第12話 準決勝

舞台上に立ち、目を閉じる。

緊張からか、手汗が酷い。

俺はズボンで手を拭い、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。


幾分か落ち着きを取り戻す。

ゆっくりと目を開けると、対戦相手のテオードと目が合った。


――かつて同じ夢を持って道場に入り。


――いつしか俺を置いて遥か前を歩んでいった友人。


――以前は余りにも差が大き過ぎて、その背中すら見えなかった。


だが今は違う。


今の俺がどれだけ君に近づけたか……この試合で試させて貰う。


「試合開始!」


合図を受けて、俺はテオードに向かって突進する。

間合いに入った瞬間、木剣を強く薙いだ。

ガギィ!と音が響き、俺達の木剣が交差する。


「くそっ」


途轍もなく重いテオードの一撃。

想像以上の衝撃に腕が痺れ、剣を引くと同時に大きく後ずさって間合いを開いた。


それに剣速も段違いだ。

たった一合で、彼我の実力差をありありと認識させられてしまう。


遠い。

思った以上に彼の背中は……


だが、実力差があるのは最初から分かっていた事。

テオードは今までの相手とは別格だ。

これまでの様に勢い任せではなく、相手の動きをよく見て戦わなければ……でなければ勝機どころか、真面な戦いにすらならないだろう。


剣を正眼に構え、今度はゆっくりと間合いを詰める。

体格が大きく、手の長さの差からリーチはテオードの方が広い。


自分から攻め込むのは不利だ。

まずは相手の攻撃を誘い、その隙を突く。

考えた事を実践すべく、更にゆっくりと間合いを詰める。


神経を研ぎ澄ませ、彼の一撃に備えつつ間合いへと侵入――


警戒しつつ間合いを詰める。

しかしテオードは微動だにしない。

ここは既に彼の間合いだというのに。


やがて俺は、自分の剣が届く距離にまで辿り着く。


だがそれでもテオードは動かなかった。

リーチは戦いにおいて、圧倒的なアドバンテージを生み出す武器となる。

仮にカウンターを警戒していたとしても、易々と相手に間合いを取らせるなど愚の骨頂でしかない。


そうかよ……


此方を見下すと言うなら、遠慮なくその慢心を利用させて貰う。

俺はそこから更に一足分間合いを詰める。

瞬間膝を屈め、態勢を落としその低い姿勢から相手の首を狙って木剣を突き上げた。


超至近距離からの上突き。

たとえ躱されてもこの密着状態では、剣での反撃は飛んでこない。


テオードは首元に迫る剣を、体を捻って最小限の動きで躱す。

俺は体当たりを警戒し、腰を落として衝撃に備えた。

耐えた上で、彼が間合いを離す瞬間を狙って攻撃する。


つもりだった、が――動かない!?


反撃どころか、彼は体勢を戻そうとすらしない。

剣を持つ手と手が触れ合わんばかりの密着状態。


テオードからすれば内側に潜り込まれ、小柄な俺よりもずっと動きにくいはず。

普通ならば下がるか体当たり等で間合いを離そうとするものだ。

だがテオードは全く動こうとしなかった。


先程から、全く攻撃や間合いの差し合いのそぶりを見せない彼に戸惑う。

そこまで完全に舐めきられているのだろうか?

もしそうなら少し頭にくるが、それならそれで好きに攻めさせてもらうだけだ。


剣を振るい易い様、少し間合いを離した。

体の小さな自分にとって動きやすく、大柄なテオードにとって戦いにくい間合いを意識しながら剣を振るう。


突く、斬る、跳ね上げ。

時にはフェイントを織り交ぜて攻め続ける。

だが俺の動きは完全に見切られているのか、その全てを最小限の動きでテオードにいなされてしまう。


「くっ!?」


それまでいなすだけだったテオードが急に剣を正面から受け止め、俺を大きく弾き飛ばした。

直ぐに体制を立て直すが、追撃は来ない。


「いつまで遊んでいるつもりだ。本気を出せ、ネッド」


「!?」


「妹から聞いている。魔神から授かったと言う特殊な加護。本当にあると言うなら、俺に見せてみろ」


「魔神の……話を信じるのか?」


「信じるかどうかは、戦いで決める。出し惜しみせずかかってこい」


一瞬迷う。

だが迷いは一瞬だけだった。

ライバルに全力で来いと言われて安牌を切る様なら……そんなのは男じゃない!

