第三話 〜救助と拠点〜

「大丈夫か?」


 どう声を掛ければ良いのか分からないかのようの少し苦笑しながら俳人は身を隠すように縮こまっていた少女たちに手を差し伸べる。


「ひッ……」

「……あ〜、藤氏、代わってくれ」


 露骨に恐怖され逃げられたことに内心傷つき肩を落としながら少女たちから距離を取って芹那に任せていた周囲の警戒を引き受けた。


「怪我してんならある程度手当ての道具はあるから言ってくれりゃ渡すからよろしく」


 対して知識を持っているワケでは無い俳人は手当てを受けるなら同性の方が良いだろうと初めから少女たちを自分で手当てする気は無く、そう言って酷使した腕を休ませるために武器を木刀に切り替える。

 とはいえある程度倒してから少女たちの下にたどり着いたため周囲にモンスターの気配は無く、芹那が少女たちを落ち着かせ話をしてもモンスターが出てくることは無かった。


「あ、あのっ……さっきはお礼を言わず避けるようにしてごめんなさい! それと助けてくれてありがとうございます」


 鍛錬棒との扱いの感覚差を切り替える為にその場で軽く動いている俳人に少女たちの中心人物と思しき少女がそんな風に話しかけ、それに続くように他の少女たちも感謝の言葉とともに深く頭を下げる。


「ああ……うん、避けたのは別に良いよ。怖い目に遭ってすぐに武器を持った『男』ってのは怖いだろうし、避けられるのは慣れてるし……」


 異性同性ともに避けられる傾向にあった俳人はどこか闇ありげに笑い、他の者たちは何も言えず乾いた笑いを溢すことしか出来なかった。


「ええと……。と、ところでもしかして『富家葉石@冒険者』さんですか?」


 微妙な空気の中少女たちを引き連れて動こうとしていた俳人は少女の口から出た予想外の言葉に動きをピタリと止める。


「少し前に作ったばかりのアカウントだぞ? 暇人かよ……」

「い、いえ……まあ隠れている間助けを求めるためにネットを使ってはいましたが既にもう有名ですよ?」

「有……名?」


 アカウント作成からまだ一時間も経過していない。

 ゆえにフォローもフォロワーもゼロの状態。

 タイムリーな話題で情報を発信したとはいえそれも合計でたったの二つ。

 少女たちに会うまでに助けた者たちがそれをネットに拡散していたとしても有名になる要素は皆無のハズなのだ。


「はい。『誰もが我先にと逃げる中で唯一立ち向かった現代の英雄』『その脅威から反撃を考えすらしなかった人類に希望を見せつけたヒーロー』などネットではその戦いの映像とともに拡散しています」

「は? 唯一? 誰も戦わなかったワケ? 強いとはいえ倒せなくは無い相手だぞ、コンクリートブロック壊す相手でも流石に反撃するだろ!?」


 それに偶然の産物ではあるが車に轢かれた結果として道路に魔石が落ちている事もあった。

 不死身ではないことは誰から見ても明白だろう。


「いえ……日本国内では自衛隊が出動するも多くの死者が出て海外でも軍の壊滅、とネットに出てからは相手が死ぬと分かっていても誰も戦おうとは思わなかったんです」

「こりゃ人類滅亡までとは行かずとも現存する国家全てが壊滅する可能性があるな……」


 国を守る自衛隊や軍隊でも歯が立たなかった。

 にも関わらず一般人である自分は一人で戦うことが出来た。

 その事実は現代兵器はあまり役に立たないということ。

 ゲーム通りならばゴブリンは最弱クラス。

 だが実際は石を容易に破壊する。

 検証した時に使ったナイフは一度でかなりの摩耗があった。

 皮膚は既知の生物では考えられないような強度を有しており、飛び道具があまり意味をなさないのも当然である。


「私たちは死ぬんですか?」


 俳人の放った『国家壊滅』の言葉に少女の一人が不安げな顔で俯きがちに尋ねる。

 絶望にも似たその表情。

 自分よりも背が低くさらには下を向く少女と目を合わせるため背を落とし俳人は優しく微笑んだ。


「人類滅亡までは行かない、そう言ったろ?」


 悪い言葉に意識を取られて絶望するな、と俳人は少女に優しくも雄々しい笑みを見せつける。


「例え誰もがこのまま下を向いていても俺は前を向くよ。傲慢と言われようとも俺は手の届く全てを護る。そして誰にも下を向かせてなんてやらない。今弱いと言うなら強くなる、今打つ手が無いと言うのなら例え一人でも俺が打つ手を見つける。人が人を人たらしめんとするものが『知性』や『思考』だと言うなら俺は命尽きるその時まで考え続けるさ。死ぬほど頑張って、それでもダメなら……大切なモノ全てを守るため俺の『死』を以って人々の希望になる」


 確固たる意志を感じさせるその声に、言葉にその場の全員が心の支えを得たように俳人を真っ直ぐ見つめ無意識のうちに拳を固くて結んでいた。


「……それに俺は負けず嫌いなんだよ。無抵抗に、無意味に死んでいくのはまっぴら御免だ」


 水の中で藻掻かないのは自殺志願者のすることだ。

 生憎と、俳人は目的のためならば己の死すらも厭わないが自ら死を選ぶ気はない。

 嘆き、笑い、泣き、哀しみ、悩み、そして楽しみながら死ぬのが俳人の望む最期だ。

 生に見苦しくしがみつく気は無くとも死に愚かしく飛び込む気はもっと無いのである。


「いや、俺のことなんてどうでも良かったな。……すまない、いつまでもこんな所に居続けるのはお前たちもイヤだろう。下から順に来てここで最後だ、避難場所に急ごう」


 相手を落ち着かせるために自分のことを多く語る必要は無いと笑う俳人はそう言って立ち上がると芹那を殿にして建物を去った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「避難場所、って言われてどこかと思えばただの高校ね」

