第一七話 ~巨大樹の森~

「スゲェ……」

「綺麗だな……」


 円状に開いた森の中央。

 僅かに青い透き通った湖とその中心に聳え立つ巨大樹。

 天を遮る巨大樹からの木漏れ日が現実離れしたその光景をより一層幻想的なものへと変える。


「で、結局兎たちは何がしたいんだ?」

「そうだな、意味が分からん」


 それとこれとは別だと意識をすぐに切り替えた俳人は振り返って兎たちの姿を見つめた。

 同意するようにヒナも兎たちのことをジッと見、木刀は構えないものの軽く拳を握って警戒の意思を示す。

 同じように二人のことをジッと見つめる兎たちの中から数匹の兎たちが植物を口に咥えて飛び出した。


「木の実? それに……葉っぱ?」

「くれるって事か? それとも森からそれだけは持っていくなって事か?」


 なにかを伝える意思を示さないまま見せられた植物に俳人はより警戒心を強め、ヒナはその意思を理解しようと警戒しながら思考を巡らせる。

 勿論互いに言語を用いた意思疎通は出来ないため二人が兎達の考えを理解出来るワケがない。

 兎たちは二人に植物を差し出すでもなく何をするでもなく、ただ口に咥えてジッと見つめるだけ。

 そんな時間が緊張によって引き延ばされ、二人の額に汗を垂らす。


「! 何だ!?」

「どうし……魔物!?」


 突然俳人が声を荒げて身体を兎たちとは異なる方向に向け、それに続いてヒナも同じ方向を睨み、その正体を見た。

 相手は魔物。

 姿形を形容するならば角と嘴を生やした緑毛の狼。

 一〇匹近い数で襲い掛かってきた緑毛の狼はなんの合図もなく一斉に散開し、大きく三方向に別れる。

 そのほとんどが二人の下に辿り着く前に兎たちによって蹴り飛ばされ、吹っ飛ばされ、倒される中打ち漏らされた――否意図的に誘導された一匹の緑毛の狼が二人に向かって襲い掛かる。

 兎たちが全て倒すものだと思い込んでいた二人は対応が遅れ、標的にされた俳人は攻撃を受ける直前に間一髪ヒナとは逆の方に蹴ることで攻撃を回避した。


「ちょッ! やっぱアイツら厭らしい!」

「同感。あのモフモフはもう信じない」


 力を逸らすように蹴った結果、緑毛の狼は木に衝突してそのまま地面に落ちた。

 立ち上がろうとする緑毛の狼に対して二人は今の内に倒すとばかりに木刀で滅多打ちにする。

 だがその僅かな時間で殺しきる事は出来ず、緑毛の狼は怒り狂ったように嘴を大きく開けて二人に襲い掛かった。

 二人で滅多打ちにしていたため二人の距離は近い、その為出来る行動も少し制限されている。

 瞬時に判断を下すことが出来なかった俳人は思った以上に俊敏な緑毛の狼の攻撃を完全に回避することは出来ないと悟り、咄嗟に持っていた木刀を猿轡さるぐつわのように嘴の間に挟んだ。

 そのお陰で緑毛の狼は攻撃を出来ない。

 かのように思えたが、想像を絶する咬筋力を有していた緑毛の狼はゆっくりとではあるが確実に、焦りと疲労の混ざった強い吐息の中でもハッキリと聞こえるほどのミシミシという音を立てて木刀を噛み砕く。


