第一八話 ~生物としての特性~

「に、しても収納魔法ねぇ? 実際自分も使えるってのにまだ信じらんねぇな」


 一先ずヒナの家に二人は帰っていた。

 理由は今帰ると他の者たちの自発的な行動を阻害するかもしれないということと一度周囲に誰もいない状態で話し合いたかったからである。


「そうだな~魔法自体よく分からなかったが人類の手が殆ど及んでない時間と空間の話だからな。私たちが簡単に理解出来るもんじゃないだろ」


 理解出来なモノというのは根本的に人間の恐怖対象、今俳人が恐れているのは収納魔法の効果時間。

 今は意識的にしろ無意識的にしろ収納魔法を認識しているとして、例えば寝た時や気絶した時に効果を失い収納していたモノが周囲に散らかるのかという問題。

 他にも収納魔法の魔力消費はどうなっているのか。

 謎理論で成り立つ時間の概念がない空間に通じる穴を開き、その穴の中に荷物を置くだけなのか。

 それとも新たな空間を創造して従来の概念に干渉されない場として荷物を通常世界から隔離するのか。

 考えれば考えるほど多くの疑問が浮かび上がる。


「寝た時と気絶した時は分からんが死んだときはほぼ確実に収納してた荷物は撒き散らされるよな」

「……その心は?」


 収納魔法に用いられる時間や位置概念のない亜空間は他者の亜空間とは相互不干渉という事は分かっている。

 道中でヒナにも収納魔法を使って貰ったが俳人の亜空間にヒナの亜空間の収納物は入らなかった。

 それは千差万別、十人十色な亜空間を有しているという事。

 言ってしまえば他者は干渉不可能な領域であり、時間や位置などの概念すらないため一部を除き法則にすら干渉されない完全な固有空間パーソナルスペースという事である。


「じゃあ逆に収納したまま死んだときに収納物が消えてしまうとしよう。その時、物理的にも魔法的にも絶対に揺らぐモンがある。一体なにか分かるか?」


 一三八億年の歴史を持つこの世界を始めて襲った極小確立、天文学的確率である『魔の出現』という存在を除けば現状全てに共通する多くの者が知る事。

 もしかしたら『魔の出現』にすら当てはまるのかもしれない事象。


「……保存則か?」

「そう。メンドクセェから包含して言うと……アレだ某漫画的に言えば『E=mc^2エネルギーとブツは等価交換』ってやつだ。魔物は死んだら魔石になって肉体は霧散って形で別の状態になるが完全に消滅するワケじゃない。魔法も同じで特定の現象を引き起こす代わりに魔力を消費する。鋼錬的に言えば『何かを得ようと欲すれば必ず同等の対価を支払う』ってやつな」


 一見無から有を生み出すような、神のような魔法ですら明確に魔力という代償がある。

 現状確認不可能な『魔の出現』を保留とすればこれまで起こった事象は全て保存則に従っていた。

 森の出現に関しても大気中に魔力が存在し、それに未知の要素が介入することで現れたと考えれば一応は保存則に従っていると言える。


「なるほど……確かにそう言われたらその通りだな」

「だろ? けどそうなった時どうなるのかが分かんねぇんだよな。例えば密室空間で死んだとき、その空間以上の体積を収納してたら空間に全部は出来れない。密室が剛体としたら収納してた荷物は空間外に出るのか……現実的に考えて剛体はないから内部からの圧力で爆発――」


 現実を物理の世界でしか存在しない剛体で考えても意味がない。

 そう辿り着いた俳人は結局は内圧で密室空間が破綻する、そう言おうとして唐突に黙り、考え込む。


(そういえばスマホを入れた時若干入れ辛かったな……けど二回目はすんなり入った。アレは何だ? 柔軟に考えろ……今は理屈じゃなくても良い、ゲームだとアイテム登録……初めて入れるからか? いや違うな、それだと植物も一度目は入れ辛いハズだ。なら無機物有機物? その理屈なら構造の複雑な生物、有機物ほど抵抗があるハズ。入れ辛かったのはスマホ、すんなり入ったのは植物……あとは俺の指)


