第一四話 ~統治者そして誓い~

「よう。ちょっと良いか?」


 一人でいた芹那を見かけ、俳人はヒナを連れて声を掛ける。

 屋上でジッとなにかを考えるように虚空を眺めながら座っていた芹那は、ある相談のために芹那の下に訪れた俳人の声に反応して二人の方を見た。


「仲良いのね、貴方たち」


 時刻は既に夜一一時。

 する事と言えば私的な用事と睡眠のみのこの時間に二人でいる姿を微笑ましく思ったのか、芹那は小さく笑うとそのまま身体の向きを二人に向ける。


「一緒に戦う以上仲は良くしとかないとな」

「まあ、俺も色々言われたし、な」


 俳人を横目に微笑するヒナと、その視線を感じて苦笑する俳人。

 今からちょうど二四時間ほど前の二人のやり取りを知らない芹那は僅かに疎外感を覚えながらも『そういう関係』なのだろうと下衆の勘繰りをして考えないことにした。


「それで? なんの用?」


 考えないようにしても疎外感はあるままで、その疎外感から逃れるように芹那が話を元に戻すと、俳人は思い出したような反応を見せ、ヒナと二人芹那の正面にゆっくりと腰を下ろす。


「単刀直入に言う。……芹那、アンタにここら一帯の統治を任せたい」

「…………は?」


 いきなりの本題。

 それも重要過ぎる申し出の内容に芹那は思わず社会人として培った演技を忘れ、間抜けな声を漏らした。

 呆然としながら社会人としては若く、高い地位に就いたことのない芹那は俳人から任されそうになっている『統治者』の仕事について必死に思考を巡らせる。


「やる事は主に魔物との戦闘と一緒に戦うメンバーの先導。孤児や家を失った者たちの保護。そして秩序の形成だ」

「それなら出来る……かしら? ちょっと待って、一度よく考えさせて」


 俳人の列挙した内容は大きく三つ。

 その数に芹那は一度(簡単なんじゃ?)と思い二つ返事で承諾し掛けるが他人の命運を担う重要な役目、安易に答えを出してはいけないと冷静になり発言を取り消すように手で静止しながら熟考をする。

 初めからすんなりと承諾されると思っていなかった俳人は静かに芹那の中で答えが出、それに芹那自身が納得するのを待った。


「……どうして私なの? 他の人じゃ駄目? もっと言えば……貴方とか」


 一度冷静になった芹那はそもそもの人選理由を訊ねる。

 高校における最年長は確かに芹那だ。

 それは紛れもない事実であり、中学校に訪れるまでは頼れる大人として振る舞おうと考えてもいた。

 だが実際、中学校には芹那よりも年上の者はいる。

 統治者が年長者から選ばれるというのならそちらでも構わないハズ。

 芹那は自身が統治者として選ばれた理由が分からなかった。


「そうだな……芹那なら出来そうだっていう勘と。後は冷静を心掛けているけど案外感情が豊かというか、意地っ張りだから。かな?」

「勘と意地っ張りだから、ねぇ? それって喜べば良いの? 怒れば良いの?」

「好きに受け取ってくれ。少なくとも俺は芹那のそこを見て、芹那なら『出来る』そう思って任せようと思ったんだ」


 基本的には理屈で考える俳人だが、意外にも自分の勘というモノは重要に思っている。

 そして芹那の性格である冷静さを心掛けた中に豊かな感情や意地があるというのは混沌とした今の世の中では大きなアドバンテージになるハズだ。

 普段冷静にいられるということは、思慮深くいられるということ。

 そして意地っ張りということは、窮地に陥った時に心を折ることなく保ち続けることが出来るということだ。

 今の世の中、魔物に立ち向かうのならば単純な武力よりも心の強さの方が圧倒的に強い。


「そう……じゃあ誉め言葉として受け取ることにする。ありがとうね」

「おう、そうしとけ」


 褒められたことが嬉しかったのか、重役を担ったことが嬉しかったのか、芹那は少しはにかみながらそう言った。


「じゃあ統治してくれるってことで良いんだよな?」

「ええ、貴方が利点だと思ってくれた私の『意地』。自分よりも年下の子が目の前で頑張ってるのに大人の私が情けない姿を見せられないっていう『意地』に誓って、貴方が折れない限り私も立ち続けることにする」


