第2話~嘘はついていない
島では年に1回、学生マラソンが行われる。
コースは南港バス停をスタートして島役場がゴールとなっている。
いつも春に行われることになっていたが、南港祭が遅れて開催されたため、真夏の暑い日、それも夏休みに開催されることになった。
スタート地点、南港バス停・・・・・・。
「ええ、皆さん。今日は幸いにも雲ひとつなく晴れで・・・・・・」
今、マイクを使って開始の挨拶をしているのは、島役場の代表だ。
普通に夏休みが終わった後にでも開催すればいいのに、学生のことを考えずに行事を企画するのは島役場の悪いところだ。
さて、このマラソン大会は自主参加となっているが半分、強制参加の行事だ。
なぜならば、島には学生は100人未満であり半分、強制参加でもしなければ多くの学生は夏休みを楽しむであろう。
「これで、島役場の代表の話を終わらせていただきます」
島役場の代表は台から降りて、学生全員はスタートラインに立つ。
ドン、とスタートを知らせるピストルが鳴ると学生たちは一斉に走り出した。
このマラソン大会は形式的なものであり、多くの学生はスタートが見えなくなると、走りながら周りとペチャペチャとおしゃべりをする。
僕と姉ちゃんは今後の活動について話し合うことになった。
「姉ちゃんは、その推理力を使って何をしようと考えているの?」
「そうねえ・・・・・・。部活動でも作ろうかしら?」
「部活動ねえ・・・・・・。部活動の目的は?」
「島の難事件を、私の独自の情報網を使って調査解決する部活かしら」
「なるほど、姉ちゃんが主役の部活動ね。部員がくるかねえ・・・・・・」
「分からないわよ。意外と変わり者が来るかもよ」
「変わり者しか入れない部活動なの?」
「そうねえ、凡人が入ってきてもテレビドラマを真似した推理しかできないわ」
「そんな姉ちゃんは、いつもテレビドラマを見ているけども凡人ではないんだ?」
「ええ、テレビドラマを見ているのは友達との話題のためね」
僕と姉ちゃんは、途中の休憩所で足を休める。
姉ちゃんは、地図でコースを念入りに確認していた。
僕は友達のミッチと話すことにした。
「このマラソン大会は、今年から賞品が出ることになったらしいよ」
「そうなのミッチ? 僕は知らなかったよ」
「そうかい? それは無理もないね。生徒会が秘密裏に計画してきたことだからね」
「それで賞品は?」
「まあ、生徒会が使える予算は限られているから高価なものではないだろう」
「そうか、ありがとうミッチ! 続きも頑張ろう!」
「あいよ!」
僕が姉ちゃんの元へ戻ると、姉ちゃんは友達のチヅルと話をしていた。
「あら? かわいい弟さんが戻ってきたわよ」
「どうも、チヅルさん」
僕はチヅルさんに挨拶をする。
姉ちゃんとチヅルさんは、昔からの仲で僕も遊んだことがある。
「ねこっち、またね!」
ねこっち・・・・・・。
姉ちゃんの多くのあだ名の一つだ。
さて、僕たちは一生懸命に走って島役場のゴールに到達した。
僕たちはおしゃべりを長時間していたため、多くの学生がゴールしていた。
僕は賞品のジュースを持って姉ちゃんに渡す。
「ありがとう」
「最高記録は、30分だってさ」
「あらそうなの? バスで南港バス停からここまで行けば30分はかかるわよ」
「そうなの? それは何を意味するの?」
「そうねえ、その最高記録で来た人がバス並みに速い速度で来たようね。または、近道でもして来たのかしらね・・・・・・」
姉ちゃんがそのように言うということは事件が起こるということだ。
ミッチが大急ぎで僕の元へ来ると言った。
「君のお姉さんの推理が必要だ!」
僕は姉ちゃんを連れてミッチと島役場の中へ行く。
何やら役場の中が騒がしい。
「ミッチ、何をみんなで騒がしいの?」
「君はスタート地点からゴール地点まで、30分で走れると思うかい?」
「いいや、マラソン選手ならばできるかもしれない・・・・・・」
「そうだろ。それをみんなで審議しているのさ」
島の警察のシグマ警部は、最高記録で走った学生に尋ねる。
「君を疑うつもりはないが、休憩もせずに走って来たのかい?」
「いいえ。休憩所で数学教師の渋川先生から水をもらったことを覚えています」
「渋川先生、本当ですか?」
数学教師の渋川先生は、警部の問いに答える。
「ええ、確かに覚えていますよ」
「分かりました。休憩したのは分かったが、同じ速度で走って来たのかね?」
「ええ、僕は体力に自身がありましたので、余裕でした」
