第4話 接触
「ただいま」
「おかえりなさい。って、ネッドあんたびしょびしょじゃない!?そのままじゃ風邪ひおちゃうから、さっさと風呂に入りなさい!」
雨の中、トボトボと実家のパン屋へと歩いて帰ると、風呂に入る様に母に急かされる。
このパン屋は、父が亡くなった後母が開いた店だった。
父の生前の稼ぎで働かなくても十分な蓄えはあったが、働かざる者食うべからずの精神でこの店は開かれ、その精神のおかげで僕も毎日の様に、朝の仕込み等を手伝わされていた。
正直店の手伝いは面倒くさかったが、家を継ぐなら、これからはもう少し真面目に手伝っていこうと思う。
「風呂から上がったら店を手伝うよ」
「え!?」
母が驚いた様な声を上げるが、僕は気にせず足を拭いて風呂場へと向かう。
服を乱雑に脱ぎ捨て、風呂場に入り蛇口のスイッチを押した。
魔導式蛇口。
スイッチを押すと内部の魔石が水を温め、噴出させる魔導機だ。
田舎の方では未だに薪や魔法で水を温めているらしいが、このブルームーン王国の首都レイクリアでは、殆どの家庭でこの魔導機が導入されていた。
蛇口から熱いお湯が飛び出し、僕の冷え切った体を温めてくれる。
僕は体を洗いながら、風呂釜のスイッチを入れた。
これも魔導式蛇口と同じ様なシステムで出来ていて、スイッチを押すだけで釜のお湯を短時間で温めてくれる便利な道具だ。
「ネッド。何かあったの?」
声に振り返ると、すりガラス越しに母のシルエットが浮かんでいた。
「店はいいの?」
「この雨じゃ、お客も来やしないからね。今日は早仕舞いよ」
「そう……」
「……」
「僕さ……剣士になるのは諦めて、将来家を継いでパン屋になるよ」
本当は剣士の夢を捨てたくはなかった。
だけど僕がどれだけ頑張った所で、父さんみたいにはなれない。
だったら……
「それでいいのかい?」
「うん」
本当はよくなんかない。
でも、届きもしない夢を追いかけたって仕方ないんだ。
「母さんね……あんたには父さんと別の道を生きて欲しいって、ずっと思ってた。父さんは凄い人だったけど、結局は死んじゃって……父さんと同じ道を目指したら、いつかあんたも父さんみたいになっちゃうんじゃないかって不安で。だからあんたには普通に生きて長生きして欲しいって」
「え……」
母がそんな事を考えていたなんて、夢にも思わなかった僕は驚く。
いつだって母は僕の夢を応援してくれていた。
剣士の適性が皆無だって分かった後も、変わらず応援し続けてくれていたのだ。
その母がそんな事を考えていたなんて……
「そんな事、一言も……」
「それは只のあたしの我儘だからね。あんたがあたしの気持ちを汲んで生き方を変えて、例え長生きできたからって……それで心が死んでちゃ、何の意味も無いんだからさ。死んだ目をした息子なんざ、あたしゃ見たくはないよ」
「母さん……」
「ネッド、あんたは本当にそれでいいのかい?」
「……」
「答えは急いで出さなくたっていいんだよ。ゆっくり考えなさい」
そう言い残すと、母は行ってしまった。
心が死んでいては意味がない、か……
僕はシャワーで体を洗い流し、湯船に顔まで浸かる。
考えたって同じだ。
現実問題、どうしようもないのだから。
僕には剣士としてのありとあらゆる才能がない。
心が死のうが何だろうが……続ける意味は……
「剣の道を諦めるのか?」
湯船から顔を出した瞬間、それと目が合う。
そこには……4つ目の真っ赤な顔をした化け物が――
「う……うわああぁぁぁ!」
その日僕は出会う。
僕の運命を変える化け物と。
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