第2話 ブリーダー
しかし解せん。
自分の体を見る。
赤銅色のひび割れた体に、両肘から伸びた鉤爪。
手足の爪も鋭く、まるで凶器の様だ。
そしてそんな体を繁々と眺める2対の……即ち4つの瞳。
どこからどう見ても立派な化け物である。
俺の肉体は転生と転移を同時に掛けられた影響で、人間であるにも関わらず、完全に化け物の様な姿へと変貌していた。
だがやはり解せん。
二人の人間。
産まれたばかりの赤ん坊と41歳のおっさん。
サイズや年齢の違いはあれど、基本同じ人間だ。
なぜその人間が二人くっ付いてこうなる?
目玉4つは、まあ分かる。
二人ぶんだからな。
だかそれ以外の変化が意味不明すぎてしょうがない。
何で肌が赤くてひび割れてるんだ?
この鋭い爪や牙、肘の鉤爪はどこからやって来た?
余りにも意味不明のパーツが多すぎる。
女神に問い合わそうにも、転生と転移が重なったせいで化け物になると伝えられて以降、連絡は来ていない。
仕方ないので俺はこの姿で生活しているのだが。
ひょっとして一生このまま?
……まあ別にいいか。
実はこの姿を、俺はちょっと気に入っていた。
確かに人間離れした化け物の姿ではあるのだが、悪くない所かむしろカッコいいとさえ感じている。
これが流石にグズグズの肉の塊みたいなビジュアルだったら俺も病んでいた事だろうが、この姿なら全然有りだ。
まあ恋愛は絶望的だとは思うが、元々そういった物に関する興味は薄かったので、大した弊害ではなかった。
「ふむ 」
目の前の皿に手を伸ばす。
爪先が空を切り、皿が空だという事に気付いた。
そこで俺はパンパンと手を鳴らし、下僕を呼んだ。
「お呼びでしょうか!」
下僕のポチとタマが我先にとやってくる。
僅差を制し、勝ったのはポチだ。
負けたタマはすごすごと引き下がり、ポチが元気よく用命を訪ねてくる。
「菓子がもう無い。あとジュース」
「かしこまりました!」
ポチ&タマ――ブルームーン国に仕える衛兵で、俺の閉じ込めらている地下牢の見張りをしている二人だ。
本来ブルームーンの制服は青が基調とされているが、彼らはその任務の特殊性からか、全身真っ黒な制服を身につけていた。
まあブルームーン王国にとって俺は黒歴史で、それに関わるポチとタマにもそれに相応しい色が与えられているという訳だ。
今俺のいる場所は薄暗い牢獄。
牢獄の中には簡易便所以外何もなく、光源は鉄格子の向こうの看守室から届く小さな光のみ。
王子の暮らす本来あるべき環境には程遠いと言っていいだろう。
ま、こんな姿で生まれて来たんだ。
むしろその場で殺さず世話をしてくれるだけ上々と言えるか。
まあ仮に殺そうとしても、彼らの力では今の俺にかすり傷一つ負わせられなかったろうが。
「くく」
看守室の階段を必死に駆け上がるポチを見て、思わず笑いを漏らす。
初めてこの薄暗い牢獄へ連れてこられ、ポチとタマと出会った日の事を思い出したからだ。
それは俺がこの世界で生まれた日であり、初めて下僕を得た日でもある。
この世界での俺の目覚ましは、悲鳴と困惑の叫びだった。
「ヒイィィィ」
「そんな……そんなバカな……」
「ば、ばけもの!!」
周りの大人たちは青白い顔で俺を見つめ、呪いだ何だと嘆きながら俺の処遇を話し合った。
そこで出た結論が、存在の抹消と終身刑だ。
始末されなかったのは生まれたばかりの赤子であった事と、仮にも王家の血筋だったからだろう。
結論が出ると同時に俺は布に包まれ、誰にも見つからない様、ひっそりと離宮の一つにある地下牢獄へと放り込まれた。
そこで出会ったのが、俺の看守役に選ばれたポチとタマだ。
この二人とのファーストインプレッションは、最悪と言っても良いだろう。
抹消された化け物の世話を押し付けらて腐っていたのか、二人の態度はとても王族に向ける様なものではなかった。
彼らの俺に対する無礼な視線や、これ見よがしに聞こえてくる不満や中傷――初対面時に声をかけたので、俺が言葉を理解しているのを彼らは知っていた。
自分の姿を考えればある程度仕方ないと思い、最初は寛大な気持ちでその辺りはスルーしてやるつもりでいた。
だが――
「オラよ!化け物!化け物は化け物らしく地に這いつくばって食いな!」