「そうか。しかしな、スタートからゴールまで、とても30分では行けない距離のように思えるが違うかね?」
シグマ警部の指摘は最もだ。
いくら体力に自信があったとしても無理だろう。
「いいえ、30分で行けます」
どんなに疑われても学生は、そのように言い張るのだ。
そして、とうとう姉ちゃんが話に入っていく。
「それならば後日・・・・・・。一週間後に、検証してみるということはどうかしら?」
その言葉に、シグマ警部は聞き返す。
「一週間後? 何か事件の解決方法でも分かったのですか?」
「まだ、分かっていないけども、この学生が言っていることを私は信じてみるわ」
「ほう? それならば、一週間、待ちましょう」
そして、僕と姉ちゃんは学生の無実を証明することになった。
その学生が言うには、コース通りに走ったという。
コースは事前に、学校の体育の時間に説明があり地図も渡されている。
そのため、道に間違えたり迷ったりすることはない。
次に、学生の普段の生活についてだ。
成績は中間ぐらいで、帰宅部・・・・・・。
「以上が、基本情報だけども、何かある?」
「そうねえ、気になることは、その学生の体調かしらね」
「一応、大きな病気はしたことがないらしいよ」
「そうなの。それから、当日の天気も気になるわね」
「僕たちも走ったから分かるけども、いい天気だったよ」
「そうねえ。だけども、私の独自の情報網によると島の一部では小雨が降っていたらいいわね」
「それは、珍しいことではないんじゃない?」
「いいえ、この一つの情報だとそうかもしれないけども、他の要素と関連付ければ事件解決のキーとなるかもしれないわね」
「他の要素?」
僕がそのように言うと、姉ちゃんは事件の要素を紙に書き出した。
「マラソン大会の地図」
「バスの時刻表」
ここで気になるのは、バスの時刻表だ。
「どうして、バスの時刻表が急に出てきたの?」
姉ちゃんの難問に困る。
「私を含め多くの島民は、バスで行けば30分かかると考えているわ」
「そうだね」
「私も南港から島役場行きのバスを利用したことがあるけども、雨の日と晴れの日でバスの到着時刻が若干違うけども分かる?」
「普通に考えれば、晴れのときは30分で着いて、雨の日は15分遅く着くよ」
「そうねえ。当日は晴れであったからバスは30分で着いたはずね。だから、その学生はバスでも利用したのかと疑われているのねえ」
「そうだね」
「それじゃあ、極端な話をするけども雨の日にマラソン大会が行われたとしたとき、その学生は45分でゴールに着くと思う?」
「今の話からすればそうだけども・・・・・・。もしかして、違う?」
姉ちゃんはにこやかに笑い答えた。
「答えはノーね」
「なんで?」
「バスを利用すれば45分かかるかもしれないわ。しかし、その学生が走っていたらならば30分から45分未満で着く可能性が高いわねえ」
「できれば、分かりやすく教えてよ」
「まず、バスは車道を走るのに対して、学生は歩道を走るわよね」
「そうだね、当たり前だね」
「次のポイントは、バスのような車では行けないような道でも学生、人の足では行けるということねえ」
「つまり、あの学生は近道をしてゴールしたということ?」
「そうねえ、それならば30分で着いた説明がつくわ。でも、学生が間違って別のコースを行ったとしたら?」
姉ちゃんはマラソン大会の地図を指差す。
コースは一本道となっており、曲がるところは一切ないが地図上では枝分かれしているところがいくつかある。
確かに、一生懸命に走っていれば気づかないうちに別の道に入ってしまうかもしれない。
「なるほど、コースとは別の道に入ってしまってゴールしてしまったならば説明がつくかも」
「コースの誘導をする係の人もいなかったから、あの学生だけが悪いとは言い難いわね」
一週間後、シグマ警部に推理の結果を報告した。
「なるほど、コースを間違えたから30分でゴールしたわけか」
シグマ警部は納得した様子だ。
「コースの誘導員をつけなかった島役場も悪いわ」
「君の言うとおりだよ」
こうして学生の無実は証明された。
これ以降、マラソン大会には誘導員をつけるようになり半強制参加から自主参加へと方針が変更された。
終わり
猫姉ちゃんの人海戦術式ネットワーク部 猫田螢雪 @nekodakeisetsu
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