第八話 ~自己利益~

「やあやあ少年たちぃ~、と女の子もいた。てことで気を取り直して……やあやあ少年少女たちぃ、怪我はしていないかい? 今ならなんと、優しいお兄さんが手当てをしてあげちゃうぜ」


 軽薄なセリフとともに俳人は案内された理科室に入り、ふざけたことをするなとばかりにその頭をヒナが軽く叩く。


「さ、佐伯?!」

「サエキチ!」

「テル!」


 理科室にいた三人は俳人のあと、最後に入ってきた輝樹の姿を見ると驚愕に声を上げる。

 恐らく輝樹は居場所を聞くだけ聞いて助けに行くことを伝えていなかったのだろう。


総司そうじ! 玉井たまい! 正貴まさき! だ、大丈夫? 怪我はしてない?!」


 三人を心配する輝樹の必死な表情に三人は呆気に取られて「お、おう」などといった生返事を返す事しか出来ず、それを真面目に受け取った輝樹は露骨に安堵した。


「あ、この人が皆を助けてくれた人で、ひょっとしたら知ってるかもしれないけど……富家葉石さん、です」


 三人が俳人を恐れないようにという配慮で輝樹が紹介した瞬間、三人の眼差しが猜疑的なものから英雄を見るような憧憬のものへと打って変わる。


「本物!? でも……確かに言われてみれば動画で見た特徴と同じ……」


 三人の中で一番『富家葉石』を知っていたのか、はたまた唯一知っていたのか、玉井と呼ばれた少女は一歩踏み出し俳人の顔をジッと見つめる。

 締めきっていて薄暗い光源は廊下側から差し込む光のみだがそれでも人の特徴を捉える程度には目視することが出来、玉井と呼ばれた少女は輝樹の言葉を信じ感謝の言葉とともに深く頭を下げた。


「今紹介されたように俺はネット上で『富家葉石』を名乗っている。まあ感謝が欲しくてやったワケじゃねえからあんまり気にすんな、それよりもどんな些細な事でも良いから情報をくれないか?」


 事実感謝されたくて助けたワケではない俳人は過剰に感謝されるのは鬱陶しいと考え、遮られないようにと口早に問う。


「馬鹿か、今までずっとビビってた奴らに捲くし立てんじゃねぇよ……オマエ」

「お、おう……それもそうだな」


 他人との距離感を分かっていない俳人にヒナは溜め息交じりに頭を軽く叩いた。


「情報は……すみません、よく分からないです。あ、それと私たち怪我はしてないんで大丈夫です」

「そうか、まあ特に異常ないみたいで良かった」


 怖がらせたことに対して片手で「スマン」と謝罪しつつ取り出していた絆創膏を背嚢に収納する俳人。

 とりあえず戻るか、と呟く俳人は背嚢の中からブロックタイプの栄養機能食品と紙パックのお茶を手渡し木刀を構えながら理科室を出る。


「あの、富家さん、顔どうしたんですか?」

「ん? なんのことだ、ってああ……コレは俺もよく分かってない。朝起きたら首と顔が一部だけこうなってた、支障は特にないから安心しろ」


 戦いや救助の緊張感で痛みと熱を忘れていた事に気付き、痛みと熱を僅かに取り戻す俳人。


「え……首と顔だけじゃないっスけど?」

「それってどこ? まさか目まで白くなって……いや、これが色素破壊ならアルビノ的には赤か青か?」

「その……髪の毛が……一部だけ」


 総司に言われ顔の痛みと熱に意識を集中させると確かにその異常は右頬のみならず右目を取り込むように七割以上が侵食し、遂には頭部にも及んでいた。

 毛髪には神経が通っていないため確かめるように外ハネした髪を抓んで視界に収める。

 すると一切脱色も染色もしたことがなく、外出回数も極端に少ないためにほとんどダメージが無く色落ちの極めて少なかった光沢のある黒髪は光沢のある白髪に変貌していた。


「おおう、中二病くせぇ。ま、今更見て呉れなぞ気にせんが」


 自身の容姿に一切無関心の俳人はそう言いながら脳内で侵食速度の違いに関する考察と仮説を行う。

 部位による違い、細胞の生死による違い、単純な断面積や体積の違い。

 複数考え、その全てを保留する。


(今考えても意味ないのについ考えるのは俺の悪い癖だな……)


 少なくとも今は自分が納得出来るような結論も正解も出ないし今は思考を巡らせるような暇は全く無い。

 今は考えるべきではないのだ。


「なんと言うかソレ、アレみたいだな。何だっけ? ほら……マイケルジャクソンの……」

「あー『尋常性白斑』のことか? 言っとくが俺の見立てでは違うぞ。つってもまあ、仮説でしかないから言わんが」


 自身の知識の中で当てはまるモノを挙げたヒナの予想を否定しつつも仮説を放そうとしない俳人にヒナは不満をあらわにする。


「根拠のない考えをあまり無責任に吹聴したかぁねぇんだよ」

「なら根拠が見つかったら教えてくれよな」


 速攻で自分の予想を否定されたからか俳人の仮説に興味を抱くヒナに俳人はそれを肯定し意識を周囲の警戒に向けた。




「俺たちは校内回ってくるから、体育館の方の警備は任せたぞ」


 そう言うなり俳人はヒナを連れて足早に体育館を出る。

 もちろん出る直前、全員に逃げ遅れた者がいないか訊ねたが誰も知らないとの事だったため校内を虱潰しに探すしかない。


「なあ、その鞄の中って何が入ってるんだ?」


 一度上に移動してから追い出すように相手にした方が良いと考えひたすら上の階に移動しているとふと突然俳人の背嚢の揺れ方に違和感を抱いたヒナがそんな質問を投げかけた。


「ん? 大したモンは入れてねぇぞ、昨日の魔物発生時点からなにも食べていないことを考えた移動しながらでも食べられる食糧と怪我の手当ての道具、後は適当に探索に役立ちそうなモンくらいだ」