「何を言っている、有事の際は学校に避難がテンプレだろうが」


 現時点では交通網が完全に麻痺している。

 行動を見る限りモンスターの目的は主に人間を襲うことだ。

 そのため世界各地にモンスターが現れているとはいえ構造物の破損にはバラつきがあり、俳人の家付近のように電線が切れている場所があれば巨大な建造物が全壊している場所もある。

 電車は電線や線路の破損などによって運行を停止し、道路でも高速道路の倒壊や多くの車の乗り捨てによって使える道はほとんどない状況だ。


「なあ、ここはまだ電気は生きてるか?」

「あ、はい。今のところは電気も水もガスも全て使用可能です」


 電源を入れたばかりのスマホを片手に呟くように明確な相手のいない問いを漏らすと助けた者の中の一人が俳人の問いに答える。


「なら使えるうちにスマホを充電しておけよ。基地局が生きている間スマホは外部との連絡手段や情報入手手段だからな」


 実際に基地局が生きているという恩恵はかなり大きい。

 モンスターの対処方法を伝播出来るし入手も出来る。

 今この場に家族や友人がいない者でも相手と連絡が出来ればそれだけで精神安定を図ることが可能だ。


「いつ人が死ぬか分からない状況。今のうちに後悔しないように家族や友人と話しておくことだ」


 言い方が冷たいことを十分理解しながらも誰も後悔しないようにと苦笑しながらスマホを見えるようにヒラヒラと振ってその場から離れる。


「……よう。そっちは……どうだ?」


 多少憎まれても皆が大切な者と話せるようにとし、離れた俳人はとある人物に電話を掛けていた。


『俳人か……いや、今は富家葉石だったか? 俺も母さんも平気だ』

「茶化すなよ。……父さんも既に知ってんのか、なら良いや俺は思ったように動くことにした。まあ、やることがやることだけにいつ死ぬか分からんからさ……いつ話せられなくなるか分からないから一応声聞かせてやろうと思ってな」


 俳人が電話をしていたのは彼自身の父親だった。

 なんの仕事をしているのか興味がなかったため今なおその仕事は知らないが小学校の途中から基本的に接する機会の少ない二人。

 今もどこにいるのか知らないし聞く気もさらさら無い。

 だが決して悪い親ではなく記憶は朧気だが昔から色んな土地に連れられた記憶がある。

 欲しいと思った物はきちんと理由を説明すれば基本は何でも手に入った。

 それもそれらは物で誤魔化していたワケではなく、主に学習を目的としたことだった。


「今後会うかどうか分からない。会う理由もないしあんたらが死ぬとも思えんから心配する気もない。だから俺から連絡する気はない、特殊状況下での親離れ子離れとでも思ってろ、俺の安否が知りたきゃネットでも見てな」

『生意気な奴め。まあ、俺も若い頃から適当人間で母さんも適当魔王だったからな、お前の好きにしろ』

「そうだ、一応言っておくわ。……親孝行出来んでスマンね」

『くはっ、それが一応の用件かよ。普通の親子ならともかく俳人にンなモン期待してねぇわ』

「だから一応つったろ」


 この親にしてこの子ありという言葉が相応しいであろう親子にしてはかなり淡白な会話に俳人は溜め息混じりに電話をブチ切る。


「大勢のチンピラ相手に余裕の無傷で勝つ技持った奴らを心配する必要はねぇし、心配する友達いねぇし! これで心置きなく動けるぞ〜」


 遠く離れた者が再会出来る可能性は限りなく低いこの現状。

 互いに再会の希望は無用として諦め切り捨てていた。


「親心なんて千差万別、俺に対してどう思うかなんて分からん。人助けを望む親かも他者のために命を賭すことを愚かと謗る親かも分からない。そもそも言いなりになるつもりが毛頭ないが……精々一般人パンピーに英雄とされる程度にはなってやんよ」


 それが俳人にとって、せめてもの親孝行。

 その時になれば優秀すぎる子どもを疎ましく思うかもしれないが、そんなことを考えるような面倒な親では無いことを俳人は理解していた。


「富家さん、これから私たちはどうすれば……」

「あン?」


 柄にもなく哀愁を帯びていた俳人。

 不安や恐怖、焦燥、そして僅かな希望を心の中にすし詰めにする少女の恐る恐るといった様子の声にガラの悪い人間のような声を発してしまう。


「ああ、つっても今日は特にするこたぁねぇな。正確にはやるこたぁあるが状況をテメェの中で整理しきれてねぇ奴らに仕事は押しつけねぇよ」


 いつどこからモンスターがやってくるのか分からない。

 まだ見ていないというだけで必ず制空権を有したモンスターは現れる。

 地を動くモンスターであってもあの破壊力だ、現代の壁などあってないようなものだ。


「良いです、私は大丈夫です」

「……」


 そう笑う少女の顔は表情や感情を読み取ることを苦手とする俳人の目からしても明らかに大丈夫とは言えない。


「家族と……連絡がつかないんです。動いていないと不安で……」

「…………はぁ。なら着いて来い、武器やら飯やらを取りに行く、適当に余裕のある仲間集めて道路側の門前集合だ」


 少し休んでからにしようと思っていた俳人は予期せず予定が前倒しになったことに溜め息を吐きながら少女から逃げるように足早にその場を離れる。

 そして周囲を見渡すため、昔望むも禁じられて立ち入ることの出来なかった屋上に足を運んだ。


「今はまだ空に敵がいないのがせめてもの救いか……」


 まるでこの世界の現状を表すような鉛色の空を見上げながらそう零し、労るように右肘を撫でる。

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