ねこの名前
食事を終えると弟は寮へと帰って行った。相変わらずすんなりと窓から出て手をひらひら振って。さて、鍋を片付けるか。――が、なんだかそんな気になれない。しばらくカセットコンロを見つめたまま座っていたが、ねこを持ち上げて炬燵の上へと置いた。
「なあ」
「にゃあ」
ねこはねこ語で返事をする。
「は? もう腹減ったの。早くない?」
「のあー」
色んな意味で話にならないので仕方なく買い置きのちゅ~るを与えると、ねこは目を瞑ってペロペロとやりはじめた。そのままゴロゴロ言いながらちゅ~るを絞り出している俺の指まで舐め終わると、満足げにぺろりと口の周りをひと舐めした。
「ねこの宝ですねこれは」
「そんなにか」
「ごちそうさまでした。それで、何かねこに用でしょうか」
「ああ、えーっとな。それなんだけどな」
「はい」
「弟はお前が見えなかったみたいだけど、なんでだ。その、お前が空気ねこってやつだからなのか」
「ねこなのでわかりません」
ねこはすました顔ですんなりと答えた。俺は呆れた。が、少し羨ましかった。
わからないことをわからないままにしておくのは、割とキツイ。モヤッとしたり不安になったり、時には怖くなったりする。なのにこのねこはケロッとしてしっぽをパタパタやっているだけだ。本当に俺から産まれたという空気ねこなのだろうか。いや、そもそも物語というのは、自分とはかけ離れたものなのかもしれない。
「そうか。わかんねーか。ねこは」
「はい。ねこなので」
「ねこ、かあ。そういやお前に名前付けてなかったな。いつまでもお前じゃアレだし、いっちょ考えるか」
「名前ですか」
ねこはちょっと嬉しそうだった。どんな名前がいいだろうか。俺がナツキ、弟がシュウ。やはり季節に関する物が収まりがいい。夏・秋ときたら、冬か。――ふゆか?
「よし、じゃあお前の名前はフユ……」
そこまで口にしたとき、何か違和感を覚えた。フユカ。俺と弟と、フユカ。何か前にその名前を聞いたことがあるような。俺は知らずに猫のように目を細めていた。デジャヴ。既視感。なんだか確信めいたもどかしさ。
と、その時、窓かからりと開いた。弟が忘れ物でもしたのかと思って振り返ったが、違っていた。
そこには、ホームセンターで会った猫毛の少女が立っていた。頭の上に耳を生やして。
「お前……冬華?」
俺の口から言葉が零れた。おぼろげなまま。妙な確信を伴って。
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