第3話 10年ぶりの再会

 思い出は、勝手に色鮮やかになっていく。


 恋心だって、同じようなもんだ。


 だからこの10年ぶりの再会も、あまり期待しない方がいい。


 19歳になった夏樹は、自分にそう言い聞かせた。


 紅音と、出会い別れた秋。

 毎年秋が訪れる度に、胸が苦しくなった。


 忘れよう、あれは夢だったんだ。

 何度も、そう思おうとした。



 昨日は、1日中秋雨が降っていた。

 10年前と同じように、夏樹は足早に青沼へ向かった。


「あっ、、」


 青沼の静けさの中、夏樹の声が響いた。


 紅音が、水面に浮かんでいた。


 真っ白な身体に、花びらのように広がる長い髪。


 夏樹は、目が離せなくなった。


 ほんの少し、膨れた乳房。

 華奢なくびれの下に伸びる、細い脚。


 ーーもっと、子供のような気がしてたのに。


 10年前のように、一目惚れで顔を火照らせるような事はなかった。その代わり、一物が疼いて熱を帯びていた。

 夏樹は、少し勃起しかけた自分を恥じた。


 ぴちゃっと水の弾ける音がして、紅音は身体を起こした。


 紅音に表情はなかった。

 濡れた髪を滴らせながら、岸辺までゆっくりと歩いて来た。



 夏樹は、カラカラに渇いた口を開いた。


「あの、、君、」


「覚えてるの?」


「紅音」


 紅音は、ふわりと微笑んだ。


「そう。久しぶりだね、夏樹」


 夏樹はくすぐったい感じがして、思わず笑いだした。

 嬉しさと恥ずかしさで、どうにかなりそうだった。


「会いたかったよ、ずっと!」


「夏樹は、随分大人になったのね」


「紅音は、昔とちっとも変わらない」


 ーー10年も経ったのに。

 夏樹の胸は、チクリと傷んだ。


 しかし紅音はそれを悲しむ様子もなく、久々に舞い降りたこの世をじっくりと見渡した。


「どう?久々に甦った感想は?」


「うーん、ここはあまり変わらないから。

 でも夏樹が本当に待っててくれてるだなんて思わなかった。嬉しい」


 紅音の笑顔には、10年間待ち続けた寂しさを一吹きで飛ばしてしまうほどの、強烈な愛らしさがあった。


 夏樹はジーンズのポケットに手を入れ、紙包みを広げた。


「ほら、金平糖。好きだったろ?」


 紅音は頬を、ぽっと赤く染めた。


 色とりどりの星屑のようなお菓子を、紅音は幸せそうな笑みを浮かべながら、1粒ずつ口に運んだ。


 その小さな唇を、夏樹はじっと見つめた。


 そこに自分の唇を押しつけたくて、堪らなくなった。

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