 思考に没頭し視界など関係ないと虚空を見つめる俳人の瞳がゆっくりと力を取り戻し始めた。

 瞳が見つめる先が虚空から自身の右手に移る。


「……なあ、ヒナ。今現在変色してない部分ってあるか? 俺は全身変色したから多分無理だ」


 何か一つ否定しきれない仮説を思いついたかのような俳人は右手の表裏を見つめ、顔を上げると突然そんなことを言った。

 いきなりの質問ながら何か関係があり意味がある質問だろうと俳人を信じたヒナは目を閉じ、今朝の自分の身体を思い出しながら全身の痛みに意識を向ける。


「左脚。他は殆ど変色してる。左手は大丈夫そうに見えるが内側が侵されてるから駄目だ」


 意識していなかったため気付いていなかったが、侵食率が七割ほどだった今朝と比べると確かに髪の毛が全て白く変色していることに気付く俳人。

 分かりやすい髪の毛の変化に気付いていなかったことを表情から察したヒナは見比べさせるように両手を俳人に向けた。

 右手は完全に侵食されているのに対して左手はまだ普通の肌色をしている。


「ちょっと見せてくれ」


 本当に左手も侵食されているのか気になった俳人はそう断りを入れると返事を待たずに左腕を覆い隠す袖を肘の辺りまでまくり上げた。

 袖に下に隠れていたのは肘から先、一〇センチほどまでを白に侵食された細い腕。

 骨、筋肉、脂肪によって侵食速度が違う可能性を考慮し骨が先に侵食されているかもしれないと考えた俳人は自分の時にもっとよく確かめておかなかったことを少し後悔しながらヒナの袖を戻す。


「本当に遠慮ないよな、オマエ。そのうち私相手に慣れて他の奴にもやりそうだから怖いわ」

「その辺は大丈夫、だと思う……思いたい」


 根拠のない自信を見せる俳人だったが行動が癖になるかもしれないと少し自信を失っていた。


「で、だ。出来れば左脚を黒い穴の中に突っ込んで欲しい」

「自分の? それともお前の?」

「あ~……どっちでもいいが他人の穴に介入出来るかの検証も含めて俺の方にしておくか」


 それが分かったからと言って現状なにかが変わるワケではないが小さな結果から大きな手掛かりが見つかるかもしれないため疑問に思った今のうちに確かめておこうと俳人は自身の斜め前に亜空間へ繋がる穴を開く。

 するとヒナは自身の左脚が侵食されていないことを見せつけるようにズボンの裾を太もも辺りまで上げ、靴下を脱いでから俳人の開いた穴に脚を向けた。


「言うの遅くなったが入れるのはゆっくりな? ゆっくりだぞ?」

「言わなくても分かる。そもそも脚入れるのにわざわざ素早く入れる馬鹿はいないだろ? 斜め下だぞ、早く入れるって蹴るしかないだろうが」


 そもそも未だ得体が知れずヒナも俳人も僅かながら二恐怖を抱いている黒い穴をあたかも攻撃するように脚を入れるほどの度胸はないし、無鉄砲でもない。


「それじゃ入れるからな。なにが知りたのかは知らないけど脚見られる程度は気にしないから知りたいことあるなら好きに見ろ」

「あいよ」


 俳人が短くそう返すと、ヒナは沸かしたての湯船に入る時に恐る恐る爪先で水面を叩くようにゆっくり爪先を黒い穴に触れさせる。

 特に水だとか粘土だとかの触れた穴の質感へのイメージはないものの肉が直接押されるような、得体の知れない感覚が粘土のような柔らかくも硬い抵抗とともに爪先を襲った。


「くッ……」


 その時ヒナが小さな呻き声とともに表情を歪めた。

 痛みに耐えるように引き抜いた脚を握るように押さえ、額に僅かながら汗を滲ませている。


「大丈夫か?!」

「あ、ああ。怪我はしてない。けどこれは一体なんだ? いきなり足に痛みが……」

「……なあ、手をどけて足を見せてくれないか? 多分それが答えだ」


 俳人の指示に従った結果の痛みに責める気はないもののワケを聞く権利くらいはあるだろうと問いかけるヒナに、俳人は少し考えるように口元に手を当ててからヒナの左脚を指さした。

