不明物質奇譚
澄岡京樹
エピローグ、或いはプロローグ
不明物質奇譚
/1
三月を目前に控え、私たち新聞部は岐路に立たされていた。
時刻は五時。——もう夕闇が街を覆う頃合いである。
「先輩。記事どうするんですか?」
まだ聞かされていなかったので訊ねてみる。神崎先輩は本当にクールな男の人で、時に冷血漢と揶揄されることもあるけれど……それでも記事作成にかけては熱い思いを胸に秘めたカッコいい自慢の先輩なのだ。
私たちは主に都内の都市伝説ばかりを取り上げる新聞部で、校内の出来事を記事にすることはまずない。あったとしても校内で起きた奇妙な話を記事にする時ぐらいである。そのためか学内での評判は芳しくない。主体性を重んじる校風ゆえに公序良俗を踏み越えない範囲で書いている私たちの部活はお咎めなしではあるのだけれど、こうも反響が薄いとやはり物寂しいものがある。などといつも反芻するモヤモヤを思い返していても、先輩は何も答えなかった。
「先輩? どうかしたんですか?」
高架下のアンダーパスを抜けるか抜けないかぐらいのタイミングで再度声をかけると、先輩はようやく口を開いてくれた。
「……前に」
「——は、はいっ」
「前に、妙な『ノイズ』を見たことあったろ」
「えっと確か——」
「取材の一環で
「あ——はい、ありました。あの時確かに……」
思い出す。あれは今年の夏のこと。夏休み番外編と称して『宇井座村の奇妙な伝承! 巨大な古井戸の上に作られた村とは一体——』という記事を書くべく電車に乗ってその村へ行ったのだった。……結局私はその井戸とやらを発見することができなかったのだけれど、先輩はどうも井戸の秘密を知りかけたそうで。その話を現地でしていた際に私たちは『ノイズ』を目撃したのだった。
——それはノイズと形容する他ない、モザイクのような外見をした謎の物体で、宇井座村近辺の森、その入り口付近の地面に落ちていた。私は怖くて結局触らずにいたのだけれど、神崎先輩は躊躇なく拾い、そして持ち帰ってしまった。……そのようなことがあったのだ。
「もしかして先輩……卒業記念記事、そのノイズ関連にするんですか?」
芸都では見ていない、起きていない現象ゆえに、それを記事にするのは意外に思えた。だから訊いてみた。神崎先輩は不思議な人だけれど、興味を持って質問したら答えてくれるからだ。好みのタイプとかも訊いてみたかった。
などと少々センチメンタルな気持ちになっていた私とは対照的に、先輩は表情ひとつ変えずにこう言った。
「そもそも、記事を書くつもりはない」
「え——?」
意外だった。あんなにも記事作成に心血を注ぐ神崎先輩からそのような答えが返ってくるだなんて思ってもみなかった。
「先輩、じゃあ今日はなんで私を呼び出したんですか?」
期待半分不安半分で訊ねる。心音が少し速まった気がする。胸の高鳴りというものだろうか?
「唯一の部員となりかねない
「え——と、何をでしょうか」
文脈的に、これは愛の告白とかではなさそうだ。——そう感じて少しの落胆とクールダウンが生じた。……とにかく、今は先輩の話を聞こう。
「俺はな、卒業目前にこういうのもなんだが——学校を辞めようと思うんだ」
「——————」
想定外。あまりにも想定外の答えが先輩から出され、私は何も言えなかった。——どうして? 何もわからなかった。
「俺はあの『ノイズ』についてもっと調べてみようと思う。色んな角度から見てみたり、中身を確認してみたり、少し食べてみたり、とにかく色々試してみたがまだ心許ない。ならもうすぐにでも確信を持ちたいと思ってな。ま、そういうことなんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ先輩! 意味わかんないですよ。お金は? 生活はどうするんですか!?」
あまりにも神崎先輩が無鉄砲だったものだから、ついつい声を荒げてしまったのだけれど、それでも彼は顔色ひとつ変えることはなかった。
「俺はもう大丈夫になったから」
結局、何も言い返せないままその日は別れ——そして先輩は高校を中退した。
/2
あれから五年。先輩がどうしているのかは未だにわからない。でも私たちの生活は一変した。ある日世界各地の地面から噴き上がった〈
……そういった背景から、様々な移動手段が模索され始めたが何が選ばれるかは未だ分からない。大学院にいる月峰先輩は「レールガンを用いたやつが良さそう」と言っていたけれど実際どうなるかはなんともだ。
とにかく、世界は大きく変わろうとしている。……私はその発端に神崎先輩が関わっているのではないかと思う時がある。なぜなら、
不明物質発生ポイントの一つが、宇井座村だったからだ。
不明物質奇譚、了。
不明物質奇譚 澄岡京樹 @TapiokanotC
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