第17話 オメガ・グラン
ブルームーンの首都レイクリア。
それはレイクリア湖を中心に大きく円形に広がる美しい都市であった。
国の中心都市だけあって、道は全て石畳で舗装されており、居並ぶ建物も全て石材やコンクリートの様なもので建てられている。
理路整然と並ぶ街並み。
行き交う人々の織りなす雑踏。
人々の顔は明るく、街は活気に溢れている。
見れば見るほどつまらない街だった。
暇潰しがてら街を眺めてはみたものの、特に変わり映えしない風景が続く。
刺激を求める身としては、この街はつまらなさすぎる。
それでも暫くボーッと眺めていたが、何も変化は訪れず、特にイベントは起こりそうもなかった。
まあ分かっていた事ではあるが、やはり早々面白い物など転がってはいない物だ。
収穫なしかと溜息を吐きそうになったその時、ふとある少年の姿が眼に映る。
赤い目をした15〜6歳程度の赤毛の少年だ。
ぱっと見は、なんて事のない普通な少年だった。
だが俺は一目でその異常性に気づく。
その少年の魂の奥深くに眠る、その強大な力に。
――僥倖だ。
駄目で元々、暇潰しついでの探索で掘り出し物を引き当てた。
俺は目の前に降って湧いたダイヤの原石にほくそ笑む。
面白い事になる、そう確信して。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねーねー、グヴェル!大会に優勝したんだから、何かプレゼント頂戴!」
「お前の力なら優勝は当然の結果だ。出来て当たり前の事で、祝いなど必要なかろう」
「えー、いーじゃん!なんか頂戴よー!」
目の前の少年が俺の右手を両手で掴み、ブンブン振っておねだりしてくる。
化け物である自分に一切物怖じしないのは、大したものだ。
彼の名はオメガ・グラン。
15歳。
すこし前にレイクリアの街で見かけスカウトした少年だ。
本来ならば境遇やメンタル面を優先するのだが、その圧倒的潜在能力に惹かれ思わず声をかけた。
まさに規格外の化け物と言っていいだろう。
「仕方ないな」
俺は顎に手をやり考える。
今以上の潜在能力の引き出しはまだ早い。
虚弱な肉体に大きな力を使わせると、反動で肉体の崩壊を招きかねないからだ。
それに精神への影響も懸念される。
それで無くともこいつは精神年齢が低いのだ。
無理に力を引き出して、アホの子にでもなられたら目も当てられん。
そうなると、
与えるのは魔具か、それとも呪具が良いだろうか?
どちらにするべきか迷う。
魔具は単純に魔法の込められた武具だ。
込めれた魔法で武器に炎を纏わせたり、防具に熱を帯びさせる事で寒さを防いだりと、込める力次第でその用途は様々だ。
それに対して呪具は、呪いを封じられた武具を指す。
魔具と比べ発動条件が厳しい代わりに、その効果は大きい。
例えば破壊されると相手の武器を粉々に砕く呪具――破壊される前提でわざと脆く作られていたりする――や、相手から受けた痛みを破壊力に変える武器等だ。
まぁ魔具が無難か。
オメガの場合呪具を与えると、面白がって条件を満たすために馬鹿な使い方ばかりしそうだからな。
俺は両手を翳し、魔法を発動させる。
右手の周りを白く輝く幾何学模様が旋回し、左手には赤い模様が旋回する。
その様子を見て、オメガが目を丸くして騒ぎ立てた。
「なにそれ!なにそれ!!」
「ん!魔法を見た事がないのか?」
「うん!」
ここは剣と魔法の世界ではあるが、一般の魔法普及率はそれ程高くはない。
むしろ低いぐらいだ。
その最大の理由が、最初の魔法を習得する際の敷居の高さにあった。
魔法の行使は複雑で、その根幹を理解していなければとても習得できない。
そのため魔術師としての特性を持つものでも、魔術学院等で専門の知識を学んだ者以外では、魔法を扱う事は難しかった。
「まあ見ていろ」
目をキラキラさせ、食い入る様に右手を見つめるオメガの前で魔法を続ける。
右手を取り巻いていた文様はくるくると回りながら手から長く伸び、やがて剣の様な形へと収束していく。
そこに左手を翳すと赤い模様が絡みつき、2色の紋様が混ざり合って一振りの黒い剣が姿を現わした。
「おおー」
手にした剣の刀身は漆黒にそまり、中心部分に血の様な赤黒い光のラインが蠢く。
それは見るものに、不安と不吉な予感を抱かせるデザインをしていた。
剣の名はブラッドソード。
吸血の魔剣。
斬りつけた相手の血を啜り、自らの糧へと変える魔具だ。
俺はその剣を無造作にオメガへと放り投げた。
彼は片手でそれを受け止めると、繁々と手にした剣を眺める。
「血を吸う魔剣、ブラッドソードだ。大事に使えよ」
「やったー!ありがとう、グヴェル!」
オメガは手にした魔剣を右手で掲げ、ぶんぶんと馬鹿みたいに振り回す。
その雑な扱いを見て“あ、こいつ直ぐに駄目にしそうだな”と思ったが、注意するのは辞めておいた。
その剣があろうが無かろうが、オメガの強さに影響はないだろう。
壊した所で大した問題がない以上、好きに使わせてやればいい。
「そう言えば、軍への士官の話はどうするんだ?」
この国の軍への士官は16歳からだ。
大会優勝者。
しかも圧倒的強さを誇ったオメガには、当然軍からオファーがかかっている。
俺に声をかけられ、魔剣を石畳にさして逆立ちをしていたオメガが、そのままの体制で此方へと視線を向ける。
「断ったよー。なんか窮屈そうだしー。それに、僕はグヴェルの物だからねー」
他人が聞いたら物凄く誤解されそうな言葉を、オメガは笑いながら言い放つ。
まあ時間は止めてあるので、誰かに会話を聞かれる心配などないから構わないが。
「別に、好きに生きて構わんのだがな」
最低限の誘導はするが、命令など下して
本人の自由意志を無視して動かす様な真似をすれば、俺自身が純粋に楽しめなくなってしまうからだ。
俺は再び魔法を使い、今度は鞘を生成してオメガの持つ剣に無理やり被せた。
時間を止めている今はいいが、流石に街中で刀身剥き出しは不味いからな。
「俺は帰るぞ。時間を動かすから、もう街中で剣を振り回すなよ。警邏に捕縛されるぞ」
「はーい」
まあオメガが街中で警邏相手に大立ち回りする様を眺めるのも一興ではあるのだが、今回は控える様に言っておく。
やったその日に剣を駄目にされでもしたら、流石に癪だからな。
用件は済んだので、俺はスキルを発動させその場を後にした。
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