「マジぃ?」


 安物とはいえ材質は正真正銘、樫の木だ。そう簡単に壊せるものではない。

 だが事実として緑毛の狼は狼にあるまじき冗談のような嘴と冗談のような咬筋力を以て木刀を噛み砕こうとし、バキッと今噛み砕いた。


「そんなバナナ!?」


 半分以下の長さになった木刀を見、俳人はふざけたセリフながらも心底動揺した表情で木刀を見つめる。

 噛み砕かれて半分以下の長さになった木刀ということはつまり、今俳人の手に握られている木刀は刀身部分よりも持ち手の方が長いという見すぼらしい形をしている。

 即座に使えないと判断した俳人は最後っ屁とばかりに木刀と呼ぶことが憚られる木刀を緑毛の狼に向かって投げつけた。


「はッ!」


 武器を失った俳人の代わりにヒナが木刀を緑毛の狼に向ける。

 先の滅多打ちで二人の力では打撃がほとんど意味を成さないことを理解したヒナは斬れぬ刀である木刀に残された最後の攻撃手段である突きを繰り出した。

 瞬時に没入した集中力は真っ直ぐ突き出した木刀の先端をほとんど揺らさず緑毛の狼に向かって進み、だが狙いの左目には当たらず避けられてしまう。


「ちっ、避けられた……。それで? どうするんだ」

「ハッキリ言って魔法頼みだ。木刀は簡単に避けられる、鍛錬棒は分からんが……試すにしても動きが遅いからその隙の穴埋めをヒナにして貰うことになる。どうする?」


 五キロの棒を軽々と振り回せる腕力も、それを許容する肉体の強度も俳人にはない。

 本気で振れば動きは鈍重に、そして肩や肘などに大きなダメージを受ける。

 ある程度加減をして振れば質量負けした身体の流れをも利用した威力のある攻撃は可能だが、その分大きな隙を生むことになる。

 そうなった時、一番負担がかかるのは自身の被弾も警戒しながら俳人への攻撃もカバーする必要のあるヒナだ。


「あ? やんなきゃほぼ一〇〇で死ぬだろーが。私が動いて助かる可能性が出んなら動くっつーの」


 分かりきったことを今更聞くなと言わんばかりのガラの悪さでヒナは舌打ち交じりに木刀を握り直す。

 その返答に俳人は獰猛な笑みを浮かべ、木刀袋から鍛錬棒を取り出すと残りの荷物は不要と切り捨て背嚢を遠くに投げ放った。


「情けないが……カバー頼んだ!」


 多少脚に負担が掛かっても構わないと覚悟した俳人は、足元に魔法で圧縮した空気の塊をスターティングブロックのように設置して勢いをつけると同時に足の離れた空気塊を爆発させて推進力とする。

 数歩の着地の時、俳人は僅かに体勢を崩したもののその後は勢いに対応して通常よりも速い速度で緑毛の狼との距離を詰め、鼻っ柱を圧し折るとばかりに鼻先目がけて鍛錬棒を振るった。


「ぬぉらッ!」


 魔法で強引に加速した俳人はそのままの勢いで振るう鍛錬棒の勢いに負けて身体を引っ張られながらも体幹で最大限の抵抗をし、避けられるよりも早く直撃させる。

 柔らかい鼻頭に当たった鍛錬棒はそのまま僅かに食い込み、そして吹き飛ばすように弾いた。

 物質の強度ゆえか、それとも魔法的な力が働いているのかは分からない。

 だがどちらにしても攻撃はほとんど意味を成さず、緑毛の狼の顔を少し跳ね上げるだけに止まっている。

 むしろ鍛えきれていない肉体で強打したゆえの反動が俳人の掌や手首、肘、肩といった腕の多くに反動を与え、逆効果に見えた。


「せあッ!」


 衝撃に負けじと首を下に向け反撃をしようとする緑毛の狼に、ヒナが攻撃を仕掛ける。

 今の一撃で緑毛の狼の意識が俳人に強く向き、それ以前のヒナの攻撃が容易く避けられたという事実も相まって緑毛の狼の意識は完全に俳人に向いていた。

 そしてそれを察知したヒナはその首筋に木刀を振り下ろす。

 今この瞬間だけは警戒の対象にすら入っていないヒナの一撃を避けられるワケがなく、自ら下に向けようとしていた力も合わさり緑毛の狼の首は一瞬で下を向いた挙句その勢いに負けて頭から地面に衝突することになった。

 伏せをするように身体の下部を地面に衝突させ俳人はこのチャンスを逃すワケにはいかないと効力皆無の連撃を捨てて一撃の威力を極限まで高める為魔法のイメージに意識を集中させる。


