第七話 ~救助~
閉じた校門。
周囲には魔物はおろか人間の気配すらない。
「見える範囲に敵影はなし、と」
とはいえ今二人がいる正門付近から覗き見える範囲など高が知れている。
程度で言ってしまえば状況の表面すら見えていないと言っても過言ではない。
「ヒナはここのこと知ってる?」
「生憎、ヒナはここの存在を今日初めて知ったばかりだ」
「何も知らない、と。門の高さなんて二メートル程度だから越えれるが不法侵入……うん、どうでもいいなそれ」
基本は
「おーい。私はどーすりゃ良いんだよ」
「自力じゃ無理?」
「無理。こっちも荷物あんだよ、てかむしろテメェがその荷物量と昨日からの疲労で登れた方が理解出来ないっての」
無理をしているというにしてもあまりにも不調を感じさせない身体能力の高さや軽快な動作にヒナは一時は抱いていた俳人の無謀を頭の中から振り払う。
「よっと。……んじゃほれ、足乗せろ」
跨るように半身を門の内外に出していた俳人がジャンプして門の中に着地したかと思えば門の柵の隙間から手を伸ばしてそこに乗るように促した。
「……まあ、分かった」
本人が良いのならば自分は気にしないとあまり躊躇せずに差し出された手に足を乗せるヒナ。
軽く土を落としてから乗せられた足を滑り落とさないように掴んだ俳人はそのまま手の位置を固定した状態で一度しゃがみ込み、脇を閉めて腕を固定するとそのまま持ち上げるように立ち上がる。
「ここまで上げりゃ登れるか?」
「まあ、イケるが……その細腕でよく持ち上げれたな? 骨法でも習ってたのか?」
「いや? 俺は完全な運動音痴だぞ? ただ単に力の入れやすい体勢を適当に繋げただけだ」
運動音痴ゆえの思考。
肉体の操作を苦手としていても動けるように普通ではしない楽な身体の使い方を探すという行為。
日常生活で使う程度であって戦闘などに役立つ身体の動かし方は知らないが、門扉に体重を掛けた状態のヒナを上に上げることくらいなら可能だ。
「シュタァッ」
「着地音を口で言うスタイルかよ」
「思わず言っただけだ、そんなスタイルはないっての」
茶化すような俳人の言葉に素のトーンで答えながらすぐに木刀を構えて周囲を警戒するヒナ。
「そこまで気張らなくて大丈夫だ、さっき登った時にちゃんと確認してる」
経験値としてはたった一日の差のハズ。
けれどもその一日が鮮明に実力の差だとヒナに突き付ける。
「校舎配置図は……ザックリとしか書いてねぇな」
門を越えてすぐ右手、どこに何があるか程度のみの簡潔な配置図。
簡単に表現すれば正方形の右約半分、東側には北館中館南館および本館の四つに分かれた校舎があり北館西側にはプール武道場、残る左半分である西側がグラウンド、後は飛び出るようにして東側中央やや北寄りにテニスコートが存在している。
「あ~避難してるとしたら本館二階の体育館もしくは武道場か? 外部の避難のし易さなら目と鼻の先の体育館、正門から敵が来ることを想定してるなら武器もありそうな武道場、普通の教室とかだと探すの面倒そうだな」
今いる中学校の勝手を知らない俳人はどこから体育館に上がれば良いのかすら分からず思わず首を傾げそうになっていた。
「どうせ最終的には全部見て回ることになるんだからどうでもいいんじゃないか?」
「ま、それもそうか」
ブツブツ言ってないでさっさと先に行こうぜとばかりに促された俳人は今にも単独行動を始めそうなヒナとともに本館に侵入し、周囲の確認を行いつつ二階にある体育館に向かう。
階段を上った先に敵がいる、なんてことがあっても良いように口を噤み武器を構えた状態で俳人が前ヒナが後ろに立ちそれぞれ前後を警戒しながらゆっくり二階へ上がった。
幸い階段を上がった先に敵影は確認出来ない。
