第六話 ~戦闘~

「ヒナ、俺はお前に命令をするつもりはあまりないが一つだけ例外を作っておく……逃げろと言ったらなりふり構わず逃げろ、葛藤と綺麗事が通用するのはフィクションだけだ」


 誰もいない乗り捨てられた車だけが存在する道路をゆっくりと北上する俳人はともに行動しているヒナにそう命じる。

 お互い決して目も顔も合わせようとはせず、俳人は年上であり責任者として命じヒナは風と足音だけの場に生唾を呑む音を届けた。


「……理由は?」

「信頼関係の無さと連携力の無さ……そしてヒナを死なせないため」


 命の危機という状況において信頼関係など関係なく行うことが出来る行動は、逃亡。

 命の危機という状況において連携力の無い連携が生み出す結果は、死。


「私も死ぬ気はねぇが……解せねえな。朝の行動を見る限りアンタは理屈で動いている、そんな人間が戦力としての価値を見出していないヤツをどうして生かそうとする? 守るではなく逃がすを選択しなければいけない状況という事はアンタ一人では死ぬ可能性もある相手という事、アンタが死ねば昨日言っていた『世界を救う』事も出来なくなる。それを目的にした時アンタと私とじゃ価値が釣り合わねぇ、どうして私を生かそうとする?」


 成りかけの『象徴』と周囲に一切認知されぬ『塵芥』。

 理屈で思考する人間ならば一〇〇人中一〇〇人が、成りかけとはいえ価値を見出せる反撃の『象徴』を選択する事だろう。


「鋼錬の『一は全、全は一』って知ってるか?」

「え? あ、ああ……漫画もアニメも見たことあるから当然。エドやアルという『一』を含めたモノが『全』であり『一』無くしては『全』は在り得ず、『全』という土台があるからこそ『一』が存在し得る、ってヤツだろ?」

「理由の一つはそれと同じさ。俺が救おうとしている『世界』にはヒナ、お前も当然含まれている。もちろん今こうしている間にも死んでいっている人間を救えるなんて思わない、火野映司ひのえいじ的に言えば俺が助けられるのは手の届く範囲の人間だけ。そしてヒナ、お前は俺が助けられる――手の届く範囲にいる。なら生かさない理由はないだろう?」


 助けられない存在を諦めるのと助けられる存在を助けないのとでは話が違う。


「世界を救おうと考えている人間が助けられる人間を見殺しにしてどうする。もし俺が生き残って、お前が目の前で死ぬようなことがあれば俺は生きる意味を見出せねぇ。俺は自分の無力感を理解して、今動く理由の一部は無力への打破もある、だからそんな無様で無力なことがあれば俺は生きようとは思わない」


 自己の生への執着が限りなく薄い俳人が今こうして生きている理由は『未知への探求心』と『自己否定』が大きかった。

 生きる目的もないまま生きるくらいなら死んだほうがマシ、という考えの強い俳人は未知を既知に変えるという目的と、これまで何も出来なかった無力感を拭うために動いている。


「つまり、モチベーションのために私を生かす、と?」

「まあ、平たく言えばそうだな。人は理由なしには生きられない、人は理由なしには動けない。生きる理由を持たない奴は無力感に苛まれる。苛まれて苛まれて苛まれて、生きるのが嫌になって突発的に死を選ぶ。俺はそんな惨めな死に方はしたくない、死ぬならとことん自分のやりたいことやって喜びの中で死を受け入れて死にたいんだよ」


 無力感というのは全てを蝕む強力な『毒』だ。

 無力感に一度触れれば自分を見失う。

 一度の失敗であっても、それが自分の『大切』に関する失敗であれば確実に全てに影響を及ぼす。

 目の前で人を失えば同じことが起きる恐怖に囚われ、頭に失敗が染みつき、染みついた失敗は関係の無かったはずの行動にすら魔の手を伸ばし、全てに対して『失敗』の明確なビジョンを強制的に生み出させるのだ。

 結果としてそれは全ての行動に対する行動意欲を失わせ、全身を地の底へ捕らえる。


「……ならお前に私も一緒に戦うことを止める筋合いはねーな。私だってただ助けられるのは御免だ、少なくともいい歳こいて夢物語を語る面白いバカを死なせてまで生きようと思うほどクソじゃねぇ。前時代なら兎も角娯楽の無い世界だ、面白い奴ごらくを失ってまで生きるつもりはないぜ?」