「らぁッ!!」


 繰り出した一撃は無意識のうちに周囲への被害も考慮し、イメージもしやすかった『風』。

 高速で循環し、薄く強固に固められた風を纏った一撃は的確に緑毛の狼の頭部に当たり、風の力によって周囲に血が撒き散らされた。

 だがその一撃をもってしてもその命を絶つ事は出来ず、強力な抵抗によって鍛錬棒ごと跳ね除けられてしまう。


「どうした!? イメージが足りなかったか!?」

「いや、俺に可能な極限までイメージした。風の形は昔博物館で見た日本刀の刃の角度にしたし風の回転も高速の現段階の最強攻撃のハズだ」


 単純に相手の硬さが俳人の最大攻撃力を上回った。

 ただそれだけのこと。

 とはいえダメージは与えられている。

 頭蓋骨には届かずとも頭部への攻撃だ、それなりの効力はある。


『グルルルァッ!!』


 死に至るほどの攻撃はない、取るに足らないと下に見ていた相手から受けた出血を伴う攻撃。

 慢心していた緑毛の狼にとってそれは逆鱗に触れるモノだったらしく、ただ攻撃を受けたというだけでは考えられないほどの激昂を見せ警戒を捨て去るような攻撃を仕掛けた。


(ッ! 回避……間に合わん。撃退……初めの一撃でロクに衝撃与えられないことは分かってる。誘導……んな技術わざ持ってない!)


 脳内で幾つも案を出しては却下し、そんなことをしている間に飛び掛かってきている緑毛の狼の姿は眼前。

 残された手は一つ。

 その一つに賭けることにした俳人はヒナに目配せをした。

 俳人と同じように様々な手を志向していたヒナは目配せに反応をし、ヒナの考えていた案の中から連携が必要となるモノでありヒナが先手を打つ必要のある策を選び、視線を緑毛の狼に戻す。

 同時にヒナは勢いはつけず、そのままの手の間隔だけで手をパンッと強く打ち鳴らした。

 本来ならばなんの意味も持たないその動作はたった一つの要素。

 魔法によって効力を得た。

 魔法によって引き起こされたのはただの大きな音。

 無駄と思えるほど大きい、耳を覆いたくなるほど大きな破裂音。

 爆音は周囲に轟き、緑毛の狼の意識をヒナに向けさせた。


「クソッタレ!」


 汚い言葉とともに鍛錬棒がブゥンと鈍い音を立てて大きく開かれた嘴の間に吸い込まれる。

 ガンッと鍛錬棒と嘴は衝突し、意識外の攻撃に緑毛の狼は無防備に強い衝撃を受けて一瞬だけ意識を揺らがせ、着地する。

 一度後ろに下がろうとする緑毛の狼に対して執拗に詰め寄って意地でも鍛錬棒を挟んだままにさせようとする俳人。

 鍛錬棒が破壊されるまで堂々巡りになると理解した緑毛の狼は鍛錬棒を噛み砕いてやると顎に力を入れ始め、鍛錬棒はその咬筋力と嘴の強度に負けてほんの少しずつではあるが表面に溝を作り始めた。


