一章 未来という言い方(4)
道端に草が生えている。その中には黄色い花を咲かせるものもある。
波木の家の庭にも、低木が育っていた。
粘っこい暑さだ。ネバダと気温はあまり変わらないと聞いていたけれど、カラカラに乾いたあそこの夏とはまったく性質が異なる。
これが本来の鳴居市。
ニューナルイシティなんて似ても似つかない。
私たちのあるべき故郷なんだ。
ノーマン大尉が取り戻したいと願った場所。
私が救いたいと願った人々がここに……。
「やっぱり、知識と現実には大きな隔たりがあるのね」
雑草の香りさえ、私には愛おしい。
私は波木家を離れ、最寄りの駅へ向かっていた。クリニックから移動するときに、電柱でこの場所の住所は確認しておいた。頭の中に叩き込んだ地図と照らし合わせ、最短のルートを選ぶ。
商店街に入ると、青い看板のドラッグストアが目に入った。奥にはずらりと化粧品が並んでいる。
誘惑を振り切るように腕時計を確認した。
「つい好意に甘えてしまったけど、まだ大丈夫……」
時間の損失は充分取り返せる。運良く医者に診てもらえて、食事にもありつけた。体力を雨に奪われたまま行動するよりも、よっぽど良い状態で任務を進められる。
運が良かった。
私にとっては。
「——何度も言うようだが、任地での人との接触は最小限に留めろ。俺たちと関係を持ってしまえば、利用としようとする者が必ず現れる。その人の人生を大きく狂わせることになるぞ」
大尉の言葉が胸に痛い。さっきの親子は私の正体を知らない。それでもやはり、今後私の正体を知ることになる悪人が出てくれば、拉致して人質に使うことを考えるかもしれない。何かしら情報を持っていると思われ、拷問を受けるかもしれない。
私はあの時、クリニックのベッドで目を覚ました後、即座にあそこを飛び出すべきだったのだ。
——それをしなかったのは私の甘えだ。
どれだけ戦果を挙げても、私はまだ新兵なのだということを口酸っぱく言ってきた教官もいた。
もう会えなくなってから、その正しさに気づく。
でも、とにかく、過ぎたことより目の前のことだ。
私は任務に集中するために、もう一度〈決戦〉までの流れを確認することにした。任務内容や注意事項を読み、任務遂行に邪魔な思考を排除する。
物陰に入ってバックパックを開ける。
そこから私は未来から持ってきたタブレット端末を——。
「嘘」
四角い私の相棒は、どこにもいなかった。
紅が出て行った後も、俺はしばらく玄関から動けなかった。
「ごめんなさい、一人で行きたいの。これはそういう旅だから」
有り体に言えば、邪魔だから来るなということだ。俺もそんなに馬鹿じゃない。馬鹿じゃないはずだ。でも、彼女の言動には、それ以外の何かが含まれていたんじゃないかという気がしてならない。
——それとも、単に俺が彼女と一緒にいたいと思っているだけなのか。
ため息をひとつ吐き、リビングに戻る。頭を冷やそうとソファに座ると、隣で何かがひょいと跳ねた。視線をやるとそこにはブランド不明のタブレットPC。
「……これは」
赤い四つのラインを組み合わせたロゴ。色はシルバーでやや厚みがあるけれど、とても軽い。
「そういえば充電してたんだったな」
食事前に頼まれてコンセントを貸したのだ。まだ間に合うだろうか。俺は充電ケーブルから本体を抜く。画面にはアーチ状の橋の画像が現れる。これが錦帯橋、だと思う。パスワードの入力を求めているが、英数字だけでなく各種記号までが候補に含まれていた。
タブレットを持つ手に静電気が走る。驚いて落としそうになったところを、どうにか掴み直した。
「表情、反応確認。第一印象分析中……問題なし。引き続き分析を続けます。環境音確認、室内、人物は分析対象者一名のみ。危険度小。相性調査を開始します。私に話しかけてください、ハロー、どうも」
「な……なんだ?」
突然タブレットに話しかけられた。
「情報が不足しています。発言を続けてください」
まさか、俺に言ってるのか。
声を掛けてテレビのリモコンを入れるとか、そういうAIかもな。
ってさっきの台詞からそんなわけないだろうし。
急に話せと言われてもな……。
「な、波木晃太。よろしく」
「よろしくお願いします、コウタ」