「くっ、こりゃ一本取られたな。それを引き合いに出されちゃ確かに止められねぇ」


 自分が生きるために人を生かす、そんな理由を逆に利用された俳人は一瞬キョトンとした後で失笑し同意するように首を縦に振った。


「幸いこの辺でも海外でも強力な敵の存在は確認されていない。だからまだ楽に敵を倒せる今のうちに連携を身に着けるぞ」


 少し挑発的な笑みを浮かべながら俳人はそんな風に話す。


「いいぜ、やってやるよ」


 それを見たワケではないが、どことなく挑発的な声音から感じ取ったヒナは俳人と似た笑みを浮かべた。


「……っと、そんなことを話してたら練習台に打ってつけの魔物がいたぞ」


 ピタリと脚を止め見つめるヒナが担当していた警戒方向の先には、逃げるためにコンビニの駐車場に放置された車の陰に隠れるようにしている小さな異形の姿があった。

 遠いため正体も正確な数は不明だが複数、それも三匹以上。

 そのことにすぐさま気付いた俳人はヒナに武器を構えさせると物陰を伝ってモンスターたちの近くに迫る。


「アイツはゴブリン、数は五。警戒するのは手の攻撃、威力は容易にコンクリを破壊。ただし他の身体能力は低く動きは遅いし通常の視力も動体視力も良くないから死角に入れば対処は存外簡単。耳は弱いため多少の足音は聞き漏らすがその音への不慣れさゆえに耳元で大きな音を立てれば一時的に混乱状態に出来る」

「おおう、なんとなく予想はしてたが昨日のあの短時間でコレを調べるのはスゲェな」


 懐から取り出したメモ帳から読み上げられた内容に驚愕を禁じ得ないヒナはほんの僅かに目を見開きながら脳内でいくつかの作戦を組み立てていた。

 思考四秒。

 実戦経験はおろか訓練経験すらないためにイメージした動きが実現可能かどうかはさておき、いくつかの動きを決め終えたヒナの顔を見た俳人は指と共にカウントする。


「三、二、一、ゴーッ」


 合図と共にヒナが前に立って隠れていた物陰から飛び出した。

 素人が下手に音を消して動くことを意識してもかえって失敗する可能性を増やすだけという俳人の指示に従って足音を響かせ全力で突撃するヒナ。

 ベゴンッと、大きな音を響かせながらヒナはボンネットを足場に屋根ルーフの上に駆け上がり、そのまま跳躍して円陣状に腰を下ろしたゴブリンたちの向こうに着地して反応されるよりも早く背を向けているゴブリンの首に向けて木刀を横に振る。


『グギャァッ!?』


 だが戦闘素人、運動はランニング位で上半身のトレーニング経験は皆無のヒナの狙いは僅かに上に逸れてゴブリンの後頭部を強打することになった。

 非力な少女の攻撃とはいえ小さなゴブリンが相手の為、圧倒的に体格差があり重心から大きく離れた位置を殴られたゴブリンの身体は前に向かって大きく傾く。


「ふッ!」


 それに続くように短い気合の声と共に俳人の攻撃が別のゴブリンを襲った。

 一日の長とはいえ、あるのとないのとでは攻撃の威力に大きな差が存在し、若干のズレはあるもののほぼ狙い通りに首を捉えた攻撃によって首は嫌な音を発しながらゴブリンは車に叩きつけられる。

 叩きつけられたゴブリンはそのまま力なく倒れ、叩きつけた際に起こった衝突音によって残ったゴブリンたちの気が一手に集中した。


「大きな音で気を惹けるってのはマジなんだな!」


 視線が外れたことにより警戒心が薄らいだヒナは緊張感もなく思った通りのままの感想を述べる。

 とはいえ動きを止めたワケではなく、残った内の一番左にいたゴブリンを左から右に払った木刀でアスファルトに倒した。


「ほらっ、そっちだ!」


 このままならば行動を起こされるよりも早く倒しきれる、そう思っていると不意に俳人が嗾けるように相手取っていたゴブリンをヒナに向けて蹴り飛ばした。


「ちょ!? なにやってんだよ、オマエ!」

「ん~……? レッツトレーニング? 木刀を壊されないように気を付けながらネ」

「ふざけんなよ……。無理に決まってんだろうがッ」


 とは言いながらも拒否出来ないと理解したヒナは余裕が出来たタイミングであっかんべーと舌を出して不満を表現する。

 勿論俳人もヒナを殺すためにやっているワケではない。

 三匹を殺し、数を調節した上でヒナがゴブリンを叩き倒したタイミングで自分が相手取っていたゴブリンを嗾け、ヒナが叩き倒したゴブリンを叩き起こしてタイミングを調節する。