牢獄の鉄格子の下には、食事などを出し入れする小さな隙間がある。
ポチはあろう事か、その隙間から差し入れたランチプレートを俺の目の前でひっくり返し、地面にぶちまけたのだ。
腹が減っていたのもあって、流石にこれにはブチ切れた。
俺は女神から貰った空間を操る能力で,奴を外から牢獄の中へと招待する。
「は?え?あ……れ?」
異常に気づいたあの時の奴の顔は傑作だった。
何度も何度も視線が鉄格子と俺を行き来し。
俺が口の端を上げて笑った瞬間、奴は悲鳴をあげて尻から崩れ落ちた。
「たす……けて……」
「さて。死ぬのと、そのゴミをお前の口で片付けて、新しい食事を持ってくるのはどちらが良い?」
躾は何事も最初が肝心だ。
俺は全身から莫大な負のオーラを放ち、心を鬼にして片付けを命じた。
自分の状況を理解したポチは、迷わず地面に散らばった餌を貪り食らう。
一人では大変だろうと思い、看守室から飛び出して上に報告へと走ったタマも招待し、ポチと二人で仲良く片付けをさせる。
「さて、綺麗に片付いたところで提案がある」
「な、何でしょう……」
「そう身構えなくても良い」
怯える二人に、俺は笑顔を向ける。
すると二人の体が恐怖で強張り、ポチに到っては泣きながら粗相までする始末。
どうやら今の俺の笑顔は相当怖かったらしい。
せっかく落ち着かせてやろうと思ったのだが、完全に逆効果だった様だ。
仕方ないので、俺は出来るだけ優しく子供をあやす様な口調で優しい提案を告げる。
「俺に忠誠を誓うか死ぬか、好きな方を選ぶと良い」
「「ちゅ、忠誠を誓います!」」
迷いのない良い返事に満足し、俺はウンウンと頷いた。
そして二人に呪いを掛ける。
俺を絶対に裏切れない呪いを。
因みにポチの名前はポルネウス・チーグヌで略してポチ。
タマの名はタイニー・マレスを略してタマだ。
「お待たせしました!」
ポチがマフィンの乗ったトレーと、オレンジジュースの入った水差しとコップを持って鉄格子の前に立つ。
その額には汗が浮かび、息も荒い。
どうやら全力で俺の命令に答えてくれた様だ。
俺はその主人のために必死に頑張る姿勢を評価して、ポチに御褒美をやる事にした。
指先を奴に向け、ポチのステータスウィンドウを開く。
ポルネウス・チーグヌ LV28
特性:戦士
筋力 15
速さ 10
持久力 9
器用さ 6
集中力 7
魔力 0
スキル:剣技LV2
俺は指先に魔力と経験値を込め、奴のレベルを弾いた。
するとポチのレベルが一つ上がり、筋力が15から16へと上昇する。
俺の体は、転生後のレベル99の体と、転移してきたレベル99の死体が――どちらも神の加護によって強化されている――融合して出来ている。
そのため経験値が溢れ捲くっているので、その一部を褒美としてポチへ与えてやったのだ。
自分の変化に気づいたのか、ポチが嬉しそうに頭を下げた。
タマの方を見ると物欲しげにこちらを見ていたが、奴への褒美はまた次の機会とする。
ペットに餌をやるのは飼い主の務めだ。
だが与えすぎると肥え太る。
その辺りをうまく調整するのが、ブリーダーとしての腕の見せ所だろう。
上手くコントロールせねば。
実は今、俺はブリーダーを目指している。
ネットの無いこの世界では、兎に角する事がなかった。
折角力を手に入れても、何せこの見た目だ。
暇潰しに俺が外で暴れたら、只の魔王による世界征服になってしまう。
まあそれが悪い訳ではないが、そもそも無双よりも俺はチマチマとキャラを育成するタイプのゲームの方が好きだった。
そこで思いついたのが、異世界人を使っての育成シミュレーションという訳だ。
選んだ人間達にちょろちょろ加護を与え育成し、その冒険譚や人生を覗き見る事でRPG要素も楽しめる。
まさに一石二鳥の案だといっていいだろう。
ネット代替計画。
苦肉の案ではあるのだが、まあ無い物ねだりはしても仕方がない。
とにかく、俺はブリーダーとして異世界人で育成シミュレーションを楽しむと決めた。
そしてそんな俺の最初のターゲットの名は――――
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