第3話 ブランク
父は偉大な勇者だった。
魔族の侵攻から多くの人々を守り、皆に尊敬されるヒーローだった。
僕はそんな父に憧れ、その背中を追って強い剣士になる事を幼いながらに心に誓う。
そんな父を亡くしてから11年――
「ネッド、今日を持ってお前は破門だ」
「そんな!先生どうして!?」
「それはお前が一番よく分かっているだろう。剣は捨てて、別の道で生きなさい」
先月、僕は10年通っていた剣道場を破門になった。
理由は……僕に才能が無いから。
いつまでも成長しない僕に、遂に師は匙を投げたのだ。
だけど、いつまでもクヨクヨしてはいられない。
今は弱いかもしれないが、いつか僕は皆を守れる様な一流の剣士になるんだ。
例え才能が無かったとしても、その夢は決して変わりはしない。
河原で練習用の木剣を取り出し、訓練を開始する。
剣を構え、踏み込んで真っ直ぐ振り下ろす。
そして振り下ろしたら直ぐに姿勢を戻し、同じ流れを再び繰り返した。
何度も何度も、只々無心に。
「ネッド、お前まだそんな無駄な事をやってんのか?」
日課の素振りをしていると、通りかかった大柄な3人が僕に声をかけて来た。
3人は以前いた剣道場の同門生だ。
一際体格の大きく、一歩前に出ているのがテオード。
彼は僕の幼馴染で――同じ日、同じ病院で生まれている――後ろの二人がその取り巻きのサムとケリーだ。
「意味ねーだろ。そんな事やっても。オメーニャ才能なんかねーんだからよ」
「ブランクのネッドが。道場首にまでなってんだから、もう諦めろっての」
サムとケリーが僕に対して不快な言葉を投げかかてくる。
僕は彼らの言葉を無視し、一心不乱に剣を振り続けた。
自分に才能がないのは分かっている事だ。
だがそれでも諦め切れないから、こうして剣を振っている。
その事を他人にとやかく言われる筋合いはない。
「なんだ、無視かよ」
「ちっ、ブランクの癖によ」
ブランク。
これは特性を表す、僕の
特性とは、レベルアップ時のステータスボーナスの上昇や、レベルアップによるスキル習得に影響する能力だ。
戦士系なら筋力系のボーナスが付与され、魔術士系なら魔力を中心とした能力が向上する事になる。
だが僕は特性なしだった。
これは偏りの有無ではなく、なんの恩恵も受けられない無能を指している。
レベルが上がっても一切のボーナスを受けられず、また特性によるスキルを習得する事も出来ない。
つまり僕は剣士として、レベルによる恩恵を一切受けられないという事だ。
普通に生活する分には、ブランクでもまるで問題はない。
だが剣士として上を目指すには、致命的とも言える欠点だった。
それ程までにレベルによる恩恵とは大きいのだ。
唯一の希望があるとすれば、それは伝説の剣士エリアルだった。
彼は僕と同じブランクでありながら、伝説として名を残すほどの活躍をしたという。
だから、努力で僕も彼の様に――
「言っとくけど、ネッドじゃいくら頑張ってもエリアル見たいにはなれやしねーぞ。エリアルは天才で、お前はボンクラなんだからな」
「そうそう。ミソッカスのネッドじゃ、話になんねーっての」
「ほっといてくれ!」
僕は思わず声を荒げる。
確かに僕には、剣の才能自体ない。
レベル以前に、体格だって同年代の人間に比べてずっと小さく虚弱だ。
そんなんだから、もう諦めろと道場だって首になった。
でも、それでも諦めたくなんかない。
僕はいつか父さんの様な、立派な剣士になるんだ。
「ネッド。俺は昨日レベルに10になった」
それまで黙っていたテオードが口を開く。
そしてその言葉に、僕は思わず素振りを止める。
「そうそう、テオードさんは遂に剣技レベル1を習得したんだぜ!」
剣技レベル1。
レベル10で覚える戦士系の基本スキルだ。
戦士系にとって、これを習得しているかどうかで天と地ほどの差が生まれると言われている。
「……」
僕が黙って彼を見つめていると、テオードは鞘袋から木刀を取り出し、そして構えた。
「やってみるか?」
僕は迷わず剣を構える。
始まりは一緒だった。
お互い頑張ろうと、同じ日に僕らは道場へと入っている。
そして月日は、僕と彼の二人に大きな隔たりを生み出した。
「はぁ!」
僕は一歩踏み込み、木剣を振り下ろす。
まごう事無き、全力の一太刀。
だが手にした木剣は、振り下ろしきるよりも早く真っ二つに砕かれてしまう。
僕はその衝撃で手が痺れ、握っていた柄をとり落とした。
「痛ぅ……」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
でも、多分突きだ。
テオードの放った驚異的な速さの突きが、僕の木剣を砕いたのだ。
「これで分かっただろう」
この10年で、僕と彼には大きな実力の壁が出来ていた。
だがそれでもここまでの差は――振り下ろす剣を砕く程のデタラメな差はなかった筈だ。
スキル一つの差。
たったそれだけで、これ程まで差が広がってしまうなんて……
分かっていた。
いや、分かっていたつもりになっていただけだ。
今のままではどれ程努力しようとも、絶対にテオードには追い付けやしない。
それ所か、レベルが上がればその差は更に開いていくだろう。
その現実を実感し、僕は膝から崩れ落ちた。
「剣士の道はもう諦めろ、ネッド。いくぞ」
「はいっす」
「じゃあな、ブランクネッド」
現実を見せつけられ、気力が萎えてしまった。
情けない事に、体に力が入らず立ち上がる事も出来ない。
瞳から涙が溢れ、視界が滲む。
堪えようと歯を食いしばるが、流れ落ちる涙は次々と頬を伝い零れ落ちていく。
「なんて……なんて情けないんだ。分かってた事じゃないか」
現実を見せ付けられた瞬間膝を折るだなんて、本当に情けない。
こんなんじゃ死んだ父さんに笑われてしまう。
でも……
「ブランクネッド……か……」
神様はなぜ僕に才能を与えてくれなかったのか。
せめて特性がブランクでなければ……
特性は、魔法による処置で変更する事が出来る。
それには相当な苦痛と長い期間が必要とされるが、それでも――
それでも希望はあった。
だがブランクだけはどうしようも出来ない。
何故なら、ブランクは特性自体が存在しない“無”だからだ。
存在しない物は、他のものに変更しようがない。
冷たい雫が額に当たる。
顔を上げると、まるで自分の心を表すかのように空は雲っていた。
ぽつぽつと小さな雫が僕の体を叩く。
やがて小雨は本降りとなり、冷たい雨は、僕から希望や決意を洗い流していく。
僕は土砂降りの雨の中、一歩も動かず只々空を眺め続けた。
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