 つまりほとんど休憩の無い戦闘実戦訓練だ。


「もし間違って木刀壊された時は言え、おかわりはいくらかあるからな」


 休ませる気はないという悪魔のような言動と表情はヒナの頬を大きく引き攣らせる。

 それに対して俳人は楽しそうに見ながらゴブリンの身体を突き、脚を掛け、翻弄していた。


「ホラホラァ、ちゃんと正確に、強く攻撃しないといつまで経っても倒しきれないぞー」


 煽るように半ば棒読みでそう声を飛ばすとヒナが疲労から来るストレスと煽りのストレスを混ぜたような叫びを発する。


「こっちは初戦闘なんだよ。つーかオマエは出来んのかよ!」


 使用している武器はヒナが木刀に対して俳人は金属製の鍛錬棒。

 単純な攻撃力が違うだろうがと叫んだヒナ。


「ハハッ。見てなさい……やっ、と」


 茶化すように裏声で笑ったかと思えばゴブリンを蹴り倒し、その短い間で武器を短木刀に持ち替えた俳人はゴブリンが起き上がり襲い掛かってくるのを待って素早くその首筋に一撃を入れる。


「はぁッ!? 昨日まで素人なんじゃなかったのかよ?!」

「おう、昨日までロクに運動しないモヤシだったぜ? そのせいで戦った反動が余計強くて腕が若干痛いがなぜか逆に調子が良いぞ」

「オマエ……マジで世界救えるんじゃねえのか?」


 昨日見た戦闘の姿よりも圧倒的に差のある動きにヒナは疑問を叫び、俳人の夢物語に信憑性を感じながらゴブリンを突き倒す。

 起き上がろうとしている隙に木刀を構え、今さっき見たばかりの俳人の動きを思い出してその姿に自分を重ねるヒナ。

 深く集中をし、ゴブリンが起き上がり自分に向かって飛び出したと認識した瞬間、鋭く木刀を振り切った。

 その一撃はヒナの想像通り的確に首を捉え、首から下を動かせなくする。

 結果としてゴブリンは霧散し魔石を残した。


「お疲れさん」


 労うようにそう声を掛けた途端、緊張が解けたようにヒナは木刀を杖代わりにしてその場に蹲る。

 そんな姿を見た俳人は『普通はこんなものか』と他者に戦闘をさせる時の目安としてヒナの姿を強く記憶し、冷や汗の入り混じった汗を拭えるようにタオルをヒナの頭に載せて地面に落ちた魔石を回収すると一度周囲を確認してからコンビニの中に入りその商品状況を確認する。


「目立つような形で一部だけゴッソリ持っていかれてはいない、か。開けっ放しのレジの中身は……問題なし、自己中心的な火事場泥棒はいないみたいで感心感心」


 一部商品棚から零れ落ちて潰された商品は存在するが、逃げる時に不意に当たったりしたものであったりさっきのゴブリンたちがよく分からずに荒らしたものだという事が状況から読み取ることが出来た。


「なにやってんだ?」

「ん? 備品チェック、的ななにか?」


 世界中ではともかく、日本でほとんどの商品の所有権が手放された以上は俳人が商品を『備品』と呼ぶのはおかしな話ではあるが、他に合致する例え方が思い浮かばなかった俳人はそう言ってざっくり店の中を見て回り、隠れている者がいないか確かめるためにスタッフルームを見て回る。


「流石にこんなところに避難するヤツはいなかったみたいだな」

「まあ俺も一応確認しただけだ。コンビニなんていう防衛にゃ向かん施設に立て籠もる馬鹿は流石に現代でもいねぇだろ」


 前提として出入口が自動ドア、電気が止まれば開閉は力業で面倒臭く魔物の類が相手では容易く破壊されるガラス。

 店内は食糧には困らないが棚と商品で溢れていて暴れるには狭く、それはスタッフルームも同じ。

 供給場所としてはそれなりに有効だが拠点にするには防衛力に難がある。

 どんな短絡的な馬鹿であってもコンビニを主拠点とする奴はいないのだ。


「で? このあとはどうすんだよ」

「北上した先にある中学校に行く。んであそこは避難場所になってるからそこでもある程度統制して秩序を造る」


 有事の際には秩序というモノが存外重要である。

 この点に関しては日本人の同調圧力というか、集団心理のお陰でワリと秩序の形成は容易い。

 状況が状況なだけに錯乱した人間が何をしでかすかは分からないがその辺りの憂慮を除けばそこまでの時間はかからないハズだ。


「ホント献身的だな、オマエ」

「ん~? それは皮肉か罵倒の類か?」

「いんや? 単に思った事を言っただけだって」


 字面的に馬鹿にしているのだろうか、と何となく捉えた俳人は確認するもヒナは否定する。


「献身的、っつっても最終的に俺の為だぞ? 俺が自由に動くためにゃ他人にはある程度の秩序を持たせたいってだけで簡単に言えば『情けは人の為ならず』ってな。他者への施しが回り回って自分に帰ってくるのだよ」