「マジかよ!?」


 ギギギッと不快な音が鳴る。

 ゆっくりと変形し、その影響で端が持ち上がり始める様子に二人は目を見開き、俳人は緑毛の狼の口内に小さな火球を大量に放った。

 体表が硬くとも内部は弱いらしく、これまでで一番の痛がりを見せる緑毛の狼に俳人は追加で火球を放つが相手も無抵抗で喰らい続けるワケがなく必死の抵抗を見せる。

 火事場の馬鹿力で一層咬筋力を高め、ヒナはそれを封じようと後ろ足に足払いを掛けて倒すと同時に地面を操作してその身体を固定した。

 固定したとはいえ力は圧倒的に緑毛の狼の方が上、瞬く間に拘束に罅が走り、ヒナはその都度修復する。

 地面には破片が降り積もり、火の粉が降り注ぐ。

 緑の毛は口の周辺だけ黒く焦げ、口内は焼け爛れていた。


「間に合えッ」

 見れば鍛錬棒はあと少しで噛み砕かれそうなところまで噛まれた部分が薄くなっている。

 相手にももう噛み砕くことしか頭にないと判断した俳人は意識を全て魔法に向け、高火力の火球を創造し続けた。


「まだか!?」


 ヒナがそう言ったのが早いか、そんなことすら分からないほどほぼ同時に鍛錬棒がバキッと大きな音を発して俳人の手の一つと口外の一つと口内の一つの計三つに噛み砕かれる。

 見てはいない、だが音で理解したヒナは顔を青ざめさせながら俳人の方を向き、それと同時に継続ではなく瞬間的な強度に意識を向けた土の塊を緑毛の狼の全身に纏わせた。

 俳人も音に険しい顔を見せ、咄嗟に距離を取ろうと膝を曲げて身体を僅かに後ろに傾ける。

 そして膝を伸ばし、途中でそれを止めてしまいその反動で身体は浮かずそのまま背後に倒れることになった。


「おい!?」

「あ~大丈夫。ソイツが死んでんの見て思わず固まって転んだだけだから」


 俳人の言葉通り緑毛の狼は既に死に、ピクリとも動いていない。

 あるのは死体だけ。


「ビックリさせんなよ……」

「ワリィワリィ」


 安心したように苦笑し肩から力を抜くヒナは全力を出し過ぎてすぐには動けないと言わんばかりの俳人に手を差し伸べる。


「サンキュ。音の方に関しちゃ色々掛けだったが……マジでありがとな」


 自力ではすぐに立てないことを情けなく思い苦笑しつつ手を取り、ゆっくり立ち上がる俳人。

 空いた左手は僅かに震えていて、握られた右手はさっきまで戦闘をしていた者の手とは思えないほど冷たい。

 それはヒナも同じで、けれども俳人よりもヒナの方が僅かにより冷たかった。


「大丈夫か? 手ぇ冷たいぞ」

「大丈夫だ。魔法使い過ぎるとこうなるんだろ、私が初めて魔法を使った時も似たような事があった」


 魔法を使いすぎると、その言葉に反応して俳人は思わず自身の手を見つめ、戦闘で上昇した体温を下げるように首の両側を手で触れる。

 すると即座にその手の冷たさは俳人の首を襲った。


「うひぃ、冷てぇ」


 素肌に氷を当てられたような冷たさが一瞬で首に広がった。

 高い温度差に俳人は思わず顔を顰める。

 それを見て何故か真似をしたヒナも同じように顔を顰め、二人してその様子を笑う。

 そんなことをしていると不意にボッと音が鳴った。

 音の正体は緑毛の狼。

 正体といっても生きているわけではなく、霧散した音だ。


「っと、忘れてたな」


 音の正体を知った俳人はその場から魔石を拾い上げる。

 そしてふと違和感に気付いた。

 よく見るとその魔石は普段の――ゴブリンの魔石ものよりも僅かながら大きい。

 思い返せばあの時は直後という事で気にしていなかったが虎狼の魔石を拾った時も手の感触が、手に魔石が当たる範囲が違っていた。


「種類によって大きさが違う? もしくは強さによって?」


 現れた新たな謎に俳人は癖のように思わず思考を巡らせてしまう。

 手掛かりが少ないため思考はすぐに躓き、そこでふと我に返る。


「……そういえば兎は?」

「さあ? 何がしたかったんだか?」


 兎の存在を思い出した俳人はふと周囲を見渡すがそこに兎の姿はない。

 ヒナも知らないとばかりに肩を竦め、その意図が理解出来ないという様子で首を振った。


『キュウ』


 ここへ連れてきた意図も戦わせた意図も理解出来ず困ったように首筋を掻いていると突然背後から聞き覚えのある忌々しい存在の鳴き声が聞こえてくる。

 露骨に嫌そうな表情をしながら恐る恐る振り返ると、やはりそこには予想通りの毛玉のような兎の群れ。

 だが少し様子がおかしく、さっきとは違う植物を全員が咥えていた。


「……兎見て思わず蹴り飛ばしたくなったのって初めてだ」

「おう、奇遇だな。俺もだ」


 下手をすれば死んでいたかもしれない状況に追いやられた怨みのあるヒナは仇として兎を見つめ、俳人も怒りを鎮めるように爪先で地面を叩きながら同意する。

 勿論二人の言葉にその長い耳を傾けることのない兎たちは意に介す事なく、枝を地面に突き刺し始めた。


「あ? まさか植物でも成長させんのか?」

「どうだろうな……地面から栄養を吸う場合広範囲から少しずつ吸わなきゃ大きくなってもその後枯れるだろうし魔力でどうこうするとしても魔力の消費量がエグイんじゃねえのか?」


