第一章 能無し剣士を育ててみた

第1話 転生&転移

榊益夫(さかきますお)

享年41歳。

死因:トラックに引かれて死亡


「性別男。趣味は匿名掲示板閲覧にゲーム。これで合ってるかしら?」


「はぁ」


状況がよく飲み込めず、適当に相槌を打った。

目の前の女性は――亜麻色のウェーブしたセミロングの髪に、恐ろしく整った美しい顔立ちをしている――自らを女神と名乗り、俺の特徴を次々と述べていく。


彼女は俺が死んだと言うが、まるで現実味が湧かない。

だが現実味こそなかったものの、何故だか彼女の言葉を疑う気にはなれなかった。

よくは分からないが、俺の本能が彼女を疑うなと告げている。


「安心して。次のあなたの人生は王子様よ。冴えなかった今生とは違い、薔薇色の人生が貴方を待っているわ。何せこの私の加護付きだもの」


冴えない人生とか、大きなお世話だ。

会社と家の往復が人生の大半を締め、結婚もせずお一人様暮らし。

確かに人様に胸を張って幸せを主張しても、はいはいと軽く流されてしまいそうな人生ではある。


だが俺にとっては、休日丸々ネットやゲームに浸れる人生は十分充実した日々だった。

正に現代文明様様だ。


そんな事を考えて、ふと不安がよぎる。


「えっと?それって転生って事ですよね?」


「ええ!そうよ!」


今まで気の抜けた返事を繰り返していた俺が能動的に質問した事に気を良くしてか、女神はテンションを上げてくる。

正直、ちょっとウザい。


「異世界に?」


「そう!光と闇を内包する奇跡の世界!レジェンディアへと貴方は転生するの!」


感極まれりといった様子で女神は椅子から立ち上がった。

因みに今俺の居る場所は360度宇宙空間の様な場所で、デートに女性を連れて来たら、さぞ喜んでくれそうな場所だ。

そこに今、俺と女神は向かい合うように座っていた。


――あ、いや。


女神は立ち上がったんだからもう座ってはいないのだが、とにかく、女神はものすごいドヤ顔で俺を見下ろしてくる。

感謝しろオラァ!と今にも聞こえて来そうな程のドヤ顔だ。

だが俺はそれを無視し、一番気になっている部分を訪ねた。


「そのレジェンディアって世界には、ネットやゲームってあるんですか?」


女神は一瞬訝しげに顔を傾げた後、直ぐに満面の笑顔に戻り、俺の質問に答える。


「安心して!ネットやゲーム等遥かに超える浪漫に夢や希望!そして何より!胸踊る冒険が貴方を待っているわ!」


つまりネットやゲームはないと……


雑多な情報の溢れる掲示板の閲覧は、俺にとって生きがいに等しい。

それ以外にもweb小説や配信等、インターネット上に上げられた創作物に心弾ませ。

エロだって思いのままだ。


――はっきり言おう。


俺の人生は、ネットとゲームをする為に存在していたと言っても過言ではないと。


そんな人間にネットのない人生を送れだと?

