第四話 〜食糧調達と一日の終わり〜

「藤氏よ、一人でも戦えるか?」

「……やってやるわよ」

「なら武器やなんやら、手当ての道具やらなんやら、あとは……あ〜女が必要なモンとか適当に確保してきてくれ。俺が欲しいと思った物は紙に書いたが足りなければあんたの判断で良いが他の奴らのことも考えてある程度は残してけよ?」


 現状戦闘経験があるのは俳人と芹那の二人だけ。

 だが纏まって動く理由は無いため効率重視すると分かれて行動するのがベターだ。

 とはいえいざという時に死なれても困る。

 そう考えた俳人は覚悟を尋ね、ある程度の指示を出して二手に分かれた。


「確保するのはカップ麺とかの保存食になる類の物、腐敗の早い生モノ、適当な飲み物とあとは調味料および生活用品だ」


 その場に残ったメンバーに指示を出し、散乱した床を見てショッピングカートが使えないと理解し買い物カゴだけを渡す。


「何か質問は?」


 聞きたそうにしているのを理解した上で自ら質問をした、という事実を残させるために質問を促す。

 この理由は俳人が自ら全てを説明していては他の者たちの自主性が損なわれる、という話だ。

 俳人が全てを述べては彼女たちの中で『富家葉石が全てをやってくれる』という認識が出来てしまう。

 一点に留まる気は無いため依存させる気も無い。

 依存する気がなくとも俳人が全てを引き受けていては彼女たちのの中で『富家葉石に頼りきっていて自分は何もしていない』というマイナス思考が生まれる可能性が高くなる。

 思考を放棄しても、自主性を失っても、希望を失ってもこの世界では死を迎えるのだ。

 一度救った命、俳人は容易に手放す気はない。


「お、お金は払わなくて良いんですか?」


 制服に身を包んだ気弱な少年が慣れた手付きで差し出すようにポケットから財布を取り出す。


「金がこの世界で使えるワケないだろ。金ってのは経済の効率化を図るモノ、物々交換の仲介物であって金そのものにゃ対して価値は無い」


 古代に金属貨幣が価値を保っていたのはその金属の価値が安定、保証されていたからだが、価値を有する根幹は他にあった。

 それは生活が『安定』していたからである。


「聞くが……アンタらは飯より金を取るか?」


 自分で考えた、という結果を残すために出された俳人の問いのようで問いとして成立していない言葉にその場の全員が理解した。


「確かに……何が足りないのかが全く違う状況でお金は役に立たない?!」

「そう、それな、ありふれた例えで言えばあれな『砂漠の水』な。物価ってのは需要と供給のバランスで決まるからな、平和時代の金ってのは武器ブラックジャックの材料か燃料にしか使えねぇよ」


 至極最もな話。

 だが現代人として生きて来た経験の影響で大人しく受け入れる事は皆出来なかった。


「あのな……この店のモンに所有権唱える奴なんかいねぇよ。店のモンは店員のモンでも店長のモンでもねぇ、店のモンは社長のモンだ。けど社長はどこにもいねぇし数多の商品の所有権を有する社長が全てを消費出来るワケが無いだろ?」


 そもそも店を任されている店の一定権利を持った責任者が逃げ、店を放棄しているのだ、最早この世界のモノほぼ全てが所有権を手放されていると言っても過言では無い。


「管理が出来るワケが無い、このまま放置すれば腐る壊れる奪われ独占される。その結果多くの者が餓死すると言うのならば俺たちが正しく使用して世界を救えば良い。これはそのための必要経費とでも思っておけ」