背後から、なんてことが無いように天井方面にも意識を向け、それでも敵の姿を確認出来なかった俳人は体育館の扉に手を掛ける。
「せぁああああッ!!」
「は?」
扉を開けると、その陰から一人の少年が現れ俳人に向かって棒を振り下ろそうとしていた。
唐突ながら対象は違えど警戒をしていた俳人は右手の鍛錬棒で防ごうとし、重さに腕が負けて間に合わないことを悟ると鍛錬棒を手放して素手で襲い掛かるその棒を受け止める。
「ッ……」
「人ッ?!」
ペチンという肉を叩く音と共にゴッという肉越しに骨が当たる音が周囲に響き、直後にそれよりも大きなドゴンという重い物が床に当たる音を床の振動と共に響かせた。
前日のダメージが尾を引く右手で咄嗟に受け止めた俳人は小さく呻き声を発し、少年はその声に正気を取り戻して俳人に当たって止められてもなお床に叩きつけようと込めていた力を抜く。
「おうおう、モンスターと戦う気があるのは感心感心」
押し出すように掴んでいた棒に真っ直ぐ力を入れて手放す俳人は少年が戸惑っている隙にヒナを連れて体育館の中に押し入り、人が来るとは思っておらず呆然としている少年を無視して扉を閉め、体育館の中を見渡した。
「あ~……この中に治療を受けていない怪我人はいるか? いるなら詳しい話をする前に先にそっちを手当てしたいんだが」
体育館の中には高校よりも多い数の避難者が集まっていて、皆一様に希望もなく暗鬱とした雰囲気が体育館中を支配している。
入った瞬間は魔物への恐怖、俳人たちを人間だと理解した途端の落胆。
無慈悲な死や現状を変えられるワケがないという失望、そういったマイナスな感情がこの空間には広がっていた。
「特に負傷者はいない感じか? ならこの場所以外に人が避難している場所を知らないか? 集団でも個人でもいい、逃げ遅れモンスターに怯えて集団と合流出来ない者を知っているなら場所を教えてくれ、すぐに助けに出る」
十秒ほど待つも一向に負傷者が名乗り出ないことから恐らくはいないのだろうと考えた俳人は持っていた鍛錬棒を木刀袋に収納し、ヒナの持つ木刀と同じくらいの長さの短木刀に持ち替える。
「どうしたんだ? 腕でも疲れたか?」
「いや、分かってはいたがやっぱり筋力が合わん装備は扱い辛くてな……多少攻撃力が落ちてでも操作性を取った方が命のやり取りする上では良いだろうからな」
その場で軽く上げて振り下ろすだけや横に薙ぐだけの素振りをし、速度、切っ先の位置、手首の角度などのズレを意識して修正を行う俳人。
実時間にして一日も扱ってはいないが戦闘という非日常に少しでも早く対応すべく深層心理に刻まれた武器の扱いの認識を書き換え――否、パターンを追加する。
これは一つの武器の扱いに集中するのではなく一度扱った経験はそのままに、引き継いだ経験を生かして別の武器の扱いに役立てる方針だ。
「流石。重い棒使った後に私と同じ武器だと動きが違――」
単純な筋力量の差、というよりは直前まで尋常ではない負担の掛かる重い物を扱っていたがゆえの一時的な心理的リミッターの解除に称賛を送るヒナ。
だが『動きが違う』そう言い終えるよりも早くさっきとは別の少年がヒナの言葉を遮って俳人に声を掛ける。
「あ、あの! 富家葉石さんですか!?」
「……あ、おう。まだ呼ばれ慣れてなくて反応が少し遅れた。んで? 何だ、他の奴らの居場所でも教えてくれるのか?」
呼ばれ慣れてないから、というよりは話しているところに急に割り込まれたからというのが一番の理由なのだが、わざわざ言うモノではないと切り捨て適当な理由で言い訳をしながら要件を訊ねる俳人。
「ほ、本物なんだ……。あ、は、はいッ。全員ではありませんが僕の友人が三人ある場所に逃げ隠れているとラインで連絡がありまして、さらには今すぐ側に魔物? モンスター? がいる――」
