二章 太陽の顔が違う気がする(1)
二〇五〇年四月二十日、午前四時十七分。カリフォルニア州メドフォードにて、メドフォード討伐戦開始。対象は〈飛行型
「所定のエリアへの誘導に成功。これより討伐戦に入る。今回の個体は巨大で、鱗はアルファと同等の強度を持つと推察される。本部より討伐後の〈オルフィレウス・ビット〉採取については考慮する必要なしとのことだ。全員、思う存分暴れろ」
「了解!」
「豊崎少尉。君の活躍は聞いているよ。配属からこれまで、パイロットの生存率一〇〇パーセントだそうじゃないか」
「ありがとうございます、中尉。全力を尽くします」
「よろしく頼むよ。我々の守護天使さん」
私と組んだパイロットは決して死なない。
その記録はこの戦いで見事に打ち砕かれた。
新種の飛行型ガンマ、ティシポネ。四つの翼と長い尾を持つその化け物が私たちの誘導にわざと乗っていたのは明らかだ。やつはこの戦いを楽しんでいた。ジャベリンのように鋭く尖った二本の足で、ガンマは私たちの部隊を蹂躙し、わずか十五分後には私を除く全員が死亡していた。
私が生きながらえたのは、ガンマのジャベリンが偶然ARMの真上からパイロットだけを串刺しにしたからに過ぎない。
実力なんて皆無。
運のみで繋いだ命だ。
やがてそのガンマは次に送られたノーマン大尉率いる部隊によって討伐された。
私を壊れたARMから救出してくれたのも、大尉だった。
あれが彼との初めての邂逅だ。
パイロットの返り血を浴びたまま、大尉に抱かれ見上げた空を覚えている。
昇り出した太陽が、むかつくくらい空を美しく染めていて。
畜生、畜生、と大声で叫んだあの空。
いくら人類の兵器が進歩したと言っても、今だアルファ・エイティーワンの腕一本落とせていない状況だ。
私は度重なる戦闘の果てに、絶望していた。
そしてそれを上書きするだけの、希望を、常に何かから見出すことに励んでいた。
例えば今日動いている心臓の鼓動。
明日のクッキー。
未来の、私の夫と子と。
アルファのいない空想の世界。
私はガーディアンだから。
常に心は強くあれと、職務がそれを求めているのだから。
その後。
二〇五二年六月某日。
「また試作機の腕が消えてる!」
「私たちには過ぎたテクノロジーなのよ」
「誰だ勝手に起動したやつは!」
「ついさっき……ほんの五秒前まではあそこにありました……」
「え、えと、あの……主任は、はい、会議中、です」
「完成したんじゃないんですか?」
「これだけの人間がいてどうして誰も見ていないんだ」
「やはり東側のスパイが紛れ込んでいるのでは」
「神秘的で僕は嫌いじゃありませんよ」
「また一からやり直しじゃないか!」
ニューナルイ基地内は騒然としていた。新型ARMの開発チームが全員緊急招集を受けているという。
私は慌ただしいドックを横目に指定された場所に向かった。作戦室ではなく、ドックの外にある小さな喫煙所。ノーマン大尉は古びたアウトドアチェアに腰掛け、煙草を燻らせている。
「大尉、お呼びですか」
「豊崎か。座れよ」
「いえ、私はこのままで」
ノーマン大尉は基地内でも特に優秀なARMパイロットの一人だ。三十を超えるガンマ——アルファから分離発生した異界獣の子——討伐作戦に参加し、その多くで決定的な役割を果たしている。優秀であるが故に上が慎重に扱っており、親玉であるアルファ攻略戦に参加させてもらえない。本人はそれを不満に思っていると聞く。
「ドックが騒がしかったですね」
「第五世代の右腕が消えたらしい。暴走だろうな」
「またですか」
「ああ。上の方では計画を破棄しろという意見もあるらしいが、諦めるわけにもいかないだろう。第四世代では今のアルファに太刀打ちできない」
「しかし実現可能なのでしょうか?〈
「不可能だと立証されるのは諦めたときだけだ。挑戦し続ければかならず可能性は生きる。弱気——というわけではないのだろうな。史上最高の成績でガーディアン試験を突破したお前が、まさか」
