第10話 悪だくみ

「武道大会か……」


やっとイベントらしいイベントが発生し、俺はニヤリと笑う。

やはり育成ゲームはこうでなくってはな。

大会の結果次第では、ちょっとした加護を追加してやってもいいかもしれない。


そんな風に朝っぱらからテンションを上げていると、穏やかな声で挨拶される。

ラグレだ。


「おはようございます。殿下におかれましては、随分とご機嫌な様で」


「ラグレか、今日は随分早いな」


「はっ。本日は武道大会が開かれるため、少々早い訪問とさせて頂きました。御不快なようでしたら、謝罪させて頂きます」


「構わんよ」


初めて訪問して以来、ラグレは毎日のように俺の元に足繁く顔を出す。

それだけ本気だという事の証明なのだろう。

御苦労な事だ。


リンドウ家は権勢を誇り、現王の元にも妃を輩出している。

当然その扱いは第一王妃となり、彼女との間に正式な世継ぎが生まれていれば俺に関わる必要は無かっただろう。

第一王妃である娘が世継ぎを出産すれば、すべての問題は解決するのだから。


にもかかわらず俺に拘るのは、その娘――ラグレの姉が既に亡くなってしまっているからだ。


流石のリンドウ家も、娘の代わりとなる新たな妃を直ぐに立てる分けにもいかず。

裏で根回している間にライバルとなる家の娘が第二王子だいいちおうじを生んでしまう。

こうなると、今更新たな妃を立てた所で挽回するのは難しい。

そこでリンドウ家はイチかバチか、藁にも縋る思いで俺を擁立する事に決めたのだ。


そう、第一王妃であった娘の忘れ形見である俺を――


因みにちちは俺の存在を認めてはいない。

完全に無かったものとして扱っていた――まあ当然の事ではあるが。

そんな場所に毎日顔を出せば、いくら名門とはいえ王の不興を買いそうなものだが、その様子から特に問題は起きていない様だ。


恐らく情に訴えかけ、許可を取り付けているのだろう。

何せ生まれた化け物おれを始末できないぐらい甘い男だ。

丸め込むのは、さほど難しくは無かっただろう。


「あの話。手筈は順調か?」


「勿論です、殿下」


意地悪な俺の質問に、ラグレは作り笑顔を顔に張り付かせたまま堂々と嘘を吐く。


順調なわけがない。

リンドウ家は裏で色々と根回しを行ない、打てる手は全て打っている。

だが例え万全を尽くしたとしても、分の悪い賭けである事に変わりなかった。


勝ちの目があるとすれば、俺が成人し、かつ弟が成人していないタイミングで父が崩御した場合だけだ。


俺と弟、両方が成人している場合、当然俺に勝ち目はない。

人間と化け物。

幾ら根回しをしていた所で、結果は火を見るよりも明らかだ。


又、俺と弟が揃って成人していない場合もほぼ同じ結果になるだろう。

この国では未成年の王は認められていない為、継承者が成人していなければ代理人(血族)が一時的に王位に就く決まりだ。

そして一度代理人が立ってしまうと、弟が成人する日まで引き延ばされるのは容易に想像がついた。


――つまり、事実上成人してから父が亡くなったのと変わらなくなるのだ。


俺が成人し、かつ弟が未成年。

この状況下でのみ俺を王位に捻じ込む事が可能であり、そしてそれは非常に困難な道のりと言えた。


何せ俺と弟の年齢差は約1年弱しかない。

つまり俺が18に上がり、弟が成人するまでのたった9か月と言う短い期間に、父が死ななければ俺の王位は成立しないのだ。


だがそんな都合の良い状況が、果たして起こりうるだろうか?


そう考えると、一つの可能性が浮かび上がって来る。

つまりは――


「暗殺か」


頭に浮かんだ言葉を口に出す。

それを聞いた瞬間、それまで一度も笑顔を崩した事のないラグレの表情が固まる。

どうやら図星だった様だ。


「殿下、その様な物騒なお言葉は」


「ああすまん。失言だったな。次からは気を付けよう」


王の暗殺。

もしくは第二王子。

あるいはその両方か。


どうやらリンドウ家は本気の様だ。

本格的なリスクを背負ってでも、俺を王位に就かせる積もりらしい。

暗殺を失敗すれば家は間違いなく潰れるだろう。

明かにリターンが見合っていない。


普通に考えればあり得ない事だが、権力欲に捕らわれた人間と言うのは、時に愚かな行動をする物だ。

例えるなら、太ると分かっていてもお菓子に手を伸ばす、ダイエット中のデブと言った所か。


まあいいさ、こちらは只の暇つぶしだ。

失敗してもさして問題は無い。

精々お手並み拝見といこう。


「殿下。慌ただしくて申し訳無いのですが、この後所用があるため私は此処で失礼させて頂きます」


「ああ」


ラグレは優美に一礼すると、牢獄を後にする。


――いや、此処は最早牢獄とは言えないか。


豪勢なベッドに書物の詰まった棚。

床には一面複雑な文様が描かれたカーペットが敷かれ、天井には魔導式の照明が取り付けられていた。


部屋の隅にはこれまた魔導式の冷蔵機が置かれており、トイレも改築され剥き出しだった物が、今や外から見えない個室仕様に変えられている。

これで看守室との敷居が鉄格子でなければ、誰も此処が牢獄だとは思わないだろう。


これらは全てラグレが手配したものだ。

設置した職人達も、俺の情報が漏れない様、全てリンドウ家お抱えの信頼できる者達の手によって行われている。


「さて、そろそろ一回戦が始まるか」


そろそろ始まりそうな大会に集中するため両目を閉じ、上の目に意識を集中する。

どうやらネッドの初戦の相手は、14歳の少年の様だ。

この大会は未成年の部と、大人とで分かれていた。

未成年の部は13歳以上17歳以下が対象となり、大人の方は18歳以上が出場条件となっている。


相手は14歳の下限ぎりぎりの少年だ。

一回戦はまあ問題ないだろう。

とは言え、もし加護を与えていなければその14歳の少年にさえ遅れをとる可能性が高かったわけだが……


少年を見ると、その顔には余裕の表情が浮かんでいる。

恐らく、ネッドをブランクと知って――同じ地区で剣を学んでいるのだから、知っていてもおかしくは無い――侮っているのだろう。


試合が始まると同時に、少年が果敢に突っ込んだ。

無能なブランク相手なら楽勝だと油断したその一撃は、少年の思惑とは裏腹にあっさりと躱されてしまう。

そして隙の出来た少年の首筋に、ネッドの手にした木剣が寸止めされた事で勝敗が決した。


「ま、まいった」


その動きから身体能力だけではなく、剣の技量も大幅に向上している事が伺える。

半年前にチェックした時は大して変わり映えしない様に感じたが、どうやらこの半年で一気に化けた様だ。


しかしたった1年で此処まで伸びるとは、余程必死で努力したのだろう。

やはり悪者っぽく振舞って、世界の危機を煽って見せたのは正解だったようだ。

あれがなければ、もっとのほほんと訓練していた可能性も十分あり得た。


後は加速アクセラレーションを上手く扱えれば、地区優勝も十分に見えてくるだろう。


いや、流石にそれは無理か。

あれは負担もでかいしな。

まあ早々上手くはいかんだろう。


このゲームが始まってまだ一年。

焦る必要はない。

この一年で見つけたもう一人もいる事だし、とりあえず過度な期待はせずにイベントを観戦するとしよう。

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