ノイズのないクリアな音声だ。
間が空く。
タブレットは黙ったまま。
俺に話せということだろうか。
「君は持ち主が俺の家に忘れていったんだ。だから、俺は彼女を探して渡さなきゃいけない。紅の居場所は?」
これがスマホに入ってる音声アシスタントと同じなら、こう言えばマップを出してくれるかもしれない。
赤と白の直線が、画面上で踊っている。
「状況は理解しました。豊崎少尉は単身あなたの家に訪れたのですね? そして彼女の現在地はここから約八〇〇メートル離れています。管理者権限保持者との距離を確認、警戒レベルにあります。彼女の位置情報を表示しますので、速やかに本端末の返却をお願いします」
画面が切り替わり、周辺地図が現れた。駅の手前に明滅する菱形のマークがあった。
「ここに紅が? ってか、なんだよこれ。分析とか、ショーイとか……」
菱形のマーカー上部には文字が浮かんでいる。〈日本国陸上自衛隊ニューナルイ基地所属/豊崎紅/少尉〉。画面左下には小さく〈
彼女が自衛隊員? だったらさっきの一人旅の話は何なんだ。学校も夏休みも、全部嘘だってことかよ。
「——〈疑念〉を確認しました。心配要りません、コウタ。ベニは真面目な人間です。速やかに本端末を返却願います」
「ああ、もう、わかってるよ!」
そうだ。とにかく紅のものなんだし、彼女に返さないと。気になることは本人に聞けば良い。俺は奇妙なタブレットを片手に家を飛び出した。
「コウタの移動を確認。位置情報から最短ルートを提案します。第一次相性調査、完了。〈analysis result=良〉。信じるに値する相手と判断します。調査を続けます」
地図上のマーカーは駅前で止まっていた。
移動販売のたこ焼き屋と、個人経営の古本屋。最近閉店したレンタルビデオ店には、パン屋が入る予定だと聞く。
夏休みとは言っても、平日は閑散としている。これが駅の南口。
それよりさらに人通りの少ない北口の、欅の下にあるベンチに彼女はいた。
「来ると思ったわ」
紅の手には卵形のキーホルダーが握られている。
「忘れ物、気づいてたんだな。タブレットが急に喋って、君の場所を教えてくれた」
不思議なタブレットを紅に渡す。
「私としたことが、とんだへまをしたものね。歩きながら話をしましょう。あっちの方には、人がいないから」
彼女は駅から離れるように北東に延びる道を指した。確かにそこは通過する車がわずかにある程度で、地元民でも徒歩では滅多に通らない。
俺と紅は隣り合って歩いた。
「どこまで知ったの。エナと話したんでしょう」
紅は前の道だけを見ていた。誰も使わないのに、やけに綺麗に舗装された道。
「エナ?」
「ええ、あなたが話したというAIよ。私の分身」
「分身、か。持ち主のところに案内するとか、そんな凄いAIがもう出来てるなんてびっくりだ」
「ええ……よく出来たAIよ」
「しかもあの世津橋の製品みたいだな。俺の知ってるロゴとは違うけど」
「あなたが言っているのは家電メーカーの世津橋電機のことよね。これは重工の製品なの、家庭用と業務用の違いって感じで——。
そんな話をしたいんじゃないわ。
あなたはエナから何を聞いたの?」
紅は頑なに目を合わせようとしない。
「大したことは話してない。いきなりエナから喋れって言われた。俺は名乗ってから、忘れ物を紅に届けたいって言った。そしたら画面上に君の居場所が表示されたんだ。エナからは印象分析中とか、危険度小とかそういうのを言われたな」
それを聞いて紅はタブレットを操作する。
「第一印象分析、問題なし。操作環境による危険度小。発言に嘘偽りは見られず、管理権限者・豊崎紅への最短距離を案内。第一次相性診断、良」
横からそっと覗く。画面には細かな文字が並んでいた。
「ログによれば事実のようね。相性なんて関係ないことまで……」
「正直に言うともう一つ、君が自衛隊の少尉だってことは知った。居場所を示してるマーカーに書いてたんだ」
軽トラが一台、隣を通り過ぎた。
紅は黙って聞いている。
「自衛隊員なら、学校は行ってないんだろ?」
どうして彼女は嘘をついたのか。
体の傷は、自衛隊の訓練で負ったものなのか。
そもそも俺と同じ年齢で自衛隊員なんてなれるのか?
