第4法則 VSアンドロイド

 カコーンとピンの弾ける音。ゴトンとボールが床と出会う音。


「人間チーム!ファイ!オー!」


 香坂が音頭を取ると、柄にもなく俺たちはやる気に溢れていた。


「なぜあんなにやる気を出しているのでしょう」

 ソフィアは向かい側のベンチ前で、勢いを増していくご主人たちを、冷徹なブルーの瞳で冷ややかに見つめる。


「ええ、私たちと戦うなどと……」

 ハルノは頭が痛いとばかりに額に手を当て、信じられませんと首を振る。


「ご主人様……」

 リーリヤは心配そうな瞳を彼方に向けたかと思えば、口元には笑みが浮かび上がってくる。


熨斗のしを付けてボコボコにして差し上げます!」

 白銀の髪を美しく輝かせながら、カノジョはアンドロイドの本気を見せてやることを決意し、不敵な笑みを纏う《まとう》。


 アンドロイド勢もまた、メラメラと静かに闘志を燃やしていたのだった。



「行けー!香坂!」

「頑張れ!隼人くん!」

 15ポンドのボールを持ち、レーンに向かう香坂隼人に、2人は大きな声援を送る。


 こちらを振り向くことなく、彼は任せときなと親指を立ててみせる。


 助走をつけ、その右手は流れるように振り抜かれた。


 パコーン!と小気味いい音が響き、見事、ピンは全て倒れた。


「うお!すげー!」

「隼人くんかっこいい!」

 2人は憧れの存在でも見るように目を輝かせ、笑顔で戻ってきた彼とハイタッチを交わす。


「どうだ見たか!これが人間の、力だ!」

 立ったままの香坂がソフィアに向かってドヤ顔を見せ、彼方と和歌もそれに乗っかり「やーい!やーい!」とヤジを飛ばす。


「はあ、やれやれ。まだ1投しかしていないのですよ」

 ブロンドの髪をふわりと揺らし、ソフィアは呆れたと溜め息を吐きながら立ち上がる。


 クラシカルなロングのメイド服に、ホワイトブリム。外も温度調整されているとはいえ、夏の季節にこの格好は暑苦しく見える。しかしソフィアは汗一つかくことはない。中に小型の冷風機が幾つか付けられているのだろう。


 背筋を伸ばし、音もなくカノジョは歩く。スラッとした指先でボールに触れ、穴に指を入れると胸の前に軽々と持ち上げた。


 レーンの前に立ったソフィアに、アンドロイドチームは全く騒ぐことなく、ただ後ろから見守るのみ。それも固唾を飲み込んでというわけではなく、まるでお茶会の最中のように、優雅に、気品に溢れた表情で。


 ソフィアは美しく流れるような投球フォームで、ボールを放った。


 香坂のような勢いはないが、カコーンという軽やかな音を立て、ピンは計算され尽くされたかのように全て倒れた。


 ソフィアはなんら大したことではない、とばかりに表情を崩さずクルリと振り返る。呆然としている人間チームの面々を、相も変わらず冷ややかな目線で見下ろすと、カノジョは今日初めて口元を緩ませた。


「まだ、始まったばかりですよ?」


 ソフィアは自分のベンチに帰ると、静かに座る2人とちょんと指先のハイタッチを交わす。


「うおお!負けてられっかー!行くぞー!!」


「「シャラーイ!」」



 しかし、ボーリングが終わる頃、そこには3つの屍が転がっているだけだった。


「嘘、だろ……」

 スコア表を持つ香坂の手は震えている。


 430対900 大敗であった。


「3人が3人パーフェクトとかふざけんな!次だ次ぃ!」

 香坂はソフィアを後ろに引き連れ、次のコーナーへ向かい始めた。


「卓球なら任せてっ!」

 先程80というスコアを記録した和歌は、これなら出来る!と先陣を切って台の前に立った。


「坊ちゃん。泣いても知りませんよ……」

 ハルノは白いブラウスの袖を捲り、大見得を切ったご主人と対面する。


「よーし、来い!ハルノ!」


「行きます」

 そう静かに言うと、場は静寂に包まれる。ボールを上に投げたハルノの目は鋭い。


 コンッと意外にも弱々しい音を立て、試合は始まった。サーブは緩やか、全然いけるじゃん!と誰もが思ったとき、ボールは台の端に当たり、思わぬ軌道を描いて飛んでいった。


「……」

 人間チームは3人共、嫌な予感がした。



「ふざけんなよぉ!全部エッジボールなんてあり得ないよ!」

 和歌は地面に座り込み、床をダンダンと叩きながら悔しがるポーズを見せる。


「坊ちゃん……」

 だから言いましたのに……とハルノは和歌に近づいて行き、負けという2文字に這いつくばる主人の背中を優しく撫でてあげる。



 その後も、ダーツ、ビリヤード、バスケ、パターゴルフ。全てにパーフェクト敗北を喫し、人間チームはもう満身創痍であった。


「……まだやるんですか?」

 リーリヤはガックリと座る俺の左肩に顎を乗せ、もう帰りましょうと言いたげに、唇をツンと尖らせる。



「……?」

 ハルノは、幾何学模様に光が走る自身の左手首の輪っかを見つめながら、どういうこと?と首を傾ける。


 同時に輪っかを光らせるソフィアは、ハッとした顔で彼方とリーリヤを見やると、それを誤魔化すよう、直ぐに元の表情に戻った。



「あー!もう無理!帰るぞー」

 よっこらせと重くなった身体を起き上がらせ、香坂は指揮を取る。


「坊ちゃん!自分で歩いて下さい!」

 燃え尽きた和歌を背負いながら、ハルノは訴えかけるが、その声は全く届いていないようだ。


「ご主人様!」

 リーリヤは立ち上がった俺の左腕に抱きつくと、ようやく帰れる!と嬉しそうに笑う。

 左腕に当たる柔らかい感触が心臓に悪いですリーリヤさん。


 そんな俺たちのことを後ろから観察するソフィアは、ボソっと呟く。


「リーリヤ、あなた……」

 いや、まさか。ソフィアは喉まで出かかった言葉を飲み込む。そんなこと、あってはならない。


 ソフィア、ハルノ、リーリヤ、3つの輪っかは駅前で解散するまで、幾何学模様に美しく、その身を光らせるのだった。

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