第21話 2重加速

「はぁはぁ……くそっ、追ってきやがる」


一瞬後ろを振り向いて確認し、白い通路を真っすぐに駆け抜ける。

目指すは出口。

とにかくこの研究所から、一刻も早く脱出しなければ……


「レーネ!杖を捨てろ!重いんだよ!」


レーネを抱えて前を走るテオードが怒鳴る。

緊急事態だというのに、無駄に重い杖を手放さずにいられたのでは、抱えて走っている彼にとっては堪ったものでは無いだろう。

その気持ちは良く分かる。


「嫌よ!この杖は借り物なの!紛失したら弁済額いくらになると思ってるのよ!?」


命あっての物種だというのに、彼女は今の状況が理解できているのだろうか?


「それにこれを手放したら、あれを倒せないじゃない!」


倒す?

倒すって言ったのか!?

あれを!?


「あの植物の化け物を倒せるのか!?」


そう――俺達は今、化け物に追われていた。

巨大な植物の化け物に。


「もっちろんよ!天才魔法少女を舐めて貰っちゃ困るわね!あんな植物もどき、私の最強爆炎魔法でイチコロよ!」


そう言いながら、レーネは懐から丸い物を取り出し落とす。

そう言えば逃走中、ずっとそれをばら撒いていた様に見える。


「それは?」


「燃焼材よ!燃やし尽くしてやるわ!!」


レーネの目は本気だった。

この研究所ごと燃やし尽くすつもりの様だ。


だが、相手が化け物ではしかたないか……


ここに火を放てば、グヴェルの痕跡を得るのは絶望的だろう。

だがあれを外に放つよりはましだ。

仕方ないと諦め、俺は出口へと急ぐ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「特に何にもないな」


壁に嵌った大きなガラスから、部屋の中を覗き込む。

これまで幾つもの部屋を確認しているが、全てもぬけの殻だ。

金属製の棚や机はあっても、そこに置いたり、収めたりすべき書物や研究器具が一切見当たらない。


ダメ元だったとはいえ、収穫なしかと考えるとやはりがっくり来る。

登山で散々苦労しただけ余計に。


「変ね……」


「何が?」


「何もなさすぎるわ」


「ここでの研究を打ち切ったのなら、資材が残ってなくてもおかしくは無いだろう?」


テオードの言う通りだ。

残しておく理由が無い。

極秘の研究だったのなら猶更だろう。

普通は処分していくものだ。


「それにしたって、綺麗すぎるのよ」


「綺麗すぎるって?」


「グヴェルはここから脱出してる訳でしょ?きっとその時、暴れて多くの人間を殺してるはずだわ。少なくともあの研究日誌を書いていた人は殺されてる訳だし、その人だけって事は無い筈よ。なのに通路や部屋に血の跡一つ付いてないなんて、おかしいと思わない?」


言われてみれば確かにそうだ。

死体はまあ回収されたんだとしても、暴れた際の痕跡が残っていないのは確かにおかしい。

放棄するのなら、一々血や汚物の後を丁寧に掃除する意味は無いはず。


「これだけ立派な施設だ。研究所として再利用されたと考えれば、それほどおかしくは無いだろう。クリーニングされて、その後改めて放棄されたなら辻褄は合う」


合理的に考えれば、ない話じゃない。

確かに辻褄はあっている。


だが本当に再利用などしたりするのだろうか?

