第19話 転ばぬ先の杖
「はぁ……はぁ……きっつ」
池のほとりに手足を投げ出し、大の字になって寝転がる。
草が顔や手足にチクチク刺さり少し不快だが、足腰がガクガクして最早一歩も動けない。
横を見るとテオードも相当キツかったらしく、地面にしゃがんで胡座をかいていた。
「なっさけないわねぇ。そんなんじゃ、最強の剣士なんて夢のまた夢よ」
言ってることはもっともだが、人におぶって貰っていた奴が言うセリフではない。
しかしレーネは予想以上に重かった。
こいつ、一体何キロあるんだ?
「なあ、レーネって体重何キロだ」
「ななな、なによ一体!?」
「見た目より明らかに重かったんだが」
レーネの体重を聞いてテオードが口を挟まない辺り、彼も同じ疑問を抱いていたのだろう。
「私の体重は……40キロよ」
あ、今目が泳いだ。
絶対鯖読んだな。
「その杖はどの程度だ?」
「え、ああ……これ?」
テオードの言葉に、レーネは腰のベルトに差していた杖を手にとって見せる。
それは白い金属製で、先端部分には紅い宝玉が嵌っており、全体に綺麗な文様が刻み込まれていた。
見るからに高級品だ。
だが重さはそれ程ではないだろう。
魔術師の使う杖だし、ぱっと見た感じ重さは1キロも無さそうだ。
「あー、えーっと。……かな」
声が小さくてよく聞こえなかった。
改めて聞き直すと、別に良いじゃんと誤魔化してくる。
その態度、超怪しいんだが?
「隠さずはっきり言え」
「う……15キロ」
「は!?」
今なんつった?
15キロ!?あんなちっこい杖が!?
嘘だろ?
レーネの気まずそうな表情を見る限り、冗談ではなさそうだった。
道理で重い筈だ。
しかしこれで謎は解けた。
レーネは魔術師にしてはかなり体力がある方だ。
にもかかわらず、彼女は早々に音を上げてしまっている。
俺はそれが不思議だったのだが、成程、杖の重量のせいだったわけか。
体を本格的に鍛えいる訳でもてない人間が、他の荷物以外に15キロも混ぜて険しい山道なんか上ったら、そらきっついわな。
「お前なあ!」
「だってしょうがないじゃない。何かあった時用に、魔法は必要でしょ?」
「もう一個小さな杖があっただろ?」
道中の水分補給は全てレーネの魔法で出したものだ。
その際、レーネはもう一回り小さな木の杖を使っていた。
まさかあれの方が重いとか言わないよな?
「あれは簡易用の杖だから、ちょっとした魔法ならともかく、攻撃魔法には耐えられないのよ。大体お兄ちゃん達だって腰に剣を下げてるじゃない!」
非難めいた目を向けると、ムッとした表情で俺たちの腰にかけてある剣の事を言ってくる。
今の俺達は練習用の木剣ではなく、真剣を腰にかけていた。
これは魔獣を含む、野生動物対策だ。
とは言え、レイクリア近辺には魔獣や大型動物は殆ど生息していない。
居ても野犬ぐらいのものだろう。
正直追い払う程度なら木剣でも十分だと考えると、余計と言えば余計な荷物と言えなくもないが。
「剣は念のためだ。お前は本格的な攻撃魔法を一体何に使う気だ?大体俺達の剣は10キロもしないぞ」
「何って?そんなの決まってるじゃない。化け物によ」
「はぁ?」
「グヴェルが生まれた場所なのよ。どんな化け物が居るか分からないでしょ?そのためよ」
レーネの顔は真剣そのものだ、どうやら本気で言っているらしい。
開いた口が塞がらないとは正にこの事だ。
「研究は500年も前の話だぞ。合成生物とやらも、もう全部死んでるに決まっているだろう」
「グヴェルは500年経っても生きてるじゃない。他の奴だって生きてるかもしれないでしょ?」
「いや、流石にグヴェルと他の奴は違うだろ」
異世界の生物を使われているグヴェルは、間違いなく特別製だ。
それに奴には時間を操る能力がある。
ひょっとしたら、あいつが500年も生きている秘密はその辺りにあるのかも知れない。
「帰りは自分の足で歩けよ」
「えー!?」
レーネは不満の声を上げるが、当たり前だ。
自分で歩くならともかく、人に背負わせておいて、よくそんな使い道のない重りを持って来れたもんだ。
嫌がらせにも程があるぞ。
流石のテオードだってそりゃ怒るに決まってる。
――完全に要らない物。
そう判断した杖だったが。
このレーネのおばかな行為に、後々俺達の命が救われる事になる。
転ばぬ先の杖とは、正にこういう事を言うのだろう。
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