さぁ、異世界とはおさらばしよう。
ROM
第1話 急転直下
「いやぁ人生ってのは素晴らしいね!」
「兄者うるさい」
「そっちこそうるさい。あと兄者はダサいからやめとけ」
「うるさい」
我が妹は全人類から侮蔑の感情を煮詰めて取り出したような感情をぶつけてきた。
しかし今の俺にはダメージはない。可愛い彼女とデートした後なのだ。
もうどんな凶行も許せちゃう。
「ほんと幸子ちゃんを溺愛してるよね」
俺の彼女、塩田幸子は部活の後輩の1年生。
口が悪いことに定評のある我が妹、佐々木文乃とタメである。
「そういや大学受験大丈夫なの?」
そうだ。俺は高校三年生。年越しらへんは地獄のような日程を組んで受験勉強に励まなければならないのだが…
「愛があるから大丈夫だ!」
「愛の力じゃダメだったよ…」
まぁもちろん大学には落ちた。
「は、春雪さん大丈夫ですか?」
「あぁ…大丈夫…かな」
きっと今の俺の目は死んだ魚の目に泥水をぶっかけた程に濁っているだろう。
「……そうです、大丈夫ですよ…」
幸子が俺の頬を優しく、包み込むように撫でてくれる。
無責任な励ましも、今の俺には力になる。
「…ようし!」
立ち上がり、叫ぶ。
「俺はこの一年、死ぬほど勉強する!そして絶対大学に合格してやる!」
正直自分の言っていることは滅茶苦茶だ。しかし、彼女の前で見栄を張ってしまったからには、撤回することはできない。
「えぇ、一緒に、頑張りましょう」
俺は幸子の言葉に不敵な笑みでもって応えた。
時が過ぎるのは早いもので、春、出会いと別れの季節が訪れる。
「まぁ兄者にとっては別れのみの季節になるんだけどねぇ」
「うっせ」
どうやったらこんなに人の突かれたくない部分を突ける人間に成長してしまうんだろうか。
「しかし俺には卒業式なんかよりもっと大事な用事があるのだ」
「というと?」
「実はな」
声を潜めて耳打ちする。
「今日は幸子の16歳の誕生日の2日前なんだよ」
「耳打ちするほどの内容じゃないしそもそも知ってるし2日前とかめでたくも何もないじゃん」
「いぃぃや!卒業式と誕生日という印象深いイベントでの感情の昂ぶりを一度に味わったら感動もひとしおだぞ!?」
「いいから黙れ」
「誕生日プレゼントも選んだんだよ!」
「あぁそうっすか」
無下にされてしまった。兄者は悲しいよ…
卒業式も終わり、幸子との帰り道。
文乃には空気を読んでもらい後方3mほどのところまで離れてもらっている。
プレゼントを渡すなら早くにしたいが…
「……………」
「……………」
は、話を切り出せねぇ。
でもここで頑張るのが男ってもんのはずだ。たぶんそう。
「な、なぁ幸子」
急に声を掛けられて驚いた様子の幸子。後方から誰かの視線が突き刺さっている気がする。
「どうしました?」
ここだ。今だ。
「プッププレゼントなんだけど」
ああぁちきしょう。後方から嘲笑3,侮蔑1くらいの視線が俺に刺さっている。
「プレゼント?」
幸子はかわいらしく小首を傾げている。いやまったく一挙一動が可愛さの塊だってそんなこと言ってる場合じゃなくてああもう
「あ、明後日誕生日だろ!?早めの誕生日プレゼント!」
「え…?あ、はい…そうですね」
戸惑いながらもプレゼントを受け取る幸子。というか押し付けた。
「…開けても?」
「もちろん」
サイズ感が絶妙な箱の中には、まぁ高くはないけど指輪が入ってるもんで。
「えっこれってゆっゆゆゆびわ」
「高くはないけどね、コンビニでバイトして貯めた金額なんてそんなもんだよ」
「で…でもなんで指輪なんですか?」
どうしても腑に落ちないらしい。まぁ無理もない。自分ですらやりすぎかとは思っていた。
でもそこには、1つの確固たる理由があって。
「16歳の誕生日でしょ?」
そう。それが理由だ。最近じゃ男女共に18歳にするなんて言う話もあるらしいが、今はまだ女性は16歳で結婚できる。
「…⁉」
幸子もその意味を理解したようで顔を真っ赤にする。
「ま、まぁあくまで意思表示みたいなものだし?」
いたたまれなくなって、言い訳をつむぐ口は幸子によって塞がれた。
数秒が、何倍にも引き延ばされて感じる。
「好きです」
「俺もだ」
2人にはそんな言葉すらも必要としなかった。
「兄者のセリフくっっっっさ!!!!!」
そんな俺たちの甘い空気は諸悪の根源たる妹によって破壊された。
俺と幸子は呆れ笑いを浮かべながらも帰り道を歩幅を寄せ、歩いている。
日が沈みかけている町には、人が少ない。
だからこのとき俺に降りかかった災難に気づく人なんてこの2人以外にはそうそういないだろう。
俺はという存在は2人を残してこの世界から消失した。
さぁ、異世界とはおさらばしよう。 ROM @rom-kkym
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