第11話 レーネ
対戦相手の槍を円を描く様に躱し、旋回しつつ素早くその持ち手を打つ。
バシッと鈍い音が響き、相手は苦悶の表情で槍を落とした。
「そこまで!勝負あり!」
審判が旗を挙げ、テオードの勝利を宣言する。
やはりテオードは強い。
この予選の中では頭一つ抜きん出ている。
俺は彼の試合を見届けると、観客席から立ち上がり家路につく。
帰り際、どうすればテオードに勝てるかを考えた。
以前ほどではないにしろ、やはり俺とテオードとの間には大きな実力差が隔たれている。
このまま何の対策も無く、明日の準決勝戦に挑めば、俺は間違いなくテオードに負けてしまうだろう。
「あれを使うしかないか」
使用する事で、自身の時間の流れを加速する
これの問題点は、体への負担が半端なく大きい事だった。
初めて使った時は2秒程度しか維持できず、しかもその後3日間も意識不明になってしまっている。
あの時は母さんに酷く心配をかけてしまい、迷惑をかけた物だ。
もし明日の準決勝で使えば、例え勝っても決勝戦は絶望的だろう。
いや、どちらにせよ負けたら一緒か……よし、決めた!
明日はアクセラレーションは使わない事にする。
以前みたいに倒れて、母さんに無駄な心配をかける訳にはいかない。
とにかく、無理しない範囲で頑張る事にしよう。
負けても別に死ぬわけでもないしな。
「母さん、ただいまー」
「おかえり、ネッド。部屋でお客さんが待ってるわよ」
笑顔で母が俺に来客を告げる。
だが、誰かが家を訪ねてくる約束など俺はしていない。
一瞬4つ目の魔神、グヴェルの顔が浮かんだが……
「まさか、そんな訳ないよな」
もしそうなら、母があんな笑顔で客なんて言う筈がない。
奴なら今頃大騒ぎだ。
自分の部屋のドアを開ける。
一瞬ノックしようかとも考えたが、自分の部屋だしまあいいだろう。
「よっす!」
扉を開けた瞬間、床に胡座をかいていた女の子が片手を上げて謎の挨拶をしてきた。
相手はフレンドリーな感じを出しているが、誰か分からず俺は戸惑う
一応その顔には、どことなく見覚えがあるのだが……咄嗟に答えが出て来ない。
誰だっけ?
「ん?その制服……って事は!?」
女の子は青を基調とした、ブルームーン王立魔術学院の制服を身に着けている。
ブルームーン王立魔術学院。
それは首都レイクリアの東、100キロほど離れた場所に作られた全寮制の巨大な学校で、この国で魔法を学ぶ者にとっての登竜門的な場所だ。
俺の知り合いで学院に行っている人間は一人しかいなかった。
――幼い少女の顔と、目の前の女の子の顔が俺の中で合致する。
彼女と顔を合わすのは実に約4年ぶりで、一瞬でてこなかったが間違いない。
「レーネか!」
「元気にしてた?」
彼女の名はレーネ。
テオードの妹だ。
「おっきくなったなぁ」
「そっちはあんまり変わらないわね」
「ほっとけ!」
レーネが立ち上がり、俺の横に並ぶ。
身長が……負けている。
ちょっとだけど。
人の価値は身長で決まる訳じゃないが、やはり一個下の女の子に負けるのはきつい。
「ていうか、学院はどうしたんだ?長期休暇か何か?」
4年近く顔を見せなかったレーネが急にやって来た事を不思議に思い、尋ねた。
「ふふん。私ぐらいの天才になると、カリキュラムなんてもうとっくに終わってるものよ!」
レーネはピースサインを此方へと向けてくる。
その顔はこれでもかと自慢げだ。
しかし、綺麗になったなあ。
4年前の時点でも美少女っちゃ美少女だったけど、すごく大人っぽくなって見違えた。
学院ではさぞモテている事だろう。
思わず彼女の顔を繁々と見つめてしまう。
そんな俺の視線に気づいたのか、照れ臭そうに彼女は顔を逸らした。