 一応褒められている、そう感じた俳人は僅かな気恥ずかしさを隠すように羞恥一割本音九割の自論とともに軽度のドヤ顔を披露した。


「んじゃ最終的に何がしたいんだよ、オマエは」

「最終的?」


 自分の目的。

 ただ何となく自分が動く上で面倒だから人助けをする、そんな思考で動いていた俳人は『そういえば最終目標を考えていなかった』と少し熟考に耽る。

 他人が目の前で、自分の感覚の行き届く範囲で喚き、嘆き、悲しんでいる姿を見るのが不快だから。

 自分が平和に楽しく戦闘に明け暮れる日々を謳歌する上で他者の存在は不可欠だから、そんな曖昧と言えば曖昧な思考でこれまで動こうとしていた。

 なにか明確に『コレ』を成し遂げる。

 普通の感性ならばそれに付き従って動くのか、そんな解釈で俳人は本質的に自分が求めている自分がしたい『何か』について自分の欲を考えてみた。

 だが結局やはり『明確な欲』が自分の中には存在しない。

 いくら考えても自己における優先事項が思い浮かばなかった。

 常人ならいくつも存在するであろう『大切なモノ』がない。

 友人がいない俳人には護りたい『誰か』がいないし、特定のコミュニティに所属していないから護るべき『居場所』が存在しない。

 親と別れ――に近いものは既に済ませた。

 大切に愛でたいモノも、別れを惜しみたい何かも、俳人には何も思いつかない。


「保留、じゃダメか?」

「保留だと?」

「ああ、最終的に自分が望むモノがなにかよく分からない。ただずっと異世界みたいなファンタジーに憧れていてそれが叶ったから強大な敵と戦う、それしかあまり意識していなかった」


 人が想像し創造するモノは俳人も素直に凄いと思っていた。

 だが居場所を造れず、居場所を見つけられない、表面上では仲良く見えても奥底では本音を語り合えた気のしない孤独感をずっと抱えていた俳人は自由な創作物の世界に強い憧憬を抱いていたのだ。

 だからそんな創作物のような世界に現実が変わったことで一時的に、無意識のうちに俳人の深層思考は停止していたのである。


「私と似たようなもんか。親がハッキリ言ってアレな感じだったせいで幼少期から将来の『夢』ってのを持てなくてよ、夢なんて醒めて実現しないから夢って言うんだろ常考、みたいな感じでただ好きな事して生きようって考えで適当に生きてたせいで今現在この世界でやりたいことがねーのよな」

「まあ、それに関しちゃ皆同じか。このファンタジー世界は既存の職業って概念が覆ったんだ、これまでと同じ職に就ける奴の方が稀有だろうな」


 一体今現在どのような職の人間がどれだけの数死んだだろうか。

 高度な専門知識を要する職業の人間だけは全員生きている、なんて奇跡は当然あり得ない。

 死は平等に訪れるモノ、人が居ようと居まいと関係なく出現した魔物という存在が絶対数の多い職業だけを狙って殺すなどという愉快は起こるワケがないのだ。

 人を殺す存在である魔物にとって対象の職など皆等しく一様に無価値である。

 つまりどの職であっても死に、その影響で文明は著しい衰退を見せるハズだ。

 早期の状況改善を行わない限りは人類の文明衰退は加速度的に進むだろう。

 発展した文明だからこそ存在しうる職業は幾つも存在し、発展した文明でなくなればその職業には就けなくなる、つまり高度文明を要する職業や平和な世界だから存在する花屋などの職業についていた者は大体が違う職に就くことになるハズである。


「同じような人生迷子同士、ゆっくり考えよーぜ」

「そうだな、俺らみたいな人生方向音痴にはいい機会だな」


 互いに肩を竦めて笑い合う。

 絶望に耽る世界の中で、そんな世界に似つかわしくない笑い声が二つ周囲に広がり溶けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る