彼の望み通り、全力で彼を叩き伏せる!


「いくぞ!テオード!」


加護アクセラレーションを発動させ、一気に間合いを詰めた。

テオードが俺の動きに合わせ、剣を振り下ろして来るのがはっきり見える。


「遅い!」


彼の太刀を体を捻って躱し、その首目掛けて剣を薙ぐ。

テオードはそれを飛びのいてギリギリ回避した。


だが隙だらけだ。

彼が着地するより早く横に回り込み、剣を振るう。

テオードは咄嗟に手にした剣を盾にしたが、空中では態勢が保てず、大きく吹き飛び地面に転がった。


「ぐ……」


体が痛み、目が霞む。


体への負担を考慮して、俺は一旦加護を解除する。

発動させっぱなしでは、下手をしたらテオードが起き上がってくるまでに自分が倒れてもおかしくないからだ。


しかし……時間にしてほんの1秒足らずでこの疲労。


分かっていたがやはりきつい。

軽く首を振って、ボンヤリしがちな意識を覚ます。


この大会は相手が棄権しない限り、明らかな勝敗の決する一撃を加えるか、ダウン2回で初めて決着となる。

俺はテオードを吹き飛ばしはしたが、まだダウンが一回付いただけだ。

当然試合はこのまま続行される。


「成る程……その動き。どうやら嘘じゃないらしいな」


テオードが立ち上がり剣を構えた。


おかしい?

テオードの構えに違和感を感じる。

そして直ぐにその違和感の答えに気づく。


片手なのだ。

先ほど迄は両手で構えていた剣を右手だけで構え、テオードは左手はぶらんと垂らしていた。


これは――


「怪我か……」


「この位、どうって事はない。俺に勝ったと思うのはまだ早いぞ」


左手の怪我。

どうやら吹き飛ばした際に痛めた様だ。

だが彼の言う通り、油断は出来ない。


俺もさっきの加速アクセラレーションでかなり消耗してしまっている。

もう一度加速アクセラレーションを使ったとして、押し切れる保証はまるでなかった。


ましてや普通に戦うなど論外だ。

片手が使えないとはいえ、自力の差が大きすぎてその程度のハンデでは話にならないだろう。


ごめん母さん。


心の中で母に心配をかける事を謝り、俺は大きく息を吸い込んだ。

そして息を止めたまま加速アクセラレーションを発動させ、テオードへと突っ込む。


鋭い突きが顔面目掛けて飛んでくる。

俺はその突きを掻い潜り、懐に入って横薙ぎに剣を振るう。


――入った!


そう確信した瞬間、再び木と木のぶつかる鈍い音が響き。

剣を握った手を通して、腕全体に痺れが走った。


信じられない!?

剣の柄の部分で受けやがった!?


疲労の影響で先ほど迄の速さが出ていないとは言え、もうこの動きにここまで完璧に対応して来るなんて……しかも片手で。

やはりテオードは凄い。


「けど!」


裂帛れっぱくの気合と共に崩れた体勢を立て直す。

俺は素早くテオードの左側面に旋回する様に潜り込み、そして体当たりする。


体術は得意ではなかった。

だが痛めた左手を狙う程度ならこの程度で十分だ。


「ぐぅ」


苦痛の声とともにテオードが下がる。

そこにすかさず追撃を打ち込み、無理な体勢で受けようとしたテオードの手から剣か弾け飛んだ。


「これでトドメだ!」


無防備なテオードへと、止めの一撃を加えるべく剣を翳す。


だがそこで視界がいきなり斜めに傾いてしまう。

何事かと思ったが、直ぐに理由に気づいた。

体が傾いているのだ。


つまり――時間切れ。


体から感覚が失われ、視界が薄ぼんやりとしていく。

そのまま地面に倒れこんだところで、俺の意識は途切れた。

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