28話

「おっと、何か面白そうな事してますね。ね? 縁ちゃん」

 意識を遮ったのは柚子の声だった。

 柚子は扉を開けて顔を覗かせていた。

 その形相は、鬼そのもの。

「待て、これは俺からやった。だから縁には手を出すな!」

 そう言ってくれるゆーくん。

 よく見ると、柚子は包丁を持っているように見えた。

「まっ良いです。ですがこれからは私も混てくださいね。今回は許します。お姉さんですから」

 そんなやりとりをしている間でもゆーくんは私の腰に回した手は離さなかった。

 嬉しい。

 その一言に尽きる。

 そして、外は雨が降っていた。

 私たちを守るように降り注ぐ雨は片時雨。

 表すのは、私の心だ。

 この雰囲気も悪くないと感じる。

 柚子さんがいて、私からゆーくんを奪おうとする。だけど、彼は私を選んでいる。

 そう思いたい。

 そもそも、私なんかに幸せが来て良いのだろうか?

 何も面白くない日常を何も感じずに過ごす。

 そんな日々じゃなかったのか?

 おばあちゃん。会いたい。

 今とは別の幸せは、いつの間にか、記憶から消えかけていた。

「このシチュー美味いな」

「そうでしょう? 私特製、惚れ薬シチュー」

「ちょ、お前なにシチューに入れているんだ。全部食べちまったじゃないか」

「今夜は楽しみましょ!」

「楽しみましょ! じゃない。どうするんだよ」

「まっ入ってないんですけど」

 そんな声も遠くに聞こえる。

「縁も食べな。柚子のくせに美味しいぞ」

 シチューの乗ったスプーンが近づけられる。

 私は、子供のように食べさせてもらう。

「ずるい! 私もあーんして」

「いやだ」

「なんで!?」

「縁ちゃん。何笑っているの?」

 気づけば笑っていた。

 誰もが幸せ者になれる、そんなこの世の中を私は受け入れた。

 そして、食事も終わり、三人での入浴。

 ゆーくんはまだ、頭を洗っている。

 私と柚子さんは湯船に浸かりその様子を眺めていた。

「流石にこのお風呂も三人はキツくない?」

「シングルベットサイズで三人が寝るの方が狭いだろ」

「それはそうだけど」

「それは良いけど、ゆーくん入ってきて」

 そう言ったの縁だった。

 俺は一度縁を持ち上げて、その出来た隙間に身を入れた。そして、自分の上に縁を乗せる。

 この生活にも慣れたものだ。

 今となっては普通に女の子とお風呂に入っている。

 後ろには柚子があるが、今日は何もしてこない。

 まぁそれで良いのだが。

 縁は、相変わらず俺にべったりくっついてくる。

 小さい体を一生懸命擦り付けて満足そうに笑った。

 やばい可愛い。

 いつも可愛いと思っているが、何やら今日の縁が心から笑っている気がする。

 そんな可愛い縁が好きだ。

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