 例え詭弁と言われようとも今は多くの者を救うため、彼女たちには免罪符を与えなければならないのだ。


「そうですね。仕方……ないですよね」

「このまま無駄になるくらいなら私たちが使った方が良いわよね……」


 俳人の言葉を信じたのか、それとも詭弁ながら受け入れるしかないと理解したのか。

 どちらにせよ彼女たちは生きることを選択した。


「もう質問は無いか?……よし、ならそれぞれ取りかかれ」


 指示の後、俳人自身も商品に手を出す。

 主に質量のある缶詰めや飲料類。

 そしてそのままビーフジャーキーやさきいかなどといった所謂『おつまみ』の類を背嚢の中に詰め込んだ。


「っつ……」


 高い位置にある商品に手を伸ばした瞬間、伸ばした右肘を激しい痛みが襲う。

 連鎖的に肩や掌までもが鈍痛に苛まれ、反射的に掴んだ商品を床に落としてしまった。

 幸い落とした商品は軽量。

 周囲に音が響くことはなく、他者の目につくこともない。


「はは……流石に俺の身体じゃ無理があったか」


 落とした商品に手を伸ばすも痛みに震える指先がカリカリとパッケージを掠めるだけでまともに触れることが出来なかった。

 すると俳人は瞬間的な激痛で鈍痛を掻き消すように右拳を鍛錬棒に叩きつける。

 例え一方が重い金属の塊だったとしても叩きつけられた拳は骨を内包した肉と脂肪という柔らかな塊。

 決して周囲に音を響かせることもなく、激痛と引き換えに俳人の指の震えは停止した。


「このまま壊れるんじゃねぇぞ……前進の意志を持たせることなく死んだら完ッ全に無駄死になっちまう……」


 意思を持たぬ拳に言い聞かせるように強く拳が結ばれる。

 崩壊を迎えるこの世界で、前進の意志を持たねばゆっくりと朽ちるのは自明之理。

 己がただ一瞬の、火を生み消え去る火種となる定めであったとしても、今だけは壊れる気は無かった。


「富家さん、指定のモノ全て集め終わりました」


 本心を一切表に出すことなく、飄々とした様子で道を引き返した俳人に他のメンバーから声が掛かる。


「なら分かれた面子と合流して学校に戻るぞ。時間的にもうそろそろ暗くなる、今日は飯食って早いとこ寝るからな」


 全員がちゃんと揃っているのか確認した俳人は先頭に立って移動を開始し、事前に決めた地点で芹那たちと合流してから学校に戻った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「今日はやけに長く感じたな……」


 一人夜の屋上。

 思わずそう呟いてしまう程度には俳人は本当に長く感じていた。


「……ネットに目ぼしい情報なし、発信してばかりで受信出来ないのはツラいねぇ」


 俳人はツイッターで情報を提示するだけで有益な情報を得ることは出来ていない。

 魔石を砕けばモンスターは消滅すると砕いた魔石つきで出したり、ナイフよりも打撃武器の方が有効と刃毀れだらけのナイフの画像をアップしたり、様々なダメージを負いながらも調べた事を世界中に向けて発信するだけ。

 目的の途中だから仕方がないと割り切ってはいるが、自分の他に検証する者が現れないという事実に少し呆れてしまう。


「やぁやぁ、英雄候補『富家葉石』くん。黄昏れるにしては遅すぎないかい?」


 複数開いたSNSを閉じてメモ帳アプリに『仮説』と『検証結果』と『新たな仮説』を打ち込んでいると離れた位置から聞き覚えのある声が掛かった。


「藤氏か。俺は寝て少しでも多く休めと言ったハズなんだが?」

「会社勤務の社会人がこんな早くに寝れるワケないじゃないの」


 ヘラヘラと笑う芹那の頬は酒が入っているのか少し赤い。

 というか実際その手には缶ビールが握られている。


「……疲れてるんだから寝れるだろ」


 呆れながらも自身を襲う睡魔の原因と同じ理由を出す俳人に芹那は「アッハッハ」と闇のある笑いを放った。


「こちとら真っ黒会社の社員よ、疲れてるからと寝れる環境で生きてないわッ」

「なおのこと寝ろ……」


 近寄って酒の臭いを撒き散らす芹那は未成年者に対して『飲む?』とばかりに俳人の目の前でチャポチャポと缶を揺らす。

 隣に腰を下ろしたかと思えばそんな鬱陶しいことこの上ないことをされ、その対処と休ませることも兼ねて缶を取り上げ引き倒すように芹那の頭を寝具として得た薄っぺらい掛け布団をクッションにして寝かせた。


「はぇ……?」

「これからしばらくテメェのいる事になる居場所なんだ、年長者としてしゃんとしてろ。俺が巻き込む手前愚痴なら聞く、変に気負ってぶっ潰れんなよな」


 面倒臭そうに、芹那の額に拳をポンと乗せる俳人。

 気負ってくれるな、心配してくれるな、潰れてくれるな、そんな多くの思いを込めて芹那の額に拳が当てられる。


「……正直言うとね、少し怖いわ」

「だろうな」

「ただ目の前に『死』が見えているだけなら多分まだマシ。けどこの状況は……いつ爆発するとも知れない感情を抱えた人が近くにいるのは、いつ堪えられなくなるか自問自答し続けなくちゃいけないこの今が……怖い」

