第一五話 ~さらなる異常~
目覚めてすぐにその異変には気付いた。
学校で、つい最近まで知らなかった者たちと一緒にいること以外は特におかしなところのない目覚めだが、爆発したように派手に寝癖のついた寝起きの頭でも即刻理解出来るほどの異変。
少し離れた位置にある新幹線の高架橋のさらに奥、そこにはただ巨大というだけでは誤解を招きそうなほどに巨大すぎる巨木が
既知の植物ならばこんな成長速度はあり得ない。
世界一成長速度が早い植物である竹ですら一日に一メートル強だ。
それに現代の田舎や無人ではない土地においてあのような巨大な植物は日照権などを理由に存在出来ない。
「あぁ~ッ! めんどくせぇ!! よく見りゃアレ一本じゃねぇし! 休ませろッ」
眠気など一瞬にして吹き飛び、あの植物の植物の考察や植物を中心に起こるであろう面倒事が即座に脳裏を過ぎった俳人はストレスをぶちまけるように叫ぶ。
ストレスで自傷するかのように前髪を鷲掴みにしながら情報を集めようとポケットに入れていたスマホを取り出してネットを調べる俳人。
「うおっ?! 富家さん、なんスかアレ!」
俳人の叫びで起きたのか背後から聞き覚えのある少年の声が届く。
「あー確か……川崎総司、だったか?」
「うす、俺の名前ほとんど話してないのに憶えててくれたんスね」
「ま、一応な。流石に全員の顔と名前が一致してるワケじゃねえけど」
ちらりと声の方向を一瞥し相手の顔を確認した俳人は少し記憶を探ってから名前を呟いた。
接触した機会と言えば一昨日に救助された時の僅かな時間。
総司の方は助けられたということで憶えていたが俳人はそうではない。
何十人と助けてきた中で、その中のただの一人でしかないハズの自分のことを憶えていてくれていたというのは素直に嬉しく、その何気ない記憶から俳人が本当に人の命を大事にしているということが感じられて尊敬の念を抱いていた。
「で、質問だが。俺も分からん、俺もさっき気付いて今スマホで調べてる所だ」
「へ~そうなんスか……」
先駆者としての在り方から勝手に『富家葉石ならば知っている』と期待していた総司は僅かに落胆しながらスマホを操作している俳人の姿を見つめる。
数秒だけその場に静寂が訪れていたが、ハッと何かに気付いた総司によって静寂が破られた。
「……って! そんなにスマホ使って大丈夫なんスか!? 通信制限とかでそのうち使えなくなるんじゃ!?」
特に通信容量を気にする事なく使い続けている俳人の姿に総司は至極当然な疑問を口にする。
俳人とてずっとスマホを使い続けているワケではないのだが、安全な拠点である皆がいる場ではスマホを使用する姿をよく見せていた。
その為総司たち一般人の多くが俳人は外の探索や戦闘時以外はスマホを頻繁に使用しているものだという認識がある。
「そういや言ってなかったか? 電気通信事業者が通信制限を無くしたって話」
「いや、初耳っスよ?!」
つまりはいくらネットを使用しても一切通信制限にならないという事。
その事を初めて聞いた総司は驚愕に叫んだ。
「それはサキサキだけじゃないの? 私は知ってたけど?」
今度は総司の叫びで目を覚ましたのか、またしても聞き覚えのある少女の声が廊下に響く。
「玉井……それマジ?」
「マジマジ。てかスマホ使ってたらすぐ入ってくる情報だし」
「皆やけに気にせずスマホ使ってると思ったらそういう事だったのかぁ……」
自分だけが気付いていなかったという事実に項垂れる総司。
それが面白かったのか千遥は総司に向けてケラケラと笑う。
「……でも流石富家さんっスね。そういう所にも意識を向けて大企業相手に交渉するんスから」
「え? は? アレ?」
二人の姿を子どもの平和な
「いや、なんでそうなった?! てか誰が初めにそんな事言った!?」
通信制限の廃止が俳人の手掛かりになるというキッカケのない称賛が人為的なモノに感じられた俳人はその言い出した人物の正体を問う。
「一昨日、芹那さんが。富家さんが色々やってくれたお陰で自分たちは罪悪感を抱くことなく生きられる、って言ってたっス」
「アイツ……なに言ってんだよ!?」
明かした記憶がないにもかかわらず芹那にはバレていたということと明かすつもりがないことが勝手に明かされていたという状況に口止めをしておけばよかったという後悔と、予想出来るハズかなかったという諦観を抱く。
「でも、まあ、言われなくても多分そのうち皆気付いてたんじゃないっスかね?」
「そうですよ。早いか遅いかの違いしかないですよ」
慰めるように向けられた言葉に俳人は思わず身体の動きを止めた。
「どういう事だ?」
「だって富家さん、ずっとスマホ持って険しい表情したり安心したり急に離れて行って電話したりしてたじゃないっスか」
「体育館って静かだから意外と外で電話してても『話してるな』程度なら分かるんですよ?」