 前に進む理由などどんなモノだって構わない。

 御大層な正義感で取り繕わなくても、前に進めるのならば意地で動いても構わない。

 意地ですらなく、ただカッコ悪い姿を見せたくないという虚飾でも動けるのならば。

 俳人に命を助けられあの時から芹那の中にあった葛藤が払拭されていた。

 年功序列の染みついた日本で過ごしてきた芹那にとって年下に助けられるというのは言葉には出来ない複雑さの種。

 さらには俳人は男だ。

 助けられた瞬間に抱いた『年下に救われた』という心的複雑コンプレックスを解消するために無意識の間に『年下でも男だから』という言い訳を心の中でしてしまった己の卑しさ。

 複雑さが自虐心を呼び、芹那は表には出さずとも葛藤があった。

 けれど昨日。

 二人と虎狼の戦いを見た芹那はその葛藤に疑問を抱いていた。

 もし自分があの戦いに加わっていた時、二人と同じように立ち向かい続けていただろうか。

 もし自分が一人で虎狼と遭遇していたら、同じように守るべき人間が後ろにいても戦えただろうか。

 情けなく、みっともなく、臆し、膝を折り、這うように逃げていたのではないか。

 二人は強く、そして自分は弱い。

 その違いに自分を責め、二人とて怖いハズなのに立ち向かっている姿に、その心の違いを実感した。

 そしてその姿に、強い憧憬を抱いた。

 自分もそうなりたい。

 自分もそうでありたい。

 二人の生き様に気付けば惹かれていた自分がいる。

 決して見てくれが良いとは思えない。

 汚い獣の咆哮、無策に飛び出す少女、策を巡らすも容易く回避される少年。

 カッコよくはない。

 むしろ戦いで足を滑らせる無様を見せた。

 無傷の敵と満身創痍の少年少女。

 だが、その文字通りに泥臭い二人の生き様は人を惹く魅力がある。

 芹那の目にはその無様が尊く、美しく、そしてカッコよく見えていた。

 無様だろうと戦うその姿は惨めではない。

 無様でも構わない。

 その考えに芹那は辿り着き、己の葛藤が無意味に思えた。

 だから芹那は無価値なプライドを、意地を棄てようと思っていた。

 そして今、意地を棄てようとしていた芹那に俳人がその意地を肯定した。

 強く惹かれた人間に、手放そうとしていたモノを肯定された芹那はその意地を――

 意地を抱いて生きよう。

 卑下し、自虐し、葛藤し、迷走し、否定して。

 魅了され、肯定された芹那は、長い思考の果てにそう決意した。


「なら芹那に安心して任せられる。一生折れないみたいだからな」


 芹那の覚悟を理解した俳人は安堵の息を漏らし、その言葉を互いに誓うように拳を突き出す。


「そうだな。ヒナ、お前もなんか誓え。世界救済に向けての覚悟でも、その後の未来でやりたいことでもなんでもいい。誓え」

「は? そんな思い出したみたいな適当な感じで急に言うなよ……ちょっと待て」


 二人の会話に急に放り込まれ戸惑うヒナだが、大きく文句を言うことなく己の誓いについて考え始めた。

 明確に『これ』がしたい。

 そういう思いはヒナにはない。

 曖昧にゲームのようなこの世界で、今まで生きる意味を見出せなかった命を使ってスリルに溢れた戦いに身を置こう。

 ただそう思っていた。

 だから急に言われ、未来でやりたい『なにか』を想像出来なかった。

 けれどいつまでも考え込んで二人を待たせるワケにはいかない。

 焦るようにヒナは一つ思いついたことを誓うことにした。


「……自分勝手で、若干面倒くさくて、何ても一人でやろうとして、説教しても世界を救うなんて中二病くせぇこと言う馬鹿が、道間違ってもケツ引っぱたいて、折れそうになっても支えることを誓う」


 半ば愚痴のように吐き出される言葉に俳人は戸惑い、誰のことを言っているのか分かった芹那は俳人がそんなことをしていたのかと苦笑しながらヒナに続くように再び誓いを口にする。


「じゃあ、改めて。……英雄に至らんとする可愛い少年が折れない限り、その少年に救われた私自身も折れないことを誓うわ」


 そして二人が言ったことで俳人も己の誓いを述べることにした。


「思い上がり、少女に思い知らされた矮小なこの身を賭して、大切な者たちが安心して暮らせるよう世界に平和と秩序をもたらすことを誓おう」


 それぞれの誓いを聞き、三人は未来への希望と気恥ずかしさを混ぜた笑いを発した。

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