 事前説明がないまま痛みを味わうことになったため僅かな不信感を見せながらも足を見せるだけならば特にデメリットはないだろうと納得して爪先を覆っていた両手を退かす。

 手の下に覆い隠されていた左足に光が当たるとともに二人の目に中足骨の爪先から辺りまでが白く変色した姿が目に入る。


「要は……普段はゆっくりな侵食が一気に来たから激痛になったってことか?」

「ま、そんなところだろ。虎狼との戦闘の時の俺は多分事前に部分的に侵食されてたってのとアドレナリンの分泌で痛みはあまりなかったが……通常時だとそうなるんだな。てかなんで止めたのに一気に突っ込んだんだ?」

「それは……初めに抵抗感じた時にお前の言葉を突き指しないための注意だと思って、一度入れてからなら平気だと……」


 事前注意があったのにもかかわらず、勘違いの結果とはいえそれを無視するような行動を取ったことを自覚しているヒナはばつが悪そうに少し目を逸らしながら言い辛そうに小さな声でそう話した。

 大方そうなのだろうと内心察していた俳人は予想通りの答えに思わず苦笑し、急激な侵食で足が内出血などのダメージを受けていないかと確かめるように優しくヒナの左足に触れる。

 突然足を触れられ逸らしていた目を俳人に向けて一瞬反射的に蹴りそうになるヒナだったが、俳人の真剣な心配そうな表情にその真意を読み取り俳人に状態を聞かれるよりも早く自分で痛みの有無などの足の状況を伝えた。


「とりあえず反応を見る限り平気そうだが……少しでも異常があったらちゃんと言えよ? 俺もヒナと同じで面倒だなんて思わねぇから」


 触れても、押しても、指で弾いても特に表情を変えない反応に一先ずの安堵を覚えた俳人は安心したようにホッと息を吐き、ヒナの足から手を離す。

 ヒナは露出して少し冷えた足先に血液を送るように足をパタパタと少し振ってから話を切り出すように収納空間から植物を取り出した。


「これ、イケると思うか?」

「ん~。そうだろうな。こんなまどろっこしいやり方しなくても俺らは殺せたワケだから一応明確な毒はないと思う、が、あくまでアイツらが食えるだけという可能性があるんだよなぁ」


 地球人と異世界の環境に適応した異世界生物という明確な違いがある以上異世界生物は全員無毒と判断する食材だったとしても俳人たち地球人にとっても無毒とは限らない。


「まず単純にあの兎には特別な消化酵素やらなんやらかがあって分解もしくは吸収せずに直接排出している可能性。他には魔力の拒絶反応的な可能性。これは全身の変色と同じようなモノで、今は少しずつの適応だからちょっとの痛みで済んでるがいきなり魔力を摂取することで急激な変化に耐え切れず毒のような効果を引き起こすかもしれないって話な」


 イメージとしてはアルコールに不慣れな人間にいきなり大量のアルコールを摂取させるような状況が理解しやすいだろう。

 急激な変化。

 アルコールの場合は内臓器官。内臓器官への負担が一度に大きく掛かるのは一定以上のアルコールに耐性が存在するアルコール慣れをした者を除けば、ほぼ確実に体調へ悪影響が及ぶハズだ。

 それと同じように今全世界の人間は『魔』への耐性を少しずつ獲得している途中である。

 だから今多大な魔力を摂取したらどうなるかが分からない。


「急な魔力との接触がどうなるのかは、多分ヒナが今さっき味わったのが答えだ」

「……今のがそうだとしたら、少し触れただけでこうなったんだから体内で吸収したらどうなるか分からないって?」

「そんな感じだ。まあ、魔力なんて実体があるのかないのかよく分からないモン相手に体内体外の考えが当てはまるのかは分かんないけどな」


 非実体。

 つまり従来の物質を貫通する疑惑のある存在だ、非実体ならば食べた結果体内で吸収されて体調に異変が、なんてことはない。

「魔物相手に実験して意味があるのか分からない。その辺にいる鳥とか捕まえて実験生物にしようにも俺らは研究者じゃないから正確な情報が分からなくて消化酵素とかの特別性の有無が判断出来なくて結局無意味、犬猫ペット類は倫理的にアウト。事実上の詰み、てことで……」

