二章 太陽の顔が違う気がする(2)

 死。

 迫り来る黒い腕。

 飛んでいく首。

 首なしARMの機体を、回る回る目で見ている俺。

 最後にもう一つのアルファの腕が、残ったARMの機体を叩き潰した。

 昨日の夜、アルファと戦った時の残像がまだ頭の中に残っている。

 俺は朝起きると、すぐに冷たいシャワーを浴びた。

「あんなゲームは二度とごめんだな……」

 リビングに出る。

 紅はもう朝食を食べ終え、母さんと談笑していた。

「昨日は良く眠れた?」

「はい」

「うちの子も年頃だから、注意してね。襲われそうになったら叫ぶのよ」

「わかりました。力にはあまり自信がないので……」

「あの子も帰宅部でひ弱だから、案外抵抗できるかも」

 母さん、変なことを吹き込まないでくれ。

 紅によるとアルファの出現は日曜の朝。今日が二十三日の金曜日だから、丸二日あることになる。あるいは二日しかない、か。

 この間俺は彼女の任務達成のための手伝いをする約束だ。

 まずは協力者のスカウト、と言っていた。

 今日明日は一日中時間を取られそうだ。明日はシフトに入っているから、バイトを代わってもらう必要がある。俺は部屋に戻って平野さんに電話した。朝の時間に迷惑だとわかっているが、出来るだけ連絡は早いほうが良いだろう。

「もしもし? 晃太くん、珍しいね」

 声が少し重たい気がする。寝起きだろうか。

「すみません、起こしちゃいましたか」

「ううん、大丈夫。ベッドの上でごろごろしてただけだし」

「くつろぎ中すみません」

「晃太くんも普段ならこの時間、ぐだぐだしてるんじゃない? 何かあった?」

「そうなんです。実はバイトの件で相談があって……俺、明日シフト入ってるんですけど。できれば変わってもらえないかなと」

「えー、あんなにシフト入りたがってたのに。急にどうしたの?」

 しまった。休む理由を考えていなかった。

 恋人ということにしておければ楽だ、と紅が言っていたことを思い出す。

 デート、ということにするか。

 だけど平野さんにその嘘は逆効果だろう。根掘り葉掘り聞かれてボロが出るに決まってる。

「うちにじいちゃんが来ることをすっかり忘れてたんです。それで母さんも家にいろってうるさくて」

 俺と母さんは親戚付き合いが一切ない。父さんが死んでからというもの、父方も母方も絶縁状態になっているのだ。けどすぐに思いつく言い訳はこれしかなかった。

「なんだつまんないなぁ。そういうことね。これは貸しってことで、良いよ。私もロシアに行くために稼がなきゃだし」

 本気でデモをするつもりなのだろうか。

 ……彼女ならやりそうだ。

「ありがとうございます」

「おじいちゃんの写真、よろしくね」

 そう言って平野さんは電話を切った。

 もしかして疑ってる?