「だろうな。少なくとも『普通』の神経してりゃそうだろうな」


 弱いのが人間の『普通』だ。

 楽な道があればそちらを選び、苦痛があればそれを遠ざけようとする。

 険しい道に価値を見出さず、苦しいことに意味を考えない。

 楽へ楽へと脱力を以て流され行き、困難への耐性が皆無。

 苦を必要としない豊を極めようとする現代ゆえの欠点。

 だがそんなことは俳人には分かりきった当然の事で、俳人には関係のないことだった。


「嘆き? 哀しみ? 大いに結構だ。怒り? 恐れ? 感じられる事を喜べば良い。嫌な事があった、だから次それを味わわないように常に必死に考え行う。逃げるという行為は必ずしも恥というワケではない、逃げるという行為の中には少なからず自他を守るという要素が含まれる。守ることは恥か? 違うだろ、そうじゃないだろ? 本当に感じるべき恥は守り続けるうちに『これでいい』と苦痛を許容し諦観し停滞する事だ。前に進まないことこそが真の恥、準備のために足踏みをするワケでなければジッと期を窺うワケでもない。勝てぬ敵わぬ進めぬ乗り越えられぬと守るフリして『最期まで抵抗した』と己を騙して動かないで腐り朽ちる事こそ人が真に感じるべき恐怖だ」

「……強いのね」

「いいや、俺は弱いね。すぐ折れる曲がる薄っぺらな……か弱い男だよ。君が言うように強ければ俺はきっと無垢で愚直に『正義』を掲げ『善』を説けたはずだ」


 心身共に不完全。

 脆く弱く不安定。

 決して強い存在ではないことを、他ならない俳人自身が理解している。

 理解しているがゆえに自身に向けて放たれる『強い』という言葉を許容することが出来ない。

 そしてただの言葉一つを黙って受け入れる事が出来ないことも俳人の弱さだ。


「なら……貴方は優しいのね」

「やさ……しい?」


 その言葉は俳人にとって初めて向けられる言葉。

 ずっと自分は『外道』と思っていた。

 他人とは根本のどこかが違うズレた存在。

 決して交わる事はなく交わったとしてもほんの一瞬でしかない人の道から外れた存在だと。

 きっと『普通』にとっては外道で、屑で、愚かで、下種げすな存在だと。


「ええ、弱いと認めながら、人々わたしたちの前に立って進むことが出来る。普通の弱さなら――」


 途端に声が小さくなり、風の吹く音だけが鼓膜を震わせる。


「おい……大事なところで寝るな。テンプレを守る必要はねぇんだよ……」


 苛立ちを見せるような口調で溜め息を吐く。

 だがその口元は言葉の雰囲気とは大きく異なる穏やかなモノ。

 疲れていただろうから仕方がないと笑う俳人は芹那の持っていた掛け布団を彼女に静かに掛け、風で飛ばないように細工をすると、スマホと背嚢を手にしてこの場から離れた。


「どれくらい俺は寝れんだろうな……」


 俳人の人生の中でも上位に入る疲労感。

 日常生活とは桁外れの疲労感を抱きながら周囲を警戒しながらショッピングセンターを歩く。

 目的は主に二つ、モンスターの生態調査と警護だ。

 今拠点としている高校では不要な電気を消している。

 理由は様々だが理由の一つとしてはこの生態調査がある。

 モンスターはどういった行動をするか。

 人を襲う時、音に引かれるのか臭いに引かれるのか音に引かれるのか、そういった類の情報。

 そんな中で走光性有無の調査のために高校では不要な電気を消させた。

 そしてもう一つの警護、それは食糧の匂いに引かれて寄って来たモンスターたちが食糧を荒らす、火事場泥棒のようにやってきた『人間』が不必要に食糧を独占する、そういった事を防ぐための警護だ。


「食糧があるのは主に二ヶ所、けど一ヶ所が広い上に地味に離れてんのが面倒だな……」


 北端と南端にある場所を行き来する手間に溜息を吐きながらも笑って巡回を続ける。

 

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