 世界に自分一人だけならともかく英雄志願者が一般人の中でペットとして扱われている生き物を使って実験することは俳人としては避けたかった。

 それを受け入れてしまうと一般人と自身との間に大きな認識の差が生まれてしまう。

 英雄は大勢の人間に認められた存在。

 英雄になるためには最低限一般人から共感される面を持たねばならいない。

 ペットとなる生物を殺すというのは少なくとも今の一般常識では少数派。

 どんな偉業を成そうと相手に陶酔していない限り他者の欠点は偉業よりも強く意識を惹く。


「パクっとな」


 英雄へ至るためにペット類を実験体にしないとはいえ俳人の根本は狂科学者マッドサイエンティスト寄りの探求者だ。

 謎の探求のためには自身すら実験体にするのも厭わない一般的な観点で言えば『異常』な価値観。

 幸い俳人にもやる必要がないと考えた命に関わったり後遺症になったりするような実験をする気はないが、それでも他者から見れば十分異常な行動に違いはなく、ふざけたような言動とともに口に葉を放り投げた姿にヒナは大きく目を見開いた。

 だが一度咀嚼をして口に葉を留めるだけで一向に嚥下する気配のない様子にそれが毒性調査パッチテストだと理解したヒナは完全な考えなしではないことに安堵しつつも少しは前もって言って欲しいと内心不満を抱きながら俳人とは別の植物を二つに割って舌に当てる。