「な、なに?」
「ああ、いや。カリキュラムが終わったって事は、もう卒業したって事?」
俺も照れ臭くなって、俯きながら別の話題を振って誤魔化す。
「うん。本当はまだ少し卒業まで間があったんだけど、教授が気を利かして早めに卒業できるように手配してくれたの」
「へぇ、そうなんだ」
「凄いでしょ」
レーネが胸を張る。
4年前には無かった豊かな膨らみが服を押し上げ、その存在感を惜しげも無くさらけ出す。
かなり大きい。
「確かに、凄いな……」
思わず口にしてしまい、言ってからしまったと後悔する。
だがレーネは特に気にした様子も無く、更にそのボリューミーな胸をドヤ顔で大きく突き出してきた。
「ふふん。私ぐらいの天才になると、これぐらい余裕よ」
どうやら俺の言葉を、別の意味に捉えてくれた様だ。
危ない所だった。
しかし、彼女は変わってないな。
凄いのは事実だが、相変わらず謙虚のけの字もない。
「それより!見たわよ!」
「なにを?」
「大会よ大会!準決勝まで残るなんて、やるじゃない!」
「ああ、ありがとう」
「それにしても、特性なしだったネッドがこんなにも強くなるなんて驚きだわ。で、どんな手を使ったの?」
「え?どんな手って」
腰を屈め、上目遣いでレーネに覗き込まれて一瞬ドキッとする。
「ネッドが小さい時から努力してるのは知ってるけど、全然才能なかったよね?去年までは大会で一回戦負けだってお兄ちゃんからも聞いてるし、いきなり一年で強くなるって不自然でしょ?」
流石自称とはいえ、天才少女だけはある。
鋭い。
けどきっとグヴェルの事を話しても、信じてはくれないだろう。
「どうしたのよ、考え込んじゃって?私とネッドの仲じゃない。隠し事はなしよ」
隠し事を一切しないような仲では別になかったが、グヴェルについて話してみるのもありかなと思う。
信じてもらえないならその時はその時だし、ひょっとしたら魔術学院生のレーネなら、グヴェルについて何らかの噂や情報を持っているかも知れない。
「実は……」
◆◆◆◆◆◆
「うーん、グヴェルねぇ。私はちょっと聞いた事無いわ」
「そっか……」
駄目元だったが、やっぱり駄目だった。
「そんな落ち込まないの!大会が終わったら、学院で調べて来てあげるから!」
「え?今の話、信じてくれるのか?」
「当ったり前じゃ無い。ネッドは人に嘘ついたりしないでしょ?」
ジーンと胸が熱くなる。
母さんだって半信半疑だった話なのに、レーネは俺の事を疑わず信じてくれる。
それが嬉しくて、目頭のあたりが……
「なーに泣きそうになってんのよ。そんな情けない様じゃ、明日お兄ちゃんにボコボコにされちゃうわよ」
「あ、ああ」
俺は目元を腕で乱雑に擦る。
「んじゃ、私帰るわ。あんま長居するとお兄ちゃんがうるさいからね」
ああ、そう言えばテオードは超がつく程のシスコンだった。
彼は妹のレーネを目に入れても痛くない程に可愛がっているのだ。
「ま、明日は頑張りなさい。じゃーね」
「ああ、ありがとう。レーネ」
そう言うとドタドタと足音を立てながら、レーネは勢いよく部屋を出ていく。
相変わらず騒々しい奴だ。
姿は大人になっても昔と変わらない彼女の騒々しさに、俺は思わず笑みがこぼれた。
レーネのおかげで明日は準決勝だと言うのに、その事は頭から綺麗にすっ飛んでいた。
テオードとの勝負を前に、少し気持ちが高ぶり過ぎていて余り眠れそうになかったのだが、お陰で余計な緊張をせずにぐっすりと眠る事が出来そうだ。
そして翌日、ベストコンディションで俺の準決勝戦が始まる。
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