第9話 幼馴染

「うん、素晴らしい。満点よ。これなら卒業証書に太鼓判を押して上げられるわ」


ここはブルムーン王立魔術学院。

その一室である薄暗い研究室の中、妖艶な雰囲気を持つ肉感的な女性が椅子に腰かけていた。

その女性の手には、難しい専門用語が書き連ねられた論文が握られ、それを提出したであろう目の前の少女へと賛辞の言葉が紡がれる。


「本来卒業には最低6年はかかると言われている所を、たった4年弱で修めてしまうなんて。貴方は本当に優秀だわ」


「有難うございます」


少女は満面の笑顔で女性――教師に頭を下げた。

その仕草が余りにも可憐で、教師は少々ちょっかいをかけたくなってしまう。


「うふふ。良い笑顔。そんな可愛らしい顔を見せられたら、例の幼馴染の男の子もきっとイチコロね」


「ななな!何言ってるんですか!あたしとあいつはそんなんじゃ!」


少女が顔を赤らめ、両手を大きく何度も振って否定する。

その様を見て、教師は益々少女を揶揄からかいたくなってしまう。


「あらぁ?でも彼の為に一生懸命勉強して、今の道を選んだんでしょう?」


今の道。

それは少女が専攻している遺伝学的魔導を指していた。


通常、生物を形作る遺伝子は2重螺旋で出来ている。

だがこの世界には、その中央を貫く三つ目の設計図が存在していた。

この世界ではそれを魔導遺伝子と呼び。

遺伝学的魔導とはその魔導遺伝子――神がこのレジェンディアの生物に与えたとされる無限の可能性――の情報を紐解き、利用する魔術の総称を指していた。


「ち、違います!」


「ほんとにぃ?私は幼馴染君の特性を何とかする為に、自分の将来を決めたって聞いてるわよ?」


「元々興味があって進んだだけです!あいつのはついでです!つ・い・で!」


少女の顔は茹蛸の様に赤く染まり、今にも蒸気が噴出しそうだ。

そんな少女の反応を堪能し、満足したのか、教師は揶揄い口調を改め本題に入る。


「まあ冗談はここまでにして。卒業までまだ3か月あるわけだけど、少し前倒しして、私の研究を手伝いに来てくれないかしら?」


「え!?いいんですか?」


「ええ。学院長には私の方から話を通しておくわ」


彼女は学院卒業後、女教師の研究室に入る事になっていた。

証書に判を貰ったとはいえ、本来ならば正式な卒業は3か月後。

その為後3か月は生徒として過ごす必要があったのだが、女教師は自身のコネで一足先に卒業させると宣言する。


いくら彼女が優秀とは言え、本来ならそんな無茶は通ら無い。

それが通るのも、ひとえに女教師――パーラー・クルムがこの学院の理事長を務めるセイジ・クルムの孫であった為だ。


普段は堅物と評される理事長も孫には甘く、強請ねだられればどんな我儘も通してしまう。

正に孫馬鹿といえるだろう。


「よろしくお願いします!」


普通に考えれば、完全に反則以外の何物でもない。

だがそのお陰でいち早く研究に携わる事が出来るのだ。

少々複雑な心情ではあったが、少女は素直にその申し入れを受けた。


「ふふ。そうと決まったら、一度帰省をするといいわ。あなた勉強に掛かりっきりで、殆ど家に帰ってないみたい出しね。一度家に帰って、報告がてら御両親に顔を見せてあげなさい」


「はい。ありがとうございます」


そう元気よく返事をすると、彼女は研究室を後にする。

その足取りは軽く、口元はだらしなく緩るんでいた。


「家に帰るのなんて、ほんと久しぶり。あいつ、今でも頑張ってるんだろうなぁ」


少女の脳裏に、幼馴染の少年の顔が浮かび上がる。

約4年ぶりに会う自分を見たら、どんな反応を見せてくれるのか。

4年経って成長した少年の姿を思い浮かべながら、少女は帰省の準備を進めるのだった。

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