「うえ、これクソ苦い……」


 味覚を刺激する猛烈な苦みにヒナは不満を零しながらも決して吐き出さず舌に留め続け、即効性の痺れが無い事を確認するとそのまま歯で軽く噛み潰して口全体に苦みを広げた。


「そっちは単体じゃ食えないみたいだな。俺の方はまあ、ほとんど無味。強いて言えばほんの僅かな甘みくらいだ」

「これまともに食えると思うか? 今後断水や停電、ガス供給の停止があるだろう中で調理しなくちゃ食べられないこれは生で出されたら辛くいだろ……」

「加熱してどうなるか、だな。味が変化したら良いが加熱したら毒になるとかもあり得るからな」


 兎たちの出した植物が全て無毒だとしてもそれを加熱した時も無毒とは限らない。

 そもそも兎たちは生でしか食べていないだろう。

 生食前提の物を加熱処理して食べたらどうなるかが分かるのは食べた時だけだ。


「後はあれもあるんじゃないか? ホッキョクグマの肝臓食べるみたいに栄養の過剰摂取が逆に毒になるってヤツ」

「過剰症だな。……そうなんだよな~、成分分析出来たら問題ないんだが出来ないから食うしかないんだよ」


 ビタミンや鉄などを過剰に摂取すると様々な体調不良が引き起こされる。

 栄養の過剰摂取は量によっては最悪死に至る事もある恐ろしいものだ。

 二人の手に入れた植物は完全に新種の植物。

 ごく少量で大量の栄養を有している可能性がある。


「んっ。別に私が死んで悲しむ奴はいないし、しゃーなし人体実験に付き合ってやるよ」

「おう、サンキュ……って、え、今飲み込んだ?! んっ、スゲーな。なんだかんだ言って俺ビビッてまだ飲んでなかったのに勇気あるな、お前」

「どういたしまして。勇気があるというよりかはただ単にこれ以上苦いの口に入れ続けたくなかっただけだけどな」


 ヒナの発した小さな嚥下の音に素直に凄いと僅かな尊敬の念を抱く俳人。

 あまりにも苦過ぎたらしく、嚥下してすぐに大量の水を飲んだにもかかわらず未だに口内に苦みが残留しているようで不快そうに顔を僅かに歪めている。


「ほら、これ食え」


 特に命に関わることではないものの俳人は無視出来ず、ヒナに栄養機能食品を手渡した。

 受け取ったヒナはそれで味覚をリセットするかのようにそれを一気に頬張る。

 栗鼠のように可愛らしく膨れた頬を見ていつ喉に詰まらせてもいいようにお茶を持って待機する俳人。


「ホレ、ふれ」

「? ……ああ、ほらよ」


 口に物が入った状態で発せられた聴き取り辛い言葉を一瞬理解出来なかった俳人だが、すぐに『ソレ、くれ』だということを理解してキャップを外したボトルのお茶を渡す。


「一気に詰め込み過ぎて食い辛かった」

「そりゃそうだろ……」


 当たり前のことを真面目な顔をして言うヒナに、俳人は呆れたように顔を俯かせた。


「てかヒナ……無理して食うことないぞ? 俺は普通に食えるからな」

「……殴って良いか?」

「え!? なんで!? ……って、言っとくが一人でやろうってんじゃないからな? どちらかと言えば俺が出来ないことをヒナに丸投げする魂胆だぞ?!」


 突然の暴力宣言に動揺する俳人だったが、つい最近聞いた言葉という事から虎狼と戦った日の夜のことだと理解して誤解を訂正するために慌てて丸投げという下衆なことをハッキリと言い放った。


「……なにをしたらいいんだ?」

「調理を頼む。完全に出来ないワケではないけどあまり上手くはないからヒナにやって貰いたい」

「私もそこまで上手くはないんだけど……まあ、この程度でもアンタが他人を頼ろうと思うようになったと思って頑張るよ」


 仕方ないといった風に肩を竦めて立ち上がったヒナは先にある程度のパッチテストの済んだ二種類を持ってキッチンへ向かう。

 持った植物がおかしいという点を除けばその風景は平和そのもの。

 ありふれていた日常を思い出し、今この世界を取り巻く異常をほんの少しのだけ俳人は忘れていた。

 だが危機の忘却は長くは続くことはなく、テーブルの上に積まれた植物に手を伸ばす。


「なあヒナ。今日の夜、お前は寝ておいてくれ」


 恙無つつがなく終えたテストの最後の植物を嚥下した俳人は唐突にそう切り出した。

 警戒が必要な夜に寝ろと言う指示に、根本的な部分はやはり変わっていないのだとヒナは包丁を握る手に力が籠る。


「収納魔法の事が調べたいんだ。眠った時にどうなるのか、それが分からないと今後収納魔法を使うことが出来ないからな」

「……反対、つまり俳人が寝るってのは?」

「出来ればヒナには……女の子には夜はちゃんと寝て欲しいんだよなぁ」


 少し言い辛そうに、少し照れるように首筋を掻きながら俳人はそう言った。

 ヒナが勘繰るように他意は確かにあるのかもしれないが、俳人の言葉は本心を隠した嘘というワケではない。


「ヒナも自分の意志で戦いを選んだとはいえさ、きっかけを作ったのは俺だからある程度責任は持つワケよ。皆を守るために戦わせるといっても幸せを奪いたくはないんだよね。例えば近い未来で平和が訪れたとして、今は想像出来ないかもしれないけど旅の途中でヒナに好きな人が出来たとする。その時睡眠不足が影響で子どもが出来ない身体になってましたなんてのは嫌なんだよ。やっぱ仲間として一緒に戦う以上はヒナには幸せになって欲しいし、子ども云々抜いても女の睡眠不足はロクな事ないからよ」


 英雄らしくない。

 大勢の者を守ろうとして、一見大団円のように見えるがその実大切な仲間を守れていない。

 あまりに滑稽、全てを守ったと思い上がりながら最も近い人間を守れていない滑稽、世間では全てを救ったと思われながらも大切な者は救えない滑稽。

 思い上がった滑稽な男はあまりにも英雄らしくはなく、それを俳人は認められなかった。


「……なら二時間だな。二時間あればレム睡眠とノンレム睡眠の周期が完全に回る。二時間寝るからその間にテメェがやろうとしてること全部済ませて戻って来て、それから交替で警戒しよう」

「……あ~もう。分かったよ。ヒナは二時間寝る、その間俺はやることやって戻って来て、その後は交替で見張りだ」


 言っても聞かず、自分が不利だと理解した俳人は渋々それを承諾する。

 互いの損得を最大限譲歩し合った結果に満足したヒナは、項垂れる俳人の姿を見て楽しそうに止まっていた手を再び動かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る