 他人の爺さんの写真なんか、見たいはずがない。他に理由があると見透かされていて——女の子とデートだと予想されている可能性もある。さて、どう乗り切ろうか。

 はぁ。

 面倒なことが一つ増えた。

 部屋のドアがノックされる。

「波木、相談があるの。どの古墳に行くのがいいと思う?」

 紅だ。朝は俺の部屋で作戦会議をする約束だった。

「随分念入りだな。そんなに気を遣わなくても、最悪母さんにばれたってどうにでもなるのに」

「あなたは危機感がなさ過ぎなのよ」

 部屋に入るなり、紅はごく自然にビーズソファに腰掛ける。気に入ったようだ。

「朝ご飯はいつも食べないの?」

「今日は食欲がないんだ。例えゲームだとしても、首を吹っ飛ばされるのはキツい」

「強制終了するのが遅かったわね。ごめんなさい」

 ものすごくくつろいだ体勢で謝られても。

 まぁ良いんだけどな。

「で、早速動くんだろ」

「そう。でも焦っても仕方がないわ。今日のスカウトがうまくいけば、これまでのロスやイレギュラーは充分に挽回できる。これを見て」

 紅からタブレットを受け取る。画面上にはこれといった特徴のない中年男の顔写真が映し出されている。

柳井やない貴樹たかき、三十七歳。警視庁公安部外事第一課第四係所属、主任」

「公安? ドラマで聞いたことがあるな、結構凄いんじゃないのか」

「そうね、優秀であることは間違いないわ。外事一課ソトイチは欧米・ロシアに対する防諜を主に担ってる。諜報員——スパイから国を守るのが仕事よ」

「なんだ映画みたいじゃないか。楽しみだ」

「遊びじゃないわよ、波木」

「わかってるって。この人をスカウトするって? 俺と同じ協力者になるのか?」

「あなたとは役割が異なるけれど。波木、あなたならアルファの出現に備えて何をする? 自分のためじゃない、鳴居市民のために」

「鳴居市民の、か」

 昨日のシミュレーターのことを思い出す。アルファは鳴居市北部に現れ、長い腕で街をぶち壊してた。あいつの鱗は硬すぎて重火器の類いは効かない——とすれば自衛隊に事前に協力を依頼しても無意味か。ARMで戦って巻き込んでしまうかもしれないし、むしろ邪魔だろう。

 巻き込む?

 そうだ。アルファから必死になって逃げようとする人たちの悲鳴を、俺は聞いた。

「みんなを避難させるかな」

「正解よ。〈鳴居作戦〉なんて大げさな名前を付けているけれど、結局やることは二つだけ。ARMでアルファを倒すことと、鳴居市民を事前に避難させて被害を最小限に留めること。柳井は後者の実現に不可欠な人材として選定されたの。方法は彼との話し合い次第だけど、公安所属で現鳴居市長とも個人的な繋がりを持つ人よ。怪獣が現れるとか未来人の助言だとか言わなくても、どうにかやれるだけの手札はあるでしょう」

「なるほどな。じゃあ今日千佰寺で会う人ってのが」

「そう。彼は毎年八月二十三日は必ず休暇を取り、あの墓地を訪れるわ。妻の命日なの」

 昨日はその下見だったってわけだ。

「怪獣のことはどう信じさせる?」

「信じてもらえるだけの証拠がある。彼が選ばれたのもそのためよ」

「さすが、色々考えてるんだな」

「これくらいは当然ね。でも心配亊も残ってる。エナ、ノーマン大尉のデータを出して」

「了解しました」

 タブレットが自動的に操作され、柳井という男の代わりに別の顔写真が現れた。瞼の上に傷跡がある白人。肩より上しか写っていないが、かなり屈強な男だとわかる。紅と同じく陸上自衛隊ニューナルイ基地所属、と書いてあった。

「言ってなかったと思うけれど、私は一人でこの二〇一九年に来たわけじゃないの。もう一人、パイロットである彼と一緒だった」

「この人はどうしたんだ?」

「死んだのよ。タイムリープ時の事故——と思われるわ。

 本来であれば、彼と私さえいればどうにかなった。私たちがタイムリープしてきたのは二十一日の深夜。それからアルファが出現するまで八十時間、市民を避難させるために幾つものプランを実行できる、十分な時間がある。最悪全ての計画が失敗したとしても、私たち二人でアルファを倒すことは可能。最低限の任務はクリア出来たのよ。

 でも、彼が死んでしまったせいでもう一つの問題が生じた。パイロットを見つけなければならないという問題が」

 人が、死んだ。

 タブレットを持つ手が震える。

「仕方ないのよ。イレギュラーは常に起こりうるもの。自衛隊員として、私たちの生は常に死と隣り合っている。

 アルファを倒したら、彼のお墓を作ってあげたいの。手伝ってくれる?」

「……もちろんさ」

 俺は強く頷く。ノーマン大尉の顔を見ていられなくて、タブレットを紅に返した。

「——続きね。残された私は新しいパイロットとしても、柳井が適任だと判断した。学生時代から運動に関しても非凡な才能を見せていて、公安配属も元々はその身体能力を買われた節があるみたい。反社会的組織への潜入調査の履歴もあったわ。短期間だけど、彼ならシミュレーターで訓練すれば、オリジナル・アルファに勝てる見込みはある」