試験は所詮試験だ。自分が現場で優秀だと、私には思えなかった。
「見聞きした情報から分析しました」
「客観的な視点も良いが、理想を抱くのも戦いで生き抜くためには必要だぞ」
似たようなことを博士にも言われたことがある。「君はガーディアンに適応しすぎている。事態を打破するためには、熱情を持つことだよ」と。
大尉は、私を戦場で拾った時のことをまさか忘れてはいないだろう。
あれから私は、客観的に見て変わってしまったのだろうか。
「いや、すまない。俺は別にお前に説教をするために呼んだわけじゃないんだ。俺のガーディアンをやってくれないか、と思ってな」
大尉の瞳が私を射貫く。
彼が煙草を吸い込むと、大きな灰が、ぽとりと落ちた。
訓練レベルの話じゃない。
「大尉のガーディアンになれるなんて、光栄です。どこかにガンマが発生したのですか? そういった話は聞いていませんが」
大尉は首を横に振る。
「特別な任務だ。二〇一九年の鳴居市に跳び、俺と一緒に〈オリジナル・アルファ〉を倒す手伝いをして欲しい」
飲み込むのに時間が要った。
タイムリープをして、進化前のアルファを倒す……。
「第四世代でタイムリープすれば、当時のアルファなら太刀打ちできるかもしれない」
「そういうことだ。この二年で第四世代もマイナーチェンジを繰り返し、かなり戦力として見られるようになった。計画発案者は堤博士。知っての通り彼はアルファ解剖学の権威かつ、あのレベッカ・ソーンの担当医の一人でもある。だがそれ以前に、博士はアルファ出現前の日本をよく知る数少ない生き残りだ。全てがアルファに壊される前の日本を取り戻したいというのは、博士の昔からの願いだった。
作戦に使えるのはたった一機のARMだけ。やるか」
「もちろんです」
「それは部下としての台詞だな。俺は一人の人間として、やりたいかと聞いているんだ」
「もちろんです」
「何故だ」
「人を守りたいからです」
「守りたい理由を知りたい」
「それは……」
私は言葉に窮する。すぐに適切な説明は出来そうにない。
「うまくお話しすることができません」
「なら考えておけ。俺はこの作戦のガーディアンとして、お前を第一候補として推薦してある。だがこの任務への熱意が感じ取れないのであれば、他の者を探す。いいな」
「はい」
「ベニー。これはその任務とは関係のない話だがな。たまには仕事のことを忘れる日を作れ」
大尉は急に力を抜いて話す。
「失礼ですが大尉。その呼び方は止めて頂けませんか」
誰から聞いたのだろう。ベニーとは私の学生時代の渾名だ。初めは仲良しの証としての呼び名だったけれど、感情の起伏がないあまり、そのうち能面ベニーなんて言われて馬鹿にされることになった。ニューナルイは純日本人より混血の方が威張る傾向がある。
「十四歳から成人ですから、私はもう三年も大人をやっている計算です。そういう子供っぽい渾名は似合いません」
「お、少し怒ったか? 珍しいな」
大尉が快活に笑う。
「そういう言い方がまだ子供なんだよ。それに、法律ほど信用ならない物差しもないぞ」
「そう……でしょうか」
「作戦の具体的な内容は後日説明する。今後はこの作戦——オペレーション・ナルイがお前の最優先任務となり、推薦中であっても他の任務は全て免除、作戦会議にも参加してもらうからな。そのためにこのむさ苦しいおっさんと何度も顔を合わせなきゃならねぇが、まぁ、我慢してくれよ」
ノーマン大尉は立ち上がり、ドックに入っていった。
私は自室に戻り、自分の言葉を反芻する。
「人を守りたいからです」
咄嗟に出た、陳腐な言葉だ。
でもそれは本心でもある。
それじゃあ私は、どういう人を、なぜ守りたいのだろう?
部屋には他に三つのベッドが置かれている。
寝食を共にしていた同室のガーディアンは、全員戦死した。
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