「場所は!?」
「――と。……あ、はいッ、り、理科室です!」
「分からん! どこだ!?」
「な、なら案内します!」
「頼んだ!」
ブツブツと本人であることに感動を抱きながら逃げ遅れた知人のことを伝えようとする少年に俳人は食い気味に場所を問い詰め、周囲の干渉を受け付けないほど素早く案内を取り付けた。
「な、なら俺も行く! アレを倒せるってんなら俺も戦うぞ!」
気弱な少年を連れて体育館を飛び出そうとした瞬間、ついさっき俳人に棒を振り下ろした少年が棒を握りしめ僅かに膝を震わせながら叫び志願する。
武者震いではなく明らかな恐怖から来る震え。
だが俳人は犠牲を恐れた拒絶ではなく、その勇気を称賛した。
「今は俺が守ってやる。だから今日中に戦力に数えれるように進化しろ、良いな? チキン小僧」
「だ、誰がチキンだ! 誰が小僧だ! 俺は
「あ、ぼ、僕は
「お、おう。ならお前ら、行くぞ」
背後から飛んでくる「名前教えたんだから名前言えや!」という叫びを無視し、俳人は二人にちゃんとした武器を渡しつつもう一人から伝えられる道案内に従って魔物が居るという理科室に向かう。
~~~~~~~~~~
「敵数五、対象ゴブリン、警戒は手の攻撃。俺が二匹相手する! 残る三匹はそれぞれで相手しろ!」
微々たる経験値の差とはいえそれを含め体格差などによる確かに存在する実力差。
それを加味して俳人はゴブリンを二匹相手取ることを決定した。
もちろん俳人も真正面から戦って確実に無傷で居られるほど強くはない。
コンビニ付近で戦った時はあくまでも先手を取った上で攻撃方向を自由に決めることが出来る、などの有利に働く要因が存在したからだ。
対して今はお互いに攻撃方向がほぼ一方向だ。
戦闘経験が乏しい者が戦うには不利になる点が多い。
「ふッ!」
短い呼気。
まるでその音が爆発音の代わりだったかのように俳人は深く身体を沈み込ませてからの短時間でゴブリンたちとの距離を詰め、一匹を木刀で叩き倒しさらに一匹を後ろ回し蹴りで同じ方向に蹴り飛ばした。
五匹のうち二匹が隊形を離脱し、その元凶である俳人は残る三匹の
「顔面を狙ったんだが……首に逸れたか」
武道経験のない俳人は普段では行わない脚の可動域での後ろ回し蹴りを行い、脚の伸ばしが足りなかったか単純に高さが足りなかったかその両方かによる狙いの誤差に足技の特訓も視野に入れていた。
その中で、俳人の死角から襲い掛かる三匹に対応が遅れた三人は無防備な俳人の姿に目を見開く。
「折角意識を俺に集めてやったんだからその隙に叩けよオマエラ……」
一見無防備に見えた背中ながらも幼児のようにドスドスと踵で歩く音と床の振動でその大まかな位置を察知していた俳人は片足を軸にして素早く身体を反転し、首に掛けていた緊急用の
瞬間、反射的に耳を塞ぎたくなるほどの大きく甲高い音が笛から発せられ、使用者である俳人を除きヒナ、智也、輝樹は当然ながら大きな音に耐性の無いゴブリンは意識を朧気にする。
「オラッ! それぞれちゃんと一匹ずつ倒せよな?」
呆然とする三人に短くサムズアップを向けると意識を朧気にする三匹のゴブリンに強弱をつけることで到達点に距離が生じるように蹴り飛ばした。
攻撃を意識していなかったゴブリンたちは無抵抗なままおおよそ俳人の想定した場所に転倒する。
「……はッ!? 二人とも! アイツは言ってなかったけど首を叩くとかの急所攻撃しないとほとんど意味ないから気を付けて!!」
一戦の経験が有利に働いたのか真っ先に正気を取り戻したヒナが残る二人に声を飛ばす。
命が掛かっているからかこれまでと違って大きく発せられた声で二人は遅れて無事正気を取り戻しヒナの助言に従って首を睨みながら俳人の指示通り手に警戒を向けた。