いくら立派な施設とはいえ、研究で大問題が起き死者が出たような不吉な場所を。


「まあそれはそうなんだけど、なーんか引っ掛かるのよねぇ」


レーネも俺と同じ事を考えているのか。

それとも全く別の理由なのかもしれないが、どうにも釈然としない様子で首を傾げている。


まあ理由は何であれ、足跡が残されていない事実は変わらない。

駄目っぽいと思いながらも、俺達は部屋を確認しながら研究所の奥へと歩みを進める。


「ここで最後っぽいわね」


研究所は通路がグルっと弧を描き、そこに横道が通った3重の円環型をしていた。

一通り通路に添った部屋をチェックし終えた俺達は、最後にその中心部と思われる部屋へと訪れる。


「扉が開いてるな」


「今までの部屋も、全部扉は開いていたぞ」


「そうだったっけ?」


言われてみれば、確かにそんな気もする。

撤収するに当たって、御丁寧に扉を閉めていく必要はないからな。

開きっぱなしでもおかしくはないか。


扉を潜ると直ぐ壁に突き当たる。

この壁はちょっとした仕切り代わりだろう。

横に回って中を覗いてみた。


「!?」


「どうした?」


驚きに固まっていると、テオードが訝し気に俺の肩越しに部屋を覗き込む。

続いてレーネも覗き込み、中の様子に驚きの声を上げる。


「何よこれ!?」


中は広い円形のホールだ。

多分。

そしてその中央に大きな穴が開いており、そこから強大な植物が飛び出して部屋中に広がっていた。

多分と言ったのは、植物が生い茂り過ぎて正確な形が把握できないからだ。


「茎が脈打っているな」


茎の表面に静脈の様な物が浮かび上がり、どくどくと脈打っているのが見える。

只の植物でない事は一目瞭然だった。


「気持ち悪いわねぇ」


「レーネ!!」


一本の太いツタが鞭の様にしなり、レーネ目掛けて振り下ろされた。

それに気づいたテオードが剣を抜き、間一髪切り落とす。


「な、何よ!?悪口言われて腹が立ったって分け?」


レーネの悪態に反応してかどうかは分からないが、部屋中に広がった茎やツタがわさわさと動き出す。

そして中央に空いた穴から、ゆっくりと人を模したような植物の茎が姿を現した。

それは嫌らしく笑うかの様に、人間でいうなら顔に当たる部分をにたりと歪ませる。


間違いない。


こいつには――この部屋の植物には明確な意識がある。

そしてそれは敵意や悪意となって、此方へと向けられていた。


「やばいな……」


穴から、次から次へと茎やツタの様な物が止め処なく這い出して来る。

こんなのに一斉に襲われたら一溜まりもない。


「逃げるぞ!ネッド!」


そう宣言するや否や、テオードはレーネを担いで走り出す。

反対する理由も無いので、俺も迷わずその後を追った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



最後の段を蹴り飛ばし、出口から飛び出すと、真っ赤に輝く光が目に入った。

レーネの手にした杖の宝玉から放たれる光だ。


どうやら、レーネは担がれながら魔法を唱えていたらしい。

既に発射準備完了の状態に見える。


「ネッド!どいて!」


レーネの叫びと同時に、紅玉の光が一層強く輝いた。

俺はレーネの声に反応し、加速アクセラレーションを発動させ素早く横に飛んで躱す。


次の瞬間、凄まじい爆発音と共に辺りを熱風が薙いだ。

熱が皮膚を炙り、ちりちりと髪を焦がす。


「見なさい!これが天才魔法少女の力よ!」


振り返ると、研究所の出入り口のあった辺りに天高く火柱が上がっていた。

その火柱に指を突きつけ、レーネは誇らしげに胸を張る。


その威力たるや。

確かに天才というだけあると、感心せざる得ない。


「調子に乗るな」


テオードがレーネの後頭部を軽く叩く。


「あいたっ。ちょっと、何すんのよおにいちゃん!」


「さっさと出入り口の封印を元に直せ。万一生きていたら厄介だ」


「えー、あんなに豪快に燃えてるんだよ?」


「テオードの言う通りだ。さっさと封印してくれ」


俺もテオードの意見に賛同する。

燃焼材も一役買ってか火勢は凄まじく、火柱が消える気配一向にない。


その勢いから、普通に考えれば燃え尽きていそうなものではあったが、相手は謎の生物だ。

どんな能力を持っているかも分からない以上、テオードの言う通りさっさと蓋をすべきである。


「へいへい、男共は臆病でだめねぇ……」


「――っ!?」


レーネが再び杖を翳し、呪文を唱えようと火柱に一歩近づいた瞬間、それは飛び出してきた――全身を炎に包まれた、人型をした植物の化け物が。

そいつは長い手を大きく振り上げ、レーネへと振り下ろす。


加速アクセラレーション!」


時間の流れがスローモーションになる。

俺はレーネに向かって全力で駆けた。

だが、このままでは間に合わない。

テオードも俺と同じく飛び出してはいるが、此方も間に合いそうにはなかった。


俺は覚悟を決め。

奴から――グヴェルから受けた加護の力を更に開放する。


2重加速ダブルアクセル!!」


時間の流れが変わる。

先程よりも更に鈍く。

まるで動きが止まったかの様な世界。

そこで自由に動けるのは俺一人。


俺は剣を抜き放ち。

間合いを瞬時に詰めて、化け物を八つ裂きにする。


「すご……やるじゃんネッド!」


バラバラになって崩れ落ちた化け物の姿を見て、レーネが燥ぐのが見えた。


まるで遥か遠くから、微かに聞こえるその声を最後に――


俺の意識は途切れた。

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