閑話:優しい祈り

「ごめんなさい」


 額を抑え、アドネットは呻いた。発した短い言葉は胸を掻き毟りたくなるような痛みを含んだものであった。


 眼を閉じれば先程の少女の姿が否が応でも浮かぶ。絶望の浮かんだ両目、まるで酷くいたぶられた動物のような弱々しい姿。

 彼女はあの子の頑張りを知っている。

 どれほど努力しているか。周りからどんな視線を向けられているのか。

 それを知った上であのような彼女を平気で見続けられるほど、この教授は冷徹ではなかった。


「お疲れ様です、クログレス」


 誰もいないはずの教員室だが、背後から声が掛かる。

 今は誰にも会いたくない気分だが、仕方がない。彼もそんな彼女を承知でここへ来たのだろうから。

 のろのろと緩慢な動きで振り返ると、予想通りの人物が後ろ手を組んで佇んでいた。


「レイトン」

「相当応えたようですね。彼女も、貴方も」


 名前を呼ばれた相手は小さく笑った。その笑い方は不思議と胸に滲みるようだった。


「……担任なのだから、貴方が伝えるのが筋でしょう」

「いえいえ、学年主任が適任ですよ。ただの教師に言われたくらいで、受け入れられるようなことではありません。誰だって、嘘だと思いたいでしょう?」


 レイトンの言葉に言い返すこともなく、アドネットは自分の机に突っ伏した。

 分かりすぎるほど、彼らには覚えがあるからこんなにも辛いのだ。自分の感じた過去の痛みが蘇るよう。

 アドネットは独り言のように聞いた。


「……あの子は変われるかしら」

「変われますよ。もともと魔法の才能は余りある子ですからね」


 そう。

 あの子は自分と違って、望みがある。

 諦めの悪い彼女の為に、下した最良の選択があの宣告なのだから。


「彼女にルルシラ様の加護があらんことを」


 祈りを込めて囁く。すると、そばにいたレイトンは驚いたように目を見開いたあと眉を下げて笑った。


「リゼット・ラーングレイに、大魔法師ルルシラの加護があらんことを」

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