総司と千遥から明かされた衝撃の真実に初めからバレる運命だったのかと嘆きながら、人前で使っても精神状況的に分からないだろうと侮っていたことを自覚し額を押さえる。
説教をされても根本にあった他者の軽視は簡単には拭いきれるモノではないことを自覚しながら俳人は気持ちを切り替えて情報収集に戻った。
「一応言っておくが俺がやったのは後押し程度だ。商売が出来ない状況で変に制限を掛け続ける意味はない、多くの人間が生き残れるように制限解除は早期に考慮していただろうから俺がやったのは実質は必要性の再認識くらいだぞ」
こんな状況だ。
多くの者が生き残るための術を探す。
それは作成したばかりの『富家葉石@冒険者』のアカウントが即座に認知されるようになったことからも分かる。
有事の際に生き残る確率を上げるものは情報だ。
そして現代において情報を入手する術はネット。
誰にでも分かる事であり、電気通信事業者であろうとネットを使う一人の人間。
自らの首を絞める気がなければ今後起こるであろう食糧難を考慮して生き残る人間を減らそうという利己的な人間であったとしても制限の解除にはほぼ確実に行う。
「それでも、誰もが自分のことを優先する中で知らない皆のことを考えられるのは凄いことですよ。富家さん」
「そうっスよ。自分なんてなんも考えてなかったっスから」
「川崎……それはアンタがアホなだけ」
何故か胸を張って言う総司に千遥は冷静に呆れながらツッコミを入れ、総司はアホと言われ慣れているのか自覚しているのか罵倒に納得の反応を見せた。
「やっぱ情報はまだ殆どないか。日本だけじゃなく世界中で似たようなことは起こってるが皆恐れて調査には行かないって感じだな」
「どうするんスか? 自分らも様子見した方が良いんスかね?」
「そう単純なものでもないでしょう、アレは。放っておいてどうなるか分かったもんじゃないわよ? 際限なく成長を続けて挙句の果てに自壊でもされたら倒れる方向関係なく大勢の命が規制になる」
未知に対する恐怖が強く、様子見を訊ねる総司。
好奇心が強いのかあまり臆することなく冷静に可能性を述べる千遥。
どちらも一理あり、一方を否定しきることは出来ない。
「ハッキリ言って情報の解像度が低すぎる。そもそもアレが見たまんまの植物だったら大きさ的に俺らの力でどうこう出来る相手じゃない。モンスターの類なら核があるハズだからそれを潰せば消滅させられるだろうが、やっぱりあのデカさだから核まで届くか分からん。かといって放置すると有毒だった場合色んな影響が及ぶ。……てことで、君ら今日一日あの周囲には近づくなよ」
思考を巡らせるようにこめかみを指で叩く俳人は二人に行動域の制限を命じる。
人手が必要になるだろうと考え、探索に呼ばれると思っていた総司は予想が外れ落胆すると同時に戦力外通告を受けた気分で俳人に問うべく距離を詰めようとし、千遥に止められた。
「どうしてっスか。あの規模……どう考えたって大人数で向かうべきじゃないっスか!?」
「止めなよ川崎、つい一昨日までモンスターにビビッて引きこもるような一般人だったんだから仕方ないって」
「戦闘経験の少なさで言ったら大して変わんないだろ? それに単純な身体能力で言ったら明らかに運動慣れしてない富家さんよりも運動部の俺の方が良いに決まってる!」
千遥の制止の言葉が返って仇となり、逆鱗に触れたかのように総司は運動部としての習慣となった年上への言葉遣いも忘れて俳人を軽視するかのように叫ぶ。
「……理由は色々だ。相手が俺も一切歯が立たない圧倒的強者だった場合確実にメンバー全員が死ぬ。相手が俺と拮抗した実力だった場合連携慣れしていない大所帯で行くと却って不利になる。相手が俺よりも弱かった場合だけが連れていける状況だ。単純な確率で言えば三分の一の確率で安全だが、そう単純な話じゃない」
命を賭ける状況において三分の一という確率は絶対に避ける数値であり、現実的に考えれば確率は更に小さくなるワケだから多くを連れて行けないというのは当然の話だ。
それには激昂したかのような総司も理解出来るらしく、怒りを増すことはなく言い返せないことで苦虫を噛み潰したようになる。
「総司個人の話をするとすれば、総司は圧倒的に経験が足りない。力があってもそれを扱える経験がなければ自分よりも弱い相手であっても負けることはおかしい話じゃないんだ」
「やっぱり弱いからっスか……」
どれだけ言葉を重ねても結局行きつくのは『実力不足』の文字。
弱さを突き付けられ、その文字に囚われる総司には俳人の言葉は納得させるための言い訳のようなものとしか認識出来なかった。
「そして総司、いや、君に限らずモンスターに襲われた皆に言えることだが……いざ実戦の時、モンスターがトラウマとなっていたら君たちがどんな行動をするか分からない以上全員を守り切ることは不可能だ」