冗談ではない。

そんなもの、俺にとっては只の拷問だ。


「あー、悪いんですけど。ネットとかゲームが無いなら、生きていてもしょうがないのでこのまま死なせて下さい」


「……え?」


女神の顔から微笑みが抜け落ち、口がポカーンと開く。

普通なら完全に間抜け面に分類されるのだろうが、流石にここまで美人だと、多少崩れた程度ではその美貌にたいした翳りは感じられなかった。

むしろ可愛らしく感じるぐらいだ。

流石女神だけはある。


取り敢えず、俺はもう一度自分の意思をハッキリと伝える。


「転生させて頂けるというお気遣いは大変有り難いんですけど、転生する意味がないのでこのまま死なせて下さい」


「え?でも、夢と希望に満ち溢れた浪漫が……」


「結構です。あ、この結構ですはNOって意味ですから。勘違いなさらないで下さい」


結構ですと言う言葉は曖昧で勘違いされやすい。

だからちゃんと注釈も入れておく。

これではっきりと伝わっただろう。


「…………」


「…………」


「レジェンディアには夢や希望!胸踊る冒険が待っているでしょう!!」


「言い直しても答えは変わりません」


「…………ちっ」


あ、舌打ちした。

女神の表情が能面の様に変わり、目の奥から先ほどまで感じていた温かな光が消える。


「人間風情が、私のやる事にいちいちケチつけてんじゃねーよ!折角あいつを出し抜いたんだ。黙って転生しろ」


雰囲気と同時に口調もガラリと変わってしまった。

女神は背もたれに片腕をかけ、片足を椅子に乗せて半身の状態で此方を睨みつけてきた。


瞬間背筋に寒気が走り、息苦しくなって呼吸が乱れる。

彼女から放たれる見えない何か。

例えるならば呪いの様なものが、今にも握りつぶさんと俺の魂を縛り付けている感じだ。


俺は苦しくて、身動き一つ取れなくなってしまう。


「なーにがネットだよ。影でこそこそ他人を盗み見たり、悪口並べ立てて何が楽しいんだ。あぁ?」


どうやら女神様は、ネットに偏見がある様だった。

訂正したいところだか、とてもではないがそんな余裕はない。

全身から嫌な汗が吹き出し、今にも気を失ってしまいそうだ。


「そんなに覗き見が好きならよ。いいよ、くれてやるよ。好きな場所を自由に見聞き出来る能力をよ。これで満足か?あぁん?」


当然満足する訳など無い。

が、彼女から感じる圧力に押し潰されそうになっている俺には、とてもでは無いが反論など出来る訳もなかった。

本能的な恐怖から上手く呼吸が出来ない俺は何とか胸元を押さえ、荒く乱れる呼吸を無理やり飲み込み、必死に首を縦に頷き答える。


次の瞬間、俺の全身にのしかかてっいた圧力が唐突に消える。

どうやら俺の返事に満足してくれたらしい。

俺は新鮮な空気を求めて、大きく息を吸い込んだ。


「納得してくれたのね。嬉しいわ」


女神の口調が元に戻り、俺は恐る恐る伏せていた視線を上げる。

もうそこには、闇を圧縮して煮詰めた様な恐怖の体現者はおらず、優しい笑顔の女神様が背筋を伸ばし椅子に綺麗に座っていた。


その柔らかな笑顔を見ていると、先程までの事がまるで悪い夢幻であったかの様に感じられた。

だが全身に張り付く汗で濡れた衣類の不快な感触が、先程の恐怖が紛れもない現実であった事を俺に突きつける。


「それじゃあ転生しましょうか」


「は……はい」


極度の緊張状態だったせいか、喉がひりつく。

俺は唾を飲み込み、ゆっくりと返事した。


「それじゃあ行くわね」


女神様が椅子から立ち上がり、俺の前にやって来た。

彼女は右手の人差し指を立てる。

すると、その細く長い人差し指がキラキラと輝きだす。


そしてその指を、彼女は笑顔で俺の額へと押し付けた。


言葉にできない感覚が全身を満たしていく。

不安な様で、それでいて幸福な感覚。

其れが新たなる生命の息吹きだと気づいた瞬間――突如怒鳴り声が響き渡った。


「てめー糞女神!何してやがる!!」


野太い男性の声に驚いて振り返る。

其処にはゆったりとした黒衣を身に纏い、背中に漆黒の翼を背負う偉丈夫が立っていた。

男は額に青筋を立て、獰猛な肉食獣を思わせる厳しい表情で俺を睨んでくる。


――いや、糞女神という言葉を口にしていたので、正確には俺ではなく女神様を睨みつけているのだろう。


「レジェ、少し遅かったわね。今、彼は転生の最中よ」


剣呑な雰囲気の男に女神は臆した様子もなく。

それどころか、嬉しそうに微笑んでいた。


「ふざけるなよ!そいつの担当は俺だろうが!!」


「貴方が忙しそうだったから、代わりにあたしが受け持って上げたの。あ、お礼は別にいいわよ」


「ざっけんな!今すぐ変われ!!」


どうやら話を聞く限り、俺の事で揉めている様だ。

それも女神側が余計な事をした結果っぽい。


「無理よぉ。だってもう始まりだしたもの……ほら」


女神が楽しそうに俺を指さすと、いつの間にか俺の体は淡い光りに包まれていた。


体が凄く暖かい。

ぽかぽかして頭がぼーっとしてきた。

直ぐ傍の二人のやりとりが、段々と遠ざかって行くような気がする。


「好き放題やらせるかよ!」


男が俺の肩を掴む。

だか触れられた部分が光となり、崩れて消えていった。


「ちっ、転生の上書きは無理か!だったら!」


「だから無理だって言ってるでしょ。これ以上何をするつもり?」


二人の姿はもう見えない。

全身が崩れ、意識が消えて行くのが分かる。

これが……転生。


「転生がダメだってんなら。転移させるまでだ」


「は!?何言ってるの?彼はもう死んでるのよ!?」


「死んでたって関係あるか!てめーの好きな様にはさせねーよ!!」


俺が聞き取れたのはここまでだ。

意識は完全に闇に閉ざされ。


次に目覚めた時――俺は化け物だった。

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