「一石二鳥ってことか」

「そう。アルファが出現するまで丸二日。時間は決して潤沢ではないけれど、今日彼と話をつけることが出来れば——いいえ——必ず話をつける。ここまで来て失敗するわけにはいかないもの」

 紅の強い決意が、部屋の空気を張り詰めさせる。

 俺も引き締まる思いだ。

「待てよ。で、俺は今日何をすれば良いんだ?」

「千佰寺まで一緒に来て」

「それだけ?」

「そうね。後は考えておく」

「使えねぇな俺……」

「昨日のシミュレーションもいまいちだったしね。一般人としては妥当なところだけど」

「もうちょっと持ち上げてくれてもいいだろ」

「コウタ、あなたは既に協力者として大きな役割を果たしています」

 俺の落胆を分析したのか、エナが言う。

「お、ほんとか?」

「はい。見ず知らずの土地で、一人強大な敵と戦うという仕事は精神に大きな負担を強いります。しかしあなたと一緒にいるとき、彼女はとてもリラックスしている。あなたは協力者として、そして一人の友として、彼女の傍にいるだけでこの〈鳴居作戦〉に多大なる貢献をしているのです」

「なんだか照れるな」

「この子、喋り過ぎるのが常に疵なの」

 そう言って紅はタブレットの電源を切った。


 風が転がす空き缶の音。

 はためく衣類リフォーム屋の幟。

 最高気温三十九度の夏を、吹き抜ける大気が過ごしやすくしてくれる。

 まだ、朝だから耐えられるけれど。

 俺の知らない未来に、ポータブルクーラーが発明されていると良い。

「あなたは私に嘘をついている?」

 作戦会議を終えて家を出た直後、紅が聞いてきた。

「文脈を教えてくれ」

「文脈なんてないわ。だから違うと思う。あなたは、自分に嘘をついているのね」

「だから文——」

「アルファとの戦闘時、〈感情監視モニターESM〉があなたを分析したわ。アルファに負けそうになったとき、〈analysis result=偽〉という結果が出ていた」

「なんだよそれ。嘘発見器がついてたのか?」

「ESMはガーディアンの上書きを補佐するために、パイロットの状態を逐一監視、分析して結果を知らせる。それは名前の通り喜びや悲しみと言った現感情だけじゃなく、欺瞞、後悔、殺意、自傷と言った様々な精神状態をも表す。その人の心のありようを分析することで得られる情報の全てを、ESMは私に告げるのよ」

「俺の心が丸見えってことか」

「パイロットの身を守るためよ」

「俺は別に本物のARMに乗って戦うわけじゃないだろ?」

「そうだけど。シミュレーターでも勝手に分析されてしまうし、そうなったら見えたものが気になるでしょう?」

「気にしてくれてるのは素直に嬉しいよ。でも俺は嘘をついた覚えはない」

「私にはついていない。でも、あなた——自分を欺いているんじゃないかしら?」

 前を歩く俺の服の裾を、紅が掴む。

「何のことかわからないな」

「理由を聞くつもりはないわ。でも、正直でいるほうが楽だと思う。そのための障害があるというのなら、私も協力する」

「俺は自分に正直に生きてる。面倒だからって部活に入ってないし、休みの日は一日中寝て過ごす。バイトで貯めた金で本を買って読んで、人間関係に悩まされるほどの人付き合いもない。協力なんて不要だよ。そんなことより、君の目的を果たさないと」