疑問が連鎖的に生まれては積み上げられていく。
そしてそれは、彼女が背負うバックパックよりも、もっともっと重たい何かと繋がっているんじゃないかと、そんな気がしていた。
蝉と鳩の鳴き声と、時折自動車が通り過ぎる音。
エナというAIなら、ここの危険度はどれくらいだと判断するんだろう。
ようやく紅が口を開く。
「条件があるわ」
肉付けするのを忘れた、骨組みだけの声。
どこか、さっきのAIと似ている。
「私について教えることの条件よ。一、私に宿を提供すること。二、私と私の周辺から得た情報は全て他言無用。三、私の任務への協力を惜しまないこと。四、危険を感じたら迷わず逃げること。
本音で話しましょう。私と出会い、私を助けたことであなたはある程度のリスクをすでに負ってしまった。本来ならこれ以上共に行動することは避けるべきよ。でも、私は、私の任務を遂行するためにあなたを利用しようとしている。この辺りの土地に詳しく、一般的な高校生として生活し、私という謎の人物のことを——おそらく——理解しようとさえ考えている。それは今、求めるべき協力者像そのものよ」
任務、危険……どこからどう見ても平和一辺倒のこの鳴居で、そんな言葉が聞かれるなんて。
彼女はやはり自衛隊員であり、特命を受けてこの鳴居市に潜入しているのか。
俺が知らないところで、外国の裏組織やテロリストが日本転覆のため触手を伸ばしていて……。
と、これじゃあ平野さんの妄想とほとんど変わらないじゃないか。
それでも。
妄想とか、そんなことは関係なく。
俺は、彼女のことを知りたいと思った。
「わかったよ。うちに泊めるのは母さん次第だけど、そもそも泊める気だったと思うし。部屋も一つ空いてるから」
「良いわ。それじゃあ——」
俺たちは道を左に折れた。このままぐるりと回って、さっきいた駅前に戻るルートだ。
「私は陸上自衛隊ニューナルイ基地所属の少尉。そのことに間違いはないわ」
「ニューナルイってどこなんだ?」
「アメリカ・ネバダ州にある日本の飛び地——アメリカの領土内にありながら、日本国として認められている都市のことよ。新鳴居市をそのまま英語にして、ニュー・ナルイ・シティ。〈グルームレイクの悲劇〉の跡地に作られ、現在は霞ヶ関の機能も、皇室もそこに移転されてる」
「……ごめん、何言ってるか全然わからない」
「そうね。まずはこのことから先に言うべきだったわ。私は二〇五二年からやって来た時間旅行者よ。だから、旅人という点は事実」
俺は足を止めた。
二〇五二年。
今から三十三年も先。
「私はあなたとは異なる世界から来たの」
「未来からってことか? ほんとかよ……」
「未来という言い方は正確ではないわ。でも、それは後でね。まずはざっと説明させてほしい。
私の生きていた二〇五二年では、日本の領土は壊滅的な被害を受け、もはや人は誰も住んでいないの。生き残った日本人は当初、世界各地で難民として暮らしていたのだけれど、現在では多くがニューナルイシティへ移住してる。そして守るべき土地を失った自衛隊は国土奪還を至上命題とする組織に変化、ニューナルイを拠点として毎日のように〈敵〉と交戦中。ニューナルイシティ自体が〈敵〉と戦うための巨大な基地のようなものだから、実質的に言えばそこの住民全員が何らかの形で自衛隊に関わっていることになるわね。
じゃあどうしてそんなことになったのか。
〈敵〉とは何者なのか、よね。
始まりは二〇十九年。八月二十五日午前八時一分、鳴居市北部に突如として巨大な物体が出現——後に〈
アルファは出現後しばらく動かなかったのだけど、約二時間後に周辺地域の破壊を開始。もちろんすぐに自衛隊が出動し、応戦したわ。でも人類の戦術・戦略兵器を一切無効化する強固な鱗と一払いで町一個を更地に変える触手型の腕の力に自衛隊はまったく歯が立たなかった。戦略の見直しをする間もなくアルファは急速に地球環境に適合、進化を続け、瞬く間に日本全土を掌握してしまうの。
二〇二八年、政府は全国民に国外退避を勧告。この時点で日本は世界地図に名前が残るだけの、形骸化した国となった。
