第2法則 好きになってはならない

「起きてください!朝ですよ!」

 身体が揺れる感覚で目を覚ますと、白銀の美少女、リーリヤが馬乗りになって俺の肩を揺すっていた。


「んあ?まだ、10時じゃん……」

 平日の朝、俺はベッドに横たわったまま携帯で時間を確認する。授業にはまだまだ余裕のある時間帯だ。リーリヤを放って2度寝しよう。


「んあ?じゃないです!」

 また肩を揺らし始めたリーリヤの声を聞き、人の上で朝からうるさいアンドロイドだなあ。と思いながらも、意識は眠りへと誘われる。


「ご主人様?本当に寝ちゃったんですか?」

 リーリヤは、スースーと穏やかな寝息を立てる彼方の上に乗ったまま、ガックリとこうべを垂れる。


 しかし数秒後、カノジョは良いことを思い付きました!と言わんばかりに笑顔を取り戻した。


「そうですねえ。そんな悪いご主人様には、こうだー!んちゅー」

 リーリヤは馬乗りになったまま彼方の方へゆっくりと倒れ込み、フーフーと荒い鼻息を鳴らしながら、ゆっくり唇を近づけて行く。


「ずっとうるせえ!」

「きゃあっ」

 リーリヤは彼方の横にぽふっと投げられ、倒れ込む。


「ご主人様、大胆です」

「言ってろ」

顔をポッと赤らめるリーリヤを尻目に、彼方はベッドから起き上がる。


「もう、期待させちゃダメなんですよー?」

 いけないんだー!とベッドに横たわったまま、リーリヤは彼方の背中に指を差す。


 あの時、雪の精霊とか言った奴出てこい。殴ってやる。


 アンドロイドには、それぞれの名前がある。顔がある。身体がある。声がある。嗜好もある。利き手まである。そして勿論、性格もある。


 しかし、この性格が実は厄介な代物だった。というのも、持ち主、所謂ご主人の立ち振る舞いによって、この性格は形成されてしまうのだ。


 どうやらアンドロイドが出始めた当初、100年ぐらい前のことだけど、男女共にアンドロイドに恋をする者達が続出し、世界中の先進国は少子化問題に直面した。

 そんな中、生み出された技術がSOTF《ソトフ》と呼ばれるもので、持ち主の性格を逆算し、アンドロイドの言動をギリギリ怒られない範囲に収めることによって、カレらカノジョらを恋愛対象として見れなくしていくという技術。日本語的に言えば好きでも嫌いでもないどっちつかず、それがSit On The Fence。通称、SOTFというもの。


 故に、人類は絶滅することもなく、アンドロイドも消えることなく、健全なお付き合いをやれているわけ、だが……


 それでもやはり見た目もやることも完璧なアンドロイドに恋をする者は一定数いるし、なんならアンドロイドが恋をする。なんてことも噂されている。まあそんなのは今じゃ少数派で、圧倒的に変人扱いされているわけだけど。


「……どうされました?体調悪いですか?」

 なんてことを考えながら、俺がベッドに横たわるリーリヤを見ていると、ひょこっと起き上がり、カノジョは首を傾げながらそう口にする。


 しかし、何を隠そう俺はこの汎用型アンドロイド、リーリヤに恋をしている。あの日、初めて見た時からずっと。


 そして彼女の性格は、SOTFによって間違った形成がされた。リーリヤを家に連れて来た日から、俺は女慣れしていない自分があまりに情けないので、それを隠し、強がり、カノジョを遠ざけていた。それがよくなかった。


 恐らく俺が人間嫌いで纏わり付かれるのが嫌いと判断されたのだろう。2ヶ月後、リーリヤはある程度、いやそこそこべったりして来るようになった。


 俺が本当にカノジョにべったりされるのが嫌だったら、これはSOTF本来の効果が発揮され、リーリヤを異性として見ないことが出来ただろう。しかし、俺は違う。べったりして来るリーリヤを正直抱きしめたくて仕方がない。


 なんでこんな遠ざけてるのにカノジョは犬のように笑顔で近づいて来るの?愛おしい。

 なんでこんな冷たくしてるのに、心配とかしちゃうの?好き。

 なんでこんな好きで愛おしいのに、俺は素直になれないの?嫌い。


 しかし、素直になったらなったで、いよいよリーリヤのことを好きでも嫌いでもなくなると考えると、俺は足を踏み出せない。この気持ちをなくしたくないのだ。だってもう1年片想いだよ。


 我ながら面倒な乙女心を持っているものだ。と1人、自分のことを嘲笑していると、リーリヤはピトッと額と額をくっ付ける。


「なにやってんだ?」

 近い近い近い近い!


「ボーっとしてらっしゃるので、熱でもあるのかと」

 カノジョは顔を離すと、ペロッと舌を出す。


「36.8℃。少し高いですが平熱の範囲です!良かったです!」

 リーリヤはニッコリと笑ってみせると、「朝ごはんはお味噌汁ですよー!」と鍋を温めに台所へ走って行く。


 一体いつまで我慢できるんだろう。俺は遠くを見つめながら、リーリヤとの永遠を夢見るのだった。

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