から俺も欲しいとは思っているのだが、残念ながら現状ではとても手の出せる代物では無かった。
「ひょっとして、この建物全体がミスリルって事か?」
「全部って事は無いわね。ミスリルはコストが掛かるし、多分使われてても極一部ね。まあ500年も前の建物だし、そもそもミスリル自体が使われてない可能性も高いわ」
「そっか」
少々残念だ。
この建物全体がミスリル製なら、金属を削って持ち帰るだけで一財産になる。
そうすれば俺だってミスリル製の武具を……
そこまで考えて、大きく溜息を吐いた。
ここには、グヴェルの情報を手に入れる為にやって来ているのだ。
にもかかわらずそれ以外を求めてしまう、そんな自分の浅ましさが悲しい。
「まあミスリルは無くても、他の希少金属は使われてるかもしれないし。お金になりそうなら貰っていくのもいいわね」
「おまえなぁ。俺達は盗掘者じゃねぇんだぞ」
テオードがレーネを叱る。
それを聞いて、恥ずかしさから俺は俯いた。
俺に言ったわけではないのだろうが、ほぼレーネと同じ事を考えていた身としては耳が痛い。
「何よ!こんな所に置いてたってどうせ腐らすだけなんだから、必要な人の元に適正な価格で融通してあげた方がよっぽど有意義な事じゃない!それともお兄ちゃんはお金要らないの!?ミスリル製の武具じゃなくて、一生そのままその安物の剣で過ごすつもり?」
「いや、そう言う訳ではないが……」
テオードが口を濁す。
どうやら彼もミスリル製の武具は欲しい様だ。
まあ剣士として上を目指すのなら、当然と言えば当然の事か。
「でしょ!希少金属を欲しがっている人は、それが手に入って喜ぶ。武器屋は高い武器が売れて喜ぶ。お兄ちゃんは強い武器を手に入れて、グヴェルを倒して国に貢献する。良い事尽くめじゃない!」
「まあ……そう、だな……」
「じゃあ決まりね!」
レーネは指でVサインを作り、勝ち誇った顔で此方にウィンクを飛ばしてくる。
どうやら彼女は俺の物欲センサーに気づいていた様だ。
全く彼女には敵わないな。
こうして皆の合意の元、金品はグヴェル討伐に役立てる事前提で持ち帰る事になった。
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