 やはり真意の掴めぬ行動に二人は肩を竦める。

 そうして待っていると最終的に兎たちは中央に大きな枝、その周囲に穴、さらにその周囲に小さな枝を刺していた。


「これは……この森の縮小模型か?」

「私たちは全部を見て回ったわけじゃないけど形的にはそうとしか見えないよな」


 状況的にはそうとしか思えず、よく見れば現実の湖の形状と兎たちの掘った穴は同じ形をしている。

 二つの形が同じというのはどう考えても意図的なものだ。

 確信のようなものを感じつつ俳人は一応疑問符を浮かべ、ヒナもそれに同意し首を縦に振る。

 そしてその模型がこの森を示しているという事を肯定するように兎もヒナを真似するように首を縦に振った。


「それで? 何を伝えたいんだ?」


 言葉が通じるかは分からないものの、肯定が偶然やただの真似でなければある程度の理解は出来るはずだろうと考えた俳人は先頭に立つ兎に向かって訊ねる。

 質問を受けた兎は森の模型の中で普通の木を意味する枝を倒した。

 そしての刺さっていた場所には自身の毛を置く。

 すると僅かな時間を空けて兎の毛は霧散し消滅した。


「木を倒すと消えるって事か」


 同意するように再び肯定し、数回同じようにを倒しては毛を置き消滅を見る。

 倒せば消えるということが偶然ではないことを示した兎。

 理解したように俳人が頷くと、次は中央にある大きなきょだいじゅを倒した。

 それも同じように霧散して消えるのかと思いきや、霧散するところまでは同じだったが今度はきょだいじゅのあった場所に緑毛の狼の物と思しき魔石が置かれ、周囲のが全て倒される。


「……木を倒せば魔石は残さず独立して消える。だが巨大樹を倒せば魔石を残して周囲の木全ても消える。巨大樹は木の土台? それとも木は巨大樹の支配下?」


 いくつもの仮説が脳を駆け巡る。

 思考に耽る俳人をおいて兎は続けるように地面に何か絵を描き始めた。

 徐々に完成していく絵。

 絵はやはり中央に巨大樹がありその周囲に湖と大量の木。

 けれどさっきと違うのは絵が森を横から表した絵であるという事と、巨大樹と木の根が描かれている事だ。


「地下で繋がった巨大樹と木……そうか! 言ってみればこの森は一つの魔物・・ってことか! ゴブリンの時も切った手足は消えて本体は残った。核と繋がった部分は生きて接続が切れた部分は消える、木は巨大樹の手足みたいな存在。だがどうしてパッと見だと別の種類なんだ? ……そうか!? 擬態か! 別ものとして考えさせ、木を倒してもなにも残らないと思い込ませたら本体は消えないしあのサイズを倒すのは重労働だ、誰もやろうとしない」