それでも私たちは諦めず、幾度となくアルファに反撃した。でも、あいつにはどうやっても太刀打ちできないの。こちらが新しい兵器を作れば、それに順応してアルファはより強い能力を身につける。誰も知らない、どこかの宇宙から漂泊してきた化け物。アルファの最大にして最強の武器は圧倒的な環境適応能力にある。ニューナルイシティ建設後は米国との協力関係をより強化し、反撃の手を強めてきたけれど——それでも駄目。
戦死者だけが数を増やし、墓地の増加が私たちの暮らすわずかな土地をさらに圧迫する。
想像するのも難しいと思うわ。
それだけのことが、私のいた世界では起こっていた。
そして二〇五二年。日本から世界へ戦禍が日々拡大していく中で、このままアルファと戦闘を続けても人類は決して敵わないと考える人たちが増えていく。国の奪還よりもっと広い視野で——人類の滅亡を防ぐことを最重要課題とした手を打つべきだ、という強い意志を持つ人々。そういう人々のうち、陸上自衛隊のある派閥が新たな、とても奇抜な計画を立案した。
それが〈鳴居計画〉よ。
内容はシンプルそのもの。〈
ここがまさにそのアルファが出現する前の鳴居であり。
私が鳴居計画の実行を任された隊員。
私は、これから怪獣と戦って、あなたたちを救いたいの」
ゆっくりと、自分自身噛みしめるように、彼女は語った。
ため池が広がっている。
俺の心情を表すかのように、水面はわずかに波打ち、寄せてくる。
平穏な生活を、壊そうとするものが。
俺は一度取った彼女の手を振りほどかなければならないと思う。
君を助けたこの手を、なかったことに。
そうしなきゃいけないと俺の中の俺が叫んでいる。
俺の中の俺って誰だよ。
紅の話を全部笑い飛ばして逃げろって?
彼女を信じたいという俺と。
信じちゃいけないと命じる俺。
どっちかを選ぶのも俺で。
その俺はめちゃくちゃ弱い。
「エナ、信憑性を高められるものを彼に見せられないかしら?」
「あなたの幼い頃の動画は如何ですか? ニューナルイの雰囲気がよくわかります。最愛の祖父と遊んでいる場面ですよ」
「却下。他には?」
「〈飛行型
「それも却下よ。他には?」
「最適な提案のつもりなのですが……具体的な指示を頂ければ、それに沿った選定を実施します」
「あなた私のコピーなんでしょう? そういうのは言わなくともわかる関係だと思ってたわ」
「私にコピーされているのはあなたの経験です。その経験にどのような内面が備わっていたのか、私は推測するしかありませんでした。ベニ、目の前で人が殺された時、あなたは殺された人を目撃したことに恐怖し、あるいは殺された人物に感情移入してその痛みを想像することは出来るでしょう。しかし殺された人間が本当にどのように感じ、痛み、死に至ったかは体験できない。同じ事ですよ。私はあなたという人間がこれまで辿ってきた物語を外部から見ていたただの読者に等しいのです。〈
「わかった、わかったわ。あなたと私はコピーじゃなく双子、私の可愛い妹よ。じゃあ次で最後にしましょう。〈
「了解しました」
即座に画面が切り替わる。動画が始まる前に小さな文字がずらり並んだが、全て英語だったので読めなかった。
白い——生き物の体だろうか。肉厚な泡が生まれては消える粘っこい白色の海みたいでもある。その中では薄青の細い血管が無数に絡み合い、優しく明滅している。
じっと見ていると気が狂いそうだ。この世のものではない体に吸い込まれて、自分もそれと一体になってしまう感覚。
カメラがズームアウトしていく。青と白の肉体から離れ、それは夜に呑み込まれる。と、思った。さらにカメラが動くと、画面が暗くなったのは夜のせいではないとわかる。その生き物の肉体を光沢のある鱗が覆っているのだ。六角形の鱗はそれぞれがぴたりと嵌まったジグソーパズルのピースで、内部の肉体を完全に隠している。ただ、肉体の運動によって時折波のように動き、その間だけ隙間から青白い光が漏れていた。肉体はかなり強く発光しているようだ。
徐々に生き物の全体像がわかってくる。俺がクローズアップで見ていたのは、大木の根のような部分。足、と呼んでいいのか。幾つもの太い硬質の管が絡まり合い、中央から周辺へ延びている。中央ではその管が合わさって一本になり、空高く、本当に高く——雲の上にある巨大な球体を支えている。
そこで初めて、俺はこの生き物の規格外の大きさに気づいた。