恐怖しその場に
その為今回の探索においては精神状況が不確定な者は出来る限り連れて行きたくないというのが俳人の本音だ。
「だ、大丈夫っス! 俺は戦えます!!」
「そういう言葉は実際に戦ってから言え。上から目線に聞こえるが、口では何とでも言える」
行動の伴わない言動は無意味であり、誰でも出来ること。
そうでなければ口先だけの『三日坊主』などという言葉は存在しない。
「さ、佐伯だって戦えてたじゃないっスか」
「あれはお前らを助けたいって思いと、長い恐怖がなくなったという解放感と高揚感で戦っていたようなものだ、当てにはならない。時間を置いて冷静になりモンスターについて自分の中で色々考えた今、戦えるかどうかは分からないんだ」
救助された時の事を引き合いに出して戦いに加わろうとするが俳人は冷静にそれを否定する。
「それに総司、お前。俺とヒナが虎狼と戦ってたの見ただろ? 危険な奴も居るんだ、少なからず恐怖はあるだろ」
僅かとはいえ戦闘経験のある二人が戦って、決着の直前まで相手は無傷でいるほど実力のかけ離れた相手だ。
俳人たちの戦闘を間近で見ただけで実戦経験のない一般人と変わらない総司にとって強く恐怖するべき対象である。
「こ、怖くないっス!」
「全く?」
「は、はい!」
「んじゃもっとダメ。戦闘経験ない、センサーとするべき恐怖もゼロ、今日一日体育館でゆっくりしてると良いよ」
恐怖心がない、それは相手の恐れるべき、警戒するべき身体的特徴や行動に一切目を向けないということ。
何かを恐れる。
だからそれを回避しようと努力する。
自分の命すら顧みず、結果的に何も生まないような総司を現時点での先導者として戦場になるかもしれない場に連れて行くワケにはいかない。
「ま、そもそも君が戦えたとしても戦える人員全員連れて拠点離れるワケにはいかんから、ハナから少人数で向かうつもりだったんだ」
「チクショウ……」
「川崎……あの、富家さん。どうしてこんな状況でそんなに冷静で居られるんですか?」
恐れや他意があるかのように感じられる言葉だが千遥の目からそうではないと分かる。
「冷静、がどこを見て感じたものなのかは分からないが……俺は自分の優先順位が低い。だから俺は自分の守りたいモノを優先して動ける」
いくら口で偉ぶっても根本的なところで俳人は自己評価が著しく低い。
何かと否定の多い現代で、その影響を強く受けた俳人は否定に慣れている。
否定に慣れているということは俳人の中で自分の価値が低くなっていると言うことであり、それは相対的に周囲の価値を俳人の中で上げることになり俳人は優先順位の高い周囲のモノを守ろうと無意識に考えてしまうのだ。
「多分、冷静……とは少し違う」
「じゃあ、どうして多くのことを考えれるんですか? 普通目の前のことでいっぱいになるのに……」
「そりゃあ……色々考えてるからよ。ファンタジーだから科学を使わない? ファンタジーだから攻撃手段は桁外れな肉体と魔法だけ? 馬鹿を言うな。技術、文明、どちらも高い知性を持てば自然を気付き、築くモノだ。魔法の世界だろうと物理は大前提、魔法で技術の簡略化が可能な以上爆弾も、核だって使うかもしれない。現状人間は圧倒的劣勢、なら俺たちに残っているのは考えることだ」
異世界が現実のモノだとする。
その一方、地球には魔法が存在しない。もう一方、異世界には魔法が存在する。
地球では人間が文明を築き、異世界では同じ程度の知性を持った存在が文明を築いているとしよう。
どちらの世界の知的生命体も同じだけの年月を重ねたとする。
そうした時、地球では科学文明が発達し、異世界では魔法文明が発達するか。
この答えは否だ。双方が同じだけの知性を有するのならば魔法文明の発達が早い。
魔法文明は魔法がある分、科学の発展が遅くなると考えるかもしれないがそれは不十分だ。
確かに科学と魔法という二つの異なるモノが存在すれば研究する人員が割けて一時的に文明の発達は遅れる。
魔法があれば、その神秘性に惹かれて科学が蔑ろにされるかもしれない。
けれども、どうしてその事象が引き起こるのか、を追究するのが科学である以上どの時代にも一定数の『科学を求める者』は存在する。
そしてそういった者たちは科学者となり、魔法との複合を試み、やがて飛躍的な文明の発達を促すのだ。
魔法技術の存在する世界の文明は大器晩成だ。
「ま、普通に生きる分には考えなくても良いだろうから気にしなくていいから」
成人していないのは同じだが自分よりも圧倒的に年下な子どもに戦いを強要したくない俳人はそう言うとその場を離れ、身支度を済ませた後に高校にいる芹那に連絡をし、中学にいる者たちに軽い指示を出してからヒナと二人で問題の地へ向かう。
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