「たぁッ!」
俳人を真似するように短くされた気合の一声とともにヒナが一早く木刀をゴブリンの首に叩きつけ、それに続くようにして智也、輝樹の順に木刀で首を薙ぐ。
だが年齢的には高校生ながらも腕力は乏しい少女と中学男児の弱い一撃、油断していたゴブリンたちの体勢を大きく崩させるのには十分だが殺すには至らない半端な一撃。
「追撃を忘れないで!」
半端な一撃。
三人の中でそれに対応出来たのはやはり一戦の経験から自身の攻撃が弱いと自覚していたヒナだけだった。
弱い一撃を以て敵の隙を生み、一撃に踏みとどまらないために木刀を振り抜いた体勢を次の始まりとなるように木刀を握る両手の上下を切り替え二撃とする。
「ああ!」
「うん!」
ヒナは二撃を以てゴブリンを屠り、二人はそれに勇気づけられたように遅れてゴブリンを屠った。
「ヒナ、グッジョブ。……俺が言い忘れてた事を助言したこともだし、ちゃんと一戦から多くの経験値を得ているみたいだな」
いつの間にか二匹のゴブリンを倒し終え三人の戦闘を観戦していた俳人は魔石を回収した後ヒナに近付きながら称賛を送る。
「……言わなかったの、ワザとだろ。オマエ」
「……さてさてさーて? 一体全体なんのことやら?」
肩を引っ張り身を屈ませ二人には聞こえないように小さく耳打ちをするヒナに対して俳人は
「二人もご苦労さん。力が乏しいからこその技を使った連撃、俺も学ばせて貰ったぜぃ」
子どもを褒めるように二人の頭にポンと乗せられた手に智也は「子ども扱いするな!」と憤り、輝樹は「富家さんでも学ぶんだ……」と俳人の言葉に僅かな驚愕を露わにしながら褒められたことを嬉しそうに頬を緩める。
「経験値的にはそっちのが上だろ? 私らからアンタが何を学ぶんだよ」
「ん~? 別に『力がある』=『強い』ワケではないだろ、俺は中途半端に力があるからゴブリン程度なら一撃で倒そうと思えば倒せる。先方は一撃必殺、ヒナみたいな連撃タイプじゃなかったろ? けど腕の負担もあるし今後も一撃で倒せるとは限らない、つまり今後は攻撃に手数が必要だってさっき気付いたんだよ」
使い、生み出す『技』というものは基本的に強さやタイプによって異なるのは当然だ。
速さを利とする者ならばその速さを活かした技や速さで劣る相手に対処する技を使い、考え、生み出す。
「今更かよ。ゲームみたいに色んな敵がいるに決まってんだろ」
「ヒナ、ここはゲームじゃない。……だがこれまでの現実と違うのも確かだ。これまでずっと簡単に進化するワケがないと考えていたが、こんな奇天烈生物に現実や常識を当てはめるのも確かにおかしいな」
ゲーム感覚で動いているといつか命を失うぞ、そう諭すかのような真面目な声音で話したかと思えばフッと小さく笑いヒナの考えに同意するかのように話す俳人。
「全世界で同時に出現したことから考えてもモンスターは無から生まれたもしくは超常的な要素で既存ではない非生物的な誕生をしただろう。つまり今後より強大なヤツが生まれるかもしれないし超常的な進化速度で強くなるかもしれん、だから今のうちに連撃の技を学べたのは感謝してるぜ? ホント」
「分かってたなら自分で……」
「生憎と俺は運動音痴だからな、戦闘の勘ってのが無いもしくは鈍いのよ。だから自分で膨大な時間を掛けて考えるよりも他人の技を見た方が速いってな」
自分が言いたいことを言い終えるとヒナの言葉を待たず二人に「怪我ぁないか? 手首痛めたとか足捻ったとか」と手当ての道具に手を伸ばしながら訊ね、問題ないと言われ演技がかった露骨なしょんぼりさを醸し出す。
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