 重要な要素ピースが見つかったかのように兎からの情報で短時間のうちに多くの事実が脳を駆け巡る。

 そしてそれらはある一つの真実を浮かび上がらせるのに時間を必要とはしなかった。

 巨大樹の森は地下で全て繋がっている。

 木は巨大樹の手足。

 巨大樹は一種の魔物。

 それらが意味するのは――


「……あー。下手に倒せねぇわコレ。倒したら地盤が崩壊する」


 地下で繋がった大量の根。

 擬態だからと巨大樹から伸びた木は一本の根で繋がっていると思うかもしれないが、逆に擬態であるがゆえに地中に伸び地表を這う根は本物と同じように大量に伸びている。

 大量の根は地面の多くを占め、地盤を強固にしているが逆に巨大樹を倒した時その強固にしている植物全てが消え去るのだから後に残るのは空洞だらけの脆弱な地盤。

 ただの森ならば根は比較的浅いところで止まるだろう。

 だが『地下で繋がる』『根は全て巨大樹に繋がる』という特性上その根はどうしても体積の都合で地下深くまで伸びなければならない。

 結果としてそれは少し地盤の緩い土地、ではなく下手をすれば中にいる者が生き埋めになる可能性のある凶悪な落とし穴になり得るのだ。


「そういうことね。確かにそれは下手に倒せないな」


 答えの直前までは辿り着いていたヒナも俳人の発言で答えを理解し、重い表情で視線を下に落とす。

 今は立てている地面だが巨大樹を倒せば容易く崩落し自分たちは生き埋めになる、そうでなくとも周辺の被害がどうなるかが分からず手の打ちようがなかった。


「まあ、無理に倒す必要はないし危険があれば倒す予定だったってだけだから別に大した問題ではない、か?」

「そういえばそうだな。なんか戦闘の後だから倒すことに意識が向いてたけど無理に倒す必要はなかったな」


 そもそもの目的は脅威の調査。

 確かに巨大樹を倒せば脅威になるかもしれないがそれは藪を突いて蛇を出さなければ良い話。

 巨大樹の討伐は絶対ではない。


「んじゃあ兎たちはこの森に住む以上この森を壊されたくないから止めようとしてるってことで良いか?」


 兎たちからすればこの森をなくすという事は家を失うと同義だ。

 止めようとするのは当然。

 むしろ向こうからすれば俳人とヒナは侵略者となんら変わらないのだから、初めに有無を言わさず殺されていてもおかしくはなかった。

 二人を殺さなかったのは動物としての野生、危険度は不明で糧にもならないと判断した無益との評価ゆえだろう。

 いえを失いたくない兎たちは殺して止める手もありながら二人の前に出て、俳人の言葉に頷いた。


「マジかぁ。食糧問題解決出来ると思ったんだがなぁ……」


 森に手出しが出来ない以上森に食糧があってもそれを手に入れる事は出来ない。

 そう行き着いた俳人は大きく項垂れる。


『キュ? キュウキュ』


 今度は俳人の言葉に首を傾げる兎。

 何かを考えるような素振りを見せたかと思えば背後にいる兎たちの方を向き、何か指示を飛ばしていた。

 急なことに二人は僅かに警戒しながら散開した兎たちの様子を見守る。


「うわぉ」


 散った兎たちが全員戻る頃二人の前には多種多様な植物で構成された山が出来上がっていた。

 果物、木の実、草に至るまで以前の世界観でも通用しそうな見た目ながら少なくとも日常で見るような見た目はしていない植物が積み上がっている。


「これって持って帰って良いって事か? それともこの植物は毒がないってことを示すために持ってきたって事か?」

「多分前者。後者だとすると被りが多すぎる」


 持ちきれないほどの植物の山が積み上がっている光景に二人はコソコソと耳打ちするように小声で話し合っていた。


「いや、ありがたいんだが流石にその量は持ちきれん」


 限界まで圧縮した場合は分からないが、ふんわりと積み上げられた現時点での体積は二人の総体積の倍を優に超えるだろう。

 さらにはその重さの物を持てるワケがないし持てたとしてもここは道の狭い魔物の住む森の中、例え持てても変えることが出来ないのでは意味がない。


『キュイ?』


 何故? と言わんばかりに兎は首を傾げる。


「普通に持ちきれん」


 そういって試しに限界まで持とうとし、表面に見えている草以外にも内部にずっしりとした果物があるのを失念しており少し持ち上げたところでバランスを崩して再び地面に下ろしてしまった。

 油断していたとはいえ、意識しなければまともに持てないようなものを持ち帰るのは無理だろうと俳人はゆっくり植物の山から離れる。

 俳人の様子を眺めていた兎は、お前は何をやっているんだとばかりの態度で俳人から視線を外し、宙に黒い靄のような穴を生み出しその中に植物の山の一部を入れた。


「……ん? なあヒナ、アレって……アレだよな? アレ」

「衝撃で語彙力低下してるみたいだけど、そうだな。よくある……いや、よくはないけど創作物だとありがちな収納空間じゃないか?」


 中に入れたものを消す、という魔法でない限りはそういうものだろう。

 黒い穴の中に入れて宙で手放したハズの植物は地面に落ちることなく、どこに落ちることもなく無くなっていた。


「一度穴を閉じた後も取り出せるか?」


 穴を閉じたら消滅しました、では場合によっては洒落にならない。

 それを検証せずに確かめたくはない俳人は兎にそう訊ね、それを受けて兎は一度穴を完全に消してから再び生み出しその中からさっき入れた果実を取り出した。

 取り出されたものを触る俳人は黒い穴に目を向ける。

 取り出された果実は触っても何もない。

 質感は同じ果実と変わらず、触った時に伝わってくる温度もまったく変わらなかった。

 つまりそれは取り出しても熱量は維持されるという事。

 一見ただのモフモフ兎にしか見えない魔物に物理学的なイメージ力があることに素直に驚き、今後そんな魔物が敵として現れた時のことを考えてゾッとする俳人は恐る恐る黒い穴に指を入れる。