「アルファを倒したら、あなたにお礼がしたい。でも、この世界で私に出来ることは限られている。だから提案したの」

 頼むからやめてくれ。

 お節介は、困る。

「へぇ……でも大丈夫だ。本当に嘘なんてないからな。機械もたまには間違えるんだよ」

「私は間違えません。外部からモニターしていましたが、ESMの分析は正しいと断言できます」

 バックパックからエナの声が漏れてくる。外で話すなって言ったのに。

「お節介だったらごめんなさい」

 紅がやっと裾を離してくれた。

「気持ちは嬉しいよ。でも俺は君に協力したいからやってるんであって、見返りが欲しいわけじゃない。さ、人類の未来のために、仕事をしよう」

 人類の未来のために。

 笑っちゃうような台詞だけど、言ってみると気持ち良かった。

「ありがと、波木。でもその前に、パフェを食べたいわ」

 鳴居浜シーサイドモールのオープンセールは日曜までらしい。今日も近所の人たちはこぞって車で出かけているようだ。商店街に出てもぽつぽつとしか人影が見えない。

「——何だって?」

「パフェ。パフェを食べたいわ」

 二回も言われた。聞き間違いじゃなさそうだ。

「柳井が墓地に来るのはまだ先よ。今は私に与えられた数少ない自由時間。さぁ、パフェにしましょう」

 紅もやっぱり女の子、甘いものには目がないということか。

 かといって俺に同世代女子のお眼鏡に適う店を提案出来るかと言われると、難しい。

「そうだな——見た目はぼろっちいけど良いか?」

「レトロというやつね。良いわ、蓙に餅の時代までは守備範囲内よ」

「その時代にパフェはないだろ」

 二〇五二年の人間にとって、十九年は江戸時代くらい昔の話なのか。

 入ったばかりの商店街を離れ、住宅街に出る。

 一軒家の間に紛れるように、ひっそりと建つ喫茶店。

 木板を釘で繋いだお手製の看板には、白いペンキで〈喫茶カタドール〉と書いてある。

 正直この店に来るのは気が進まないけれど、思いつく場所はここだけだ。

 観音開きの扉を開けると、鈴の音と混ざり合うようにマスターの小さな「いらっしゃい」が聞こえた。

「どこでもどうぞ、って波木の小僧かい」

「お邪魔しまーす」

 何食わぬ顔で一番奥のテーブル席に座る。が、もちろんマスターが放っておいてくれるわけもなく。

「今日は小うるさい相方と一緒じゃないんだな。その子は?」

 小うるさい相方とは賢志のことだ。外で時間を潰すなら、中華街とここが二強。クラスメイトと出会うことがまずない。

 従妹と答えようかと思ったが、マスターはうちの事情を知っているからすぐに嘘だとばれる。賢志にこのことが漏れることを考えると同じ学校とも言えないし……。

「カノジョです。どうぞお見知りおきを」

 考えている間にさらりと紅が言う。

 結局、こうなるんだな。

「ほう。随分実直な子のようだね。小僧には合っているんじゃないか」

「そうでしょうか。ありがとうございます」

 よくもまぁ顔色一つ変えずに応じられるものだ。っていうかマスターもなんだ、簡単に受け入れすぎだろう。

 それくらいお似合いってわけか?

 いやいや、何を考えてる。

 波木晃太、正気であれ。

 俺は何食わぬ顔——が出来ているか怪しいが、とにかくメニューを開いた。

「ここ、見た目はこんなだけどパフェは今風で豪華なんだ。おすすめはストロベリー・パフェだな」

 紅はしばらくメニューとにらめっこをしていた。

「波木は食べないの?」

「そんなに腹減ってないし」

「朝から何も口にしてないじゃない」

「後で食べるよ」

「こっちの夏限定スイカパフェとか美味しそうよ」

「そうだな、きっとうまいと思う。それにするのか?」

「けれどあなたはストロベリーパフェを食べさせたいんでしょう?」

「好きな方を選べば良い」

「じゃあ私はスイカパフェ、波木はストロベリーパフェね」

「どうしてそうなる」

「私は好きな方を選んだわ。あなたは残ったストロベリーパフェ」

 うーん。

 どっちも食べたいから協力しろ、ということか。

「……わかったよ。飲み物は? マスター、俺はアイスミルクティーで」

「私はミックスジュース。この地域の名物なんでしょう?」

「ああ、マスターのは特にイケてる」

「決まりね」

「一番の自慢は珈琲なんだが……」というマスターの小さな愚痴が聞こえる。

 俺たちは喫茶店でのひとときを、他愛もない話をして過ごした。と言っても彼女の話を聞くとあり得ない未来の物語になってしまうので、マスターに聞かれると不味い。必然、俺の学校生活を語ることになってしまう。紅は特に文化祭や体育祭といった行事に関心を持ったようだ。

