兄は感心する

 カセットコンロの上にざっくりと切った白菜と豚バラを適当に入れた鍋をセットし、調理酒と塩を適当に入れてつまみをひねる。なんだか久しぶりだ。


 白菜がくつくつ煮えるまで、「寮生活ってどうよ?」的な他愛もない話をする。弟が言うには、いろいろと勝手が違う事があるが、全体的には楽しくやっているようだ。


「はー、大学ってそんな感じなんだ」

「まだ授業始まってないからわかんないけどね。寮の先輩のノリがちょっとめんどくさいんだけどさ。その分仲良くなってるかなあ。あ、そろそろいけんじゃない?」


 弟はそう言ってひと通り自分のお椀に白菜を盛ると、自分用の豚バラをポイポイ鍋に入れて、直ぐに取り出した。


「相変わらずだな。それ」

「えーだってあんま煮ない方がうまいじゃん。煮込んだ奴は煮込んだ奴でいいけど」

「じゃあそっちは俺が食うわ」


 俺は俺で白菜と豚バラを取り出して椀に盛る。久しぶりに2人でいただきます、と手を合わせて白菜を口に入れる。――クソうまい。弟も大袈裟に頭を振ってニッコリと笑う。


「うっま。やっぱこれだね」

「いけるな。あ、ポン酢あるぞ」

「や、まだいい。それよりご飯ある?」

「あー、冷凍してあるやつなら」

「十分十分。レンチンしてくる」


 弟は炬燵を出てキッチンへと向かう。ついでにポン酢持ってきてー、あいよー、なんてやりつつ炬燵の端に目を遣ると、ねこは頓着せずに丸くなっていた。やはり、弟には見えていないようだ。おでこを軽くつついてみたが、煩そうにぎゅっとこちらに一度額を擦りつけてきただけで、眠り続けている。


「はいポン酢」

「お、サンキュー」


 椀にポン酢を入れていると、弟がまた自分用の豚バラを鍋に放り込んだ。俺が呆れた顔で見ていると、それに気づいたのかニコっと笑った。


「これさ、元々はさ」

「おう」

「家で鍋やると、兄ちゃんがこっちの椀にばっか肉ガンガン入れてたのの対策で始めたんだよね」

「は? そんな理由だったの?」

「そうそう。自分のにはちょっとしか入れないでさ。嬉しかったけど、兄ちゃんも食べねーとまずいだろ、って思ってさ。いらないっつっても盛ってくるし」

「まじか。そんな風に思ってたのか」

「そうだよ。だからあんま煮ない方が好きって言ってさ。そしたら自分の分のは自分で決められるじゃん? そしたら、兄ちゃんの分の肉でてくるじゃん」

「えー」

「でもさ、最初は口実だったんだけど、実際こっちの方がうまくてさ。今じゃこっちじゃないとなんか変なくらいだよ」


 俺は弟の顔をまじまじと見つめていた。ま、でも最初に一緒に入れて煮ないと白菜がうまくならないんだけどさ、なんて言いながらご飯の上に豚バラを乗せている弟に相槌をうつのが精いっぱいだった。感動してんのかな、と考えたがそうじゃなさそうだ。どちらかというと、感心していた。ほんとコイツよくできた弟だ。


「っつーわけで、俺もこういうの言えるようになったしさ。兄ちゃんも、もっと勝手にやっていいと思うんだよね」

「ん?」

「猫飼うのもいいと思うけど、猫のためみたいになりすぎちゃうのが心配なのです。弟は」

「なのです、ってなんだよお前」

「なんか照れがあって。つか、そーいうことだから。兄ちゃんはさ、すげーしっかり満遍なく皆の世話焼いたり、祈ったりしてくれてるけどさ」

「お……おう」


 弟は箸と茶碗を置いて、まっすぐ俺を見る。


「その皆の中に、自分も入れて欲しいんだよね。弟は」


 そう言って弟はまたニコッと笑って豚バラをポイポイ鍋に放り込む。俺はなんとなく目を逸らしてしまう。その視線の先では、ねこがじっとこちらを見ていた。

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