「お前! なにやってんの!?」


 何をするかと思えば突然黒い穴の中に指を入れた俳人にヒナは声を荒げ、腕を掴んで指を穴の中から出した。


「もしも今アイツらが黒い穴を閉じでもしてたら下手すれば指がなくなってたんだぞ!?」

「あ……悪い」


 戦って勝てないことを悟り諦めていた俳人は無意識のうちに軽薄な行動を取るようになっていたことに気付く。

 指だけで済めばまだいい方だが、黒い穴に少しでも入った物は穴を閉じた時に問答無用で収納されるという事ならばそのまま収納されて場合によっては出られなくなるかもしれなかった。

 その可能性を理解した俳人はヒナの言う通りだと素直に頭を下げる。


「短慮が過ぎるぞ……」


 呆れて溜め息を吐くヒナに俳人は再び謝りながら、背嚢の中からスマホを取り出し少し弄ってから黒い穴に入れた。

 入れるとき、指を入れた時とは違って粘土を押すような強い抵抗の感覚を受ける。

 少し疑問に思いながらスマホを完全に穴の中に入れた俳人は、何故か三〇秒ほど待ってから兎に穴を閉じて貰い、再び三〇秒が経った頃スマホをすぐに返してもらう。


「おい、ヒナ! スゲェぞ! この穴の中時間の概念がない!」


 受け取ったスマホを見て興奮した俳人は見せつけるようにヒナに画面を向けた。

 その画面には今も時間を数えるストップウォッチの画面が一一秒、一二秒、一三秒と表示している。

 つまり穴に完全に入った時点で内部の時間は完全に停止するという事。

 これは収納の容量にもよるが、悪くなって食べられなくなるからと先に処理していた生ものを保存しておくことが出来るという事だ。


「へぇ……」


 怒られたことなど既に忘れたかのような興奮に、ヒナの中では時間停止よりも怒りの方が僅かに勝っていた。

 それを感じ取った俳人は都合が悪そうにゆっくり目を逸ら、スマホの画面を下げて誤魔化す。


「お、俺もやってみようかなぁ!?」


 冷たいヒナの視線に耐え切れなくなった俳人は声を裏返らせ、逃げるように収納魔法を使おうと試した。

 隣から聞こえる溜め息に俳人はビクリと反応し、気にしないように努めながら収納のイメージをする。

 時間の停止、熱量の保存、時空間の意識、物質の分解、同一物質の再構築。

 収納する時にどうすれば良いのか、様々な要素を考える俳人はその度にこれで良いのかと疑問を抱いていた。


「あ、出来た」

「……は!?」


 アニメや漫画ならば頭から湯気が出ていそうなほど唸っていた俳人は隣から聞こえてきた成功の声をすぐには理解が出来ず、少し遅れてバッとヒナのことを凝視する。

 確かにそこにはヒナの『出来た』の言葉通り兎のモノと同じような黒い穴が開いていた。


「どどど、どうやった!?」

「え、別に、普通になんかいい感じで収納出来る穴出てこいって感じでイメージした」

「……マジ? そんな大雑把でいいの? 俺今まで風使う時とか大まかな風の動きまでイメージしてたのに?!」


 今までのイメージは一体何だったんだと驚愕する俳人は半信半疑で宙に手を翳し、収納魔法をイメージする。 

 その瞬間、宙に黒い穴が現れた。

 ただの黒い穴かもしれないと再びスマホを操作して黒い穴の中に入れる。

 すんなりと入るスマホを一度手放し、一〇秒ほど待ってから取り出すとそこには体感時間よりも一〇秒遅い時間を表示するスマホの画面があった。


「魔法って……イメージじゃないのかよ!?」


 完全に脳を無駄に酷使していただけだったと膝をついて項垂れる俳人に、ヒナはニヤニヤと嘲笑の笑みを浮かべながらポンと優しく肩を叩く。

 慰めてくれるのかと期待しながら見たヒナの表情に一層深く傷ついた俳人は怒りに身を任せ、黒い穴の中に植物の山を投げ入れた。

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