38話

 理性の話は良いとして。

 俺は、縁の柔らかさに溺れている。

 縁の肌を感じながら、神木樹を見ていた。

 何もない事を信じながら。

 面白くない部屋。

 何もない部屋。

「ゆーくん大丈夫?」

 声が重なる。

 面白くない声。

 いつか聞いた声だった。

 何かと思えば、面白くない人なのに、これ程幸せになって良いのだろうか?

 それはわからない。

 面白い部屋。

 面白そうに笑う声。

 そんな事を想像して。

「弟くんこのバイト良いんじゃない?」

 そう言ったのは、姉だ。

 俺は生返事をしてゲームをしていた。

 親には無視をされ面白くない日常を過ごしていた。

 暴力なんて当たり前。

 そんな日々だった。

 しかし、姉だけは、俺に優しかった。

 もう成人になっていた姉は、仕事をしてその金で俺に小遣いや食費を賄ってくれた。

 親はいつの間にか、消えていた。

 だが日々が変わることは無い。

 俺は、縁の体を抱きしめる。

 そんな時、縁とであった。

 嬉しかった。

 この面白くない日常から、やっと解放される。

 そう思った。

 そして今。

 柚子は死んだ。

 姉は死んだ。

 元から居なかったと言うべきか。

 楽しい事にしがみ付いて、ひたすらに病室の天井を見ていた。

 混濁した過去と夢をループさせ、現実から目を背けた。

 過去? 妄想かもしれない。

 縁は、生きている。しかし、テレビの中で。

 破廉恥な縁は居ない。

 俺の知っている縁はもういない。

 俺の作った妄想に過ぎなかった。

 俺はバカだ。

 ゆーくんなんて呼んでくれる女なんて居ない。

 俺を呼んでくれるのは?

 俺を知っているのは?

 誰だ?

 その少女は、フッ化水素酸で、足を無くした。

 誰だ?

 混沌とした記憶。

 少女は俺の手を握った。

「ゆーくん愛しているよ」

 そう言った。

「お前は誰?」

 俺の一言。

 俺はお前を知らない。

 お前は俺を知っている。

「ゆーくんはじめからだね」

 そう、お前は言った。

 お前の手には、葉の形をしたスマホ。

 知らない。

「俺は、ゆーくん」

 お前と居る事は、悪い気はしなかった。

 お前の名前は。

「美雨」

 クラスメイトの美雨。

 高校を卒業したら結婚しようと言った美雨。

 変わり変わらない日常。

 俺は、それを望んでいたのか?

 美雨、お前は誰だ?

 縁を返せ!

 現実がわからない。

 妄想かもしれない。

 そんな事はわかっている。

 この世の縁には足がある。

 そんな事はわかっている。

 キスをしたのは縁。

 手を握ったのは美雨。

 二人。

 どうやら私はヤバめのバイトに就いたらしいです。

 好きな夢を見る事のできる薬。

 そんな実験のバイトを。

 混濁し、消えかかった記憶の中、俺は生きる。

 薬編、終わり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうやら私はヤバめのバイトに就いたらしいです。 生焼け海鵜 @gazou_umiu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