第2話:退学疑惑と泣き顔

「リゼット、話ってなんだったの!?」


 呆然自失のリゼットはよろめきながらも次の授業を受けるべく教室を移動した。

 今日の授業は次の魔法実践学のみである。それが終わったら、アドネットに言われた通り学院長室へ向かわなくてはならない。

 教室へ入るなり、そう話しかけてきたのは髪の短い少女。背はリゼットよりも高く、すらりと伸びた四肢はバランスが良い。


「うぅ……、タチアナぁ……」


 ここまでは何とか堪えていたリゼットの双眸から、ぽろぽろと無数の涙が溢れ落ちる。唐突に泣き出した友人を見て、タチアナは目を剥いた。


「ちょっと、ちょっと!どうしたのよ!?あんたが泣くなんて、相当やな事があったのね」

「よくもわたしを置いてったわね……うぅ……」

「だって、アドネット先生が怖……、じゃなくて、呼びとめられてたから仕方なく先に来たんだよ、仕方なく」


 その場にしゃがみ込みそうになる彼女を何とか立たせて、半分引きずりながら空いている席まで連れていく。その先には、眼鏡をかけた少女が真剣な表情で本を読んでいた。

 焦って何度もどうしたのかと問い続けるタチアナの声は喧しい。むっとして顔を上げた読書の少女は、顔中をべしょべしょにしながら咽び泣くリゼットの顔を見るや否や、本をほっぽってにじり寄った。


「何!?何でリゼットが泣いてるのよ。タチアナに泣かされたの?」

「な、なんでそうなるのよ、クオラリカ!あたしのせいじゃないに決まってるでしょう!」

「どうだか。あなたいつも言い方がきついのよ。そのつもりがなくても傷ついてるかもしれないでしょ」

「そ、それはそうかもしれないけど……。でも、今回は違うよ」


 心外だとばかりに反論するのをさらっと無視して、クオラリカは優しくリゼットの背中を摩ってやる。

 最早目もくれなくなった相手に、タチアナも抗議を諦めた。机に突っ伏したまま度々声を詰まらせつつ号泣する友人の肩を不器用に撫で始める。


「一体どうしたの?ゆっくりでいいから、泣いている理由を教えてちょうだい」


 泣いている友人を労る優しい声は、強張った体を少しずつ解していく。徐々に落ち着いたリゼットは震える声で事の顛末を語り出した。


「そう、そうだったの」


 話しているうちに、リゼットの涙は止まっていた。依然として、悲しそうなのには変わりないが。


「わ、わだじ、何度も実技試験を落どじでるがら……。進級でぎだのも、嘘みだいだっだじ……」


 自分で自分のことを評価しながらも、また悲しくなってきたのかリゼットは顔をくしゃくしゃにした。そこに、クオラリカが泣かせはしまいとすかさずフォローする。


「たしかに実技は駄目かもしれないけれど、リゼット、あなた座学はトップじゃないの!」


 うぐ、と嗚咽を漏らし、涙は溢れずに済む。ほっと胸をなでおろし、クオラリカは友人の自己肯定感を立ち直らせるべく良いところを次々と挙げてみせた。


「ほら、私ってば実技が出来ても勉強はダメダメでしょう?あなたに何度助けられたことか!リゼット、あなたは本当に教えるのが上手だわ。教えるのって、難しいことでしょう。自分が深部まで理解してないと他者には伝えられないものだから」

「クオラリカ……」

「それに、明るくて笑顔が可愛いのよ!周りの評価を気にせずに頑張れるところ、私は好きだわ。この学院には自分の力を過信して他者を貶める人が居るけれど、そんなこと全然気にしなくていいし。とにかく、あなたは最高の女の子よ」

「そ、そうかな……」


 長々と説き伏せられ、リゼットの顔に微かな笑みが戻る。当たり前よ!とクオラリカは太鼓判を押した。ようやく、泣き虫少女が力の抜けた笑顔を浮かべた時、不意に黙っていたもう一人が口を挟んだ。


「でも、また実験室爆発させたんでしょ?それに、学院長に呼ばれるなんて退学以外あり得な____」

「……!」


 クオラリカは無神経な友人の顔を鋭く睨みつけた。その剣幕に気圧されるようにしてタチアナは素早く口を閉ざす。


「だ、だよね……やっばり、ぞうだよねぇ!!!」


 しかし、遅かった。

 余計な一言で、徐々に立ち直りかけていたリゼットの心は再びぽきりと折れてしまった。あんたのせいだわ、とクオラリカが憤慨した様子でタチアナに耳打ちする。


「いや、何でもない。退学じゃないことも、あるかもしれない!」

「何回もその言葉を連呼しないでくれる?そういうところが駄目なのよ!謝んなさい」


 すぐさまタチアナは何度も謝罪の言葉を繰り返す。肝心なところで余計なことを口走るのがこの子の悪い癖であった。


「ねえ、リゼット。もう泣くのはやめて。学院長先生がお呼びになったのだって、授業前でしょう?じゃあ、実験室の件ではないはずだわ。そうでないとアドネット教授が授業終わってすぐに伝えるなんて無理だもの。絶対、違う話だわ」

「……だいがくになりだくなんでないよぉ、あだじ、ぜっだいごごでぎじに____」

「ごめん、途中からなんて言ってるのか全然わからない」


 涙ながらに訴えた少女の切実な想いをぶった斬りつつ、クオラリカはなおも平謝りし続けているタチアナから視線を戻した。

 眼鏡の奥に優しい光を讃えた少女は、力強い抱擁に自分の気持ちを沢山込めて友人の肩を抱きしめる。


「学院を追い出すなんて真似、学院長先生がなさるはずないわ。だって、数々の問題児を優秀な魔法師に変えて世に送り出してきた方ですもの。リゼットの良さも、きっと分かってくださるから。ね?」

「うん……」

「あたしも、リゼットとずっと一緒にいたい。絶対、一緒に卒業しようね!」


 タチアナも後押しするように、手を握った。

 目を赤く腫らしたリゼットは、こくりと頷き、無茶苦茶に目元を拭った。

 タチアナがポケットから取り出した杖を一振りすると、目の赤みと鼻声はたちまち元どおりになる。


「二人とも、ありがとう!わたし、元気でた」


 そう言って、リゼットは持ち前の笑顔を見せる。まるで、雲に隠れていた太陽が顔を出したかのような明るい笑顔だ。

 その時、始業を知らせる鐘が鳴る。ばん、と扉が開いて魔法実践学の教授が入ってきた。

 三人とも前に向き直って、授業を受けるための準備を始めた。


 この日、相変わらず授業の課題でリゼットの魔法が成功することはなかったがそれでも彼女の顔は心なしか希望に溢れていた。

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