第65話 基準の違い


メルラーナは同年代位と思われる少年の圧倒的な力と、傷を付けても直ぐに再生する欠片のモンスターを再生させる事無く消滅させた事実に驚きを隠せないでいた。



嘘!?槍の突きだけであのモンスターを倒した!?理解が追い付かない!