画面は今、鳥の目線で日本列島を見下ろす形になっている。
いや、そこにはもう、日本の原型はもうなかった。
黒い鱗に覆われた生き物の体が本州の大半を埋め尽くし、周囲へ伸びている根のようなものが北海道や中国の領土を抉っている。
タブレットからAIとは異なる声がした。典型的なナレーターの声。
「これが我々の最大にして唯一の敵——〈
画面が切り替わる。ナレーターがアルファ・エイティーワンと言っていた生き物の表面だ。辺りにはその生き物の体だけじゃなく、わずかに残った都市の残骸が見られた。崩れた高層ビルから火が上がっている。けれど人の姿は見えない。紅がさっき言っていた通り、国外退避を終えているんだ。
アルファの鱗の上を動く、灰色の物体。点々と、十個はあるだろうか。
「これが我々の武器、〈
ARMと呼ばれた人型ロボットが、隊形を維持したまま進む。しかし正面から数百の黒い蔓がその部隊に襲い掛かろうとしていた。巨体の至る所から自由に生やすことが出来る、怪獣の触手といったところか。ARMは隊形を崩し、巧みにその攻撃を避けようとするが——。
一機、また一機と触手に貫かれ。
あまりにも、あっさりと、ロボットは敗北し。
小さな灯火になった後で、跡形もなく消えてしまった。
「あなたの勇気を、貸してください。我々はいつでも仲間を求めています! ようこそ自衛隊へ! ご応募はニューナルイ基地採用事務局まで」
画面上に大きく電話番号が表示される。
映像が終わると、紅はタブレットをバックパックに入れた。
「趣味の悪いプロモーションビデオでしょう? でも、これが私たちの戦闘——特に海上自衛隊の本土奪還作戦においては、紛う方なき事実。カミカゼだとか非難されるくらい、当たり前に命は散っていく」
紅の言葉は、正直言ってうまく頭の中に入ってこなかった。
俺の心の大部分を占めていたのは。
「あのアルファ・エイティーワンって怪獣を、知ってる」
「え?」
「どこかで——夢かも——見たことがある」
「デジャヴかしら? もしくは悪夢の中に似たような怪獣が出てたのかもね」
「まったく同じなんだ。あのロボットも見た。間違いないはずだ、俺は、はっきり覚えてる。でもなぜ俺が覚えているのかがわからないんだ——ロボットに乗ってた人の悲鳴まで聞こえる。俺は知らないはずなのに」
エナの声がバックパックから漏れてくる。
「興味深い現象です。私のように別の誰かの体験をペーストされたのでしょうか?」
「あるはずないわ。この時代にそんな技術はないし、第一オリジナル・アルファさえまだ出現していないのよ? コピー元の経験が、この世界には存在していない」
紅が反論する。
「その通りですが……」
「エナ、あなたが気になるのもわかるわ。でも理由はどうあれ、波木がそういうデジャヴ的なもののおかげで、私たちの話にリアリティを感じているのは事実じゃないかしら?」
俺は頭を抱えながら、紅に頷く。
「まぁ、確かにそうだな……」
平野さんの話は小説やゴシップ誌の話みたいに、面白く聞くことは出来る。でも絶対真に受けたりはしない。なのに紅の話す物語には、俺にとって無視出来ないほどの真実味がある。
それは彼女を以前から知っていると感じることと、繋がっているのだろうか。
「全部が全部真実だとは思えないかもしれない。でも、私は話したし、これからも説明していく。だから波木、あなたの方も約束を守ってもらわなきゃ」
いつの間にか駅が目の前に近づいていた。
着いたばかりの電車から、ぽつぽつと人の降りるのが見える。
「そうだな、俺もこの感覚は気になって仕方ないし、君から色々聞きたいと思う。それで、協力だっけ? 具体的に何をすれば良いんだ?」
「まずは電車ね。私、電車って乗ったことがないの。ニューナルイにはないから」
こうして俺と未来人とAI、三人の現実離れしたミッションは始まった。
もしも彼女の話が全部嘘だったら。
それはそれで夏休みの面白い経験になるだろうし。
むしろその方が良いとさえ、俺は考えていた。
怪獣を倒すなんて大げさな仕事の手伝いをするなんて。
柄じゃない、だろ?
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