 アルファとの戦いが終わったら、必ず学校に連れて行くと約束した。

 未来では果物も貴重なのだろうか。逆円錐形のグラスにたっぷりと盛られたスイカやさくらんぼを一つ一つつぶさに観察しながら、紅はゆっくり味わって食べていた。途中途中で俺のパフェから大ぶりのイチゴや、ストロベリーソースのかかったクリームや、自家製アイスを口に入れる。

 美味しいとは思っているんだろう。言葉でもそう言っている。けれどスイーツを頬張る姿は、普通の女子高生とはどうも異なる。

 感情表現の希薄さ。

 満面の笑みを見られるときは、来るのだろうか。

「ちーっす!」

 大方パフェを食べ終えたところで、店のドアが勢いよく開く。

 半袖のパーカーを着た恰幅の良い若者は、見覚えありまくる男。クラスメイトの賢志だった。隣で凜と立つ超大型犬は笠原家の愛犬ムーア。犬種はボルゾイ、顔つきはスマートだが体高は賢志の腰ほどもあり、よく手入れされた白い毛並みが美しい。

 ——面倒なことになりそうだ。

「おい相方、うちに犬を連れてくるなって何度言ったらわかるんだ」

「ちょっと寄っただけじゃねーか。何とかモールのせいで客いねぇんじゃねぇかって心配して……ってなんだ、晃太もいたのか」

 俺は何でもないふうを装い、挨拶代わりに手を上げる。

 見逃してもらえるはずもなく。賢志はすぐ紅の存在に気づいた。

「相方、邪魔すんなよ。お二人はデート中だ」

 マスターが余計なフォローを入れる。

「なにー! 聞いてねぇぞ晃太。お前、彼女いねぇって昨日言ってたよな? あれは嘘だったのかよ! いつから、いつからなんだ?」

 ずかすかと店内に入ってくる賢志。ムーアも律儀にその後ろをついてくる。その大きな体軀を生かし、パフェグラスに残ったコーンフレークを物欲しそうに覗き込む。

 もはや否定する方が面倒だ。

「言うタイミングってのがあるだろ、お前がびっくりするようなさ。昨日はまだその時じゃないって思っただけだ。悪かった」

「ま、まじかよ……」

 そう言って賢志は品定めするような目で紅を見る。

「聞きたいことがあるなら後でいくらでも話す。でも今は、まぁ、こういう状況だろ。わかってくれよ」

「これから私たち、古墳に行くの」

 紅が助け船を出した、つもりなのだろう。

 だがこの時代に古墳デートなんてする高校生はいないぞ。

「お、おう……じゃあ後でな! また連絡するわ!」

 納得いかないと顔に書いてあったが、賢志は来た時と同じ勢いでドアを開け、外に出て行った。

 閉まりかけた扉にムーアの体が挟まり、怒り泣きの声を上げる。

 もう、どうにでもなれ。

 俺はやけになって余ったコーンフレークをかき込んだ。

「ねぇ、彼の名前は?」

「笠原賢志。クラスメイトだ」

「ふうん。まさか、ね」

 紅がテーブルに肘をつき、なくなりかけたミックスジュースをかき混ぜる。

「まさか、何だ?」

「何でもないわ。日本で生まれ、日本で育ち、日本で暮らす日本人を見る。あなたたちにとっては当たり前だけれど、私にはとっても興味深いことなのよ」

 紅は声を小さくする。

「そうなのか」

「あなたたちは自分の居るべき場所で、自由に生き方を決められる。羨ましいって思ってるの」

「未来じゃ怪獣と戦う以外選択肢がない?」

 店内を流れるジャズが、二人の会話をかき消してくれる。

「その通りよ。私たちにある自由は、ただ戦い方を少しだけ選べるってことだけ。ARMに乗るか、ARMの開発者になるか、基地併設の食堂の調理師になるか、トラックの運転手になるか……そういう違い」

「それでも君はロボットに乗ることを選んだ」

「そう。私は——自分の意志で、ガーディアンになったのよ」

 まるで自分に言い聞かせるような口ぶりが、気になった。

 ミックスジュースのコップが汗を掻き、テーブル上に水たまりを作っている。

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