 実際、種類としてはその程度で間違いない。

 ただ一種類の個数が多いのだ。

 手当て用のタオルを巻いてクッションにする事で物音が出ないようになっているため音からはあまり中身が入っているようには思えないが、その見た目からは内容物の質量は見て取れる。

 タオルを巻いているため背嚢が角張っている、ということではなくヒナが違和感を抱いた通りの重さゆえの揺れ方の小ささだ。


「重くねぇか? ソレ」

「うんにゃ? 腕で持つわけじゃないから普通に楽。そもそも学生時代の鞄の重さに比べりゃ軽いだろうし」


 もちろん俳人の学生時代の鞄内容がおかしかったというのもある。

 時間的に全部読めるワケでもないのに『ふと読みたくなった時に読めるように』という理屈で学校の小カバンに20~30の小説及び紙媒体の辞書を入れていた男だ、確かにその重量に比べたら大したことはない。


「なら良いんだけど」


 荷物を任せる気がないと理解したヒナは荷物に対する言及を打ち切り、無言で俳人のあとを追う。


「と、木刀構えろ。敵さんのお出ましだ」


 突然足を止めた不信感にヒナは俳人がそういう前に既に木刀を両手で強く握っており、場所も俳人の後ろから俳人の隣に移動していた。


「ヒナ、そこまで強く握る必要はない。強く握るのは振り始めと当てる瞬間だけで十分だ」


 明らかな過剰な力み、その影響で木刀の先端は大きく揺らがせているヒナの手に乗せるように手を触れ落ち着かせる俳人。

 当然の事だがそんなことで人の緊張というものは解れない。

 心を許している相手ならばともかく昨日までは赤の他人、俳人の言葉で命のやり取りを目前にリラックス出来るワケがない。


「既知の日常は忘れろ、今俺たちの日常は戦いだ。逸るな命を棄てることになるぞ」


 冷たく聞こえるその言葉。

 だが今この世界では悩む時間など与えられていないに等しいのだ。

 突き放すような言い方をして奮い立たせでもしない限りこの世界では生き延びられない、そういう考えで俳人は偉そうな物言いを意識していた。


「分かってるってのッ、上から目線で言うなッ!!」


 多少の反感は買ったもののおおよその目論見通り奮起し飛び出すヒナ。

 あまりにも分かりやすく、猪突猛進なヒナに心配、不安、焦燥などの入り混じった溜め息を交えながらそのカバーに努める俳人。


「ちょっと考えなしに突っ込み過ぎじゃありませんこと? オニーサンは心配よ」

「だからそーゆーのヤメロ。私が強くなるために動けて補助で連携練習も出来て有難いだろ」

「疑問系じゃなくて言い切りやがった。……ハイハイ、さっさと今のうちにヒナの動きの癖でも見させてもらいますヨ」


 ヤレヤレといった風に軽い溜め息を吐くなりすぐに俳人はヒナに襲い掛かろうとするゴブリンたちを蹴り飛ばし、完全な同時攻撃が行われないようにタイミングをずらす。

 それまで戦っていた相手が近くにいようともその相手が視界から外れていて、また別の相手が視界に入っていればすぐさまそっちに襲い掛かる低度の知能しか持ち合わせていないゴブリンはダメージが溜まらない程度に俳人に遊ばれた挙句ヒナの相手とさせられた。




「ザっと見た感じ左の意識が弱いな。右が利き手利き足か?」

「あ~そうだな。右利きだな」


 実際少し考えるように頭を掻いた手も右手だ。


「なら早いところその癖直しておけよ。守ろうにも守れない状況ってのはあるからな、最低限自衛出来るように頑張れ」

「……やっぱムカつくな」


 反感を買いやすいというのは俳人も自覚している。

 それでも一日差だがアドバイス出来ることがあるのは確かで、その出来るアドバイスをせずに戦いに放りだそうとするほど腐ってもいない。


「俺は助言出来るところを助言するだけ、デケェ面する気はねぇよ」


 とうの昔に中二病のピークは過ぎている。

 中二病を拗らせた子どものように自分独りで全てを成せるとは傲慢癖のある俳人とて思っていない。

 自分一人で背負い込む気など更更ないのだ。

 不信癖があるため時間は掛かるだろうが仲間を作るつもりもある。

 そもそも根本的な部分として俳人は面倒くさがり屋だ。

 投げれる仕事は平然と投げつける、それが重見俳人という人間だ。


「さっさと強くなって俺の仕事半分請け負えるようになってくれよ、てかむしろ俺が要らないくらい強くなってくれても良いぞ」

「はッ、世界救済のためにさっさと使い潰されろ」

「人のささやかな期待を鼻で笑いおって」


 口ではそういうもののそんな状況は俳人にとって宝くじで億の金を当てるような可能性。

 馬鹿にされたところで気にする事はないしそもそも精神に影響を及ぼされるほど大きな期待もしていない。


「救いたいと思ったモンは全部救うが潰れる気はねぇよ。俺はあくまで俺の為に動いてる、自己犠牲の聖人様じゃねぇんだ」


 俳人がそういうもののヒナからしてみれば自分の為に世界を救う。それも自己犠牲ではないという言葉に納得は出来なかった。

 自己利益の追求というのは今の状況で言ってしまえば店に置いてある物を独占、自分が助かるために他者を囮に逃げる。

 そういった類の行為。

 自己利益を追求した結果どうすれば世界救済に辿り着くのか。

 いくら考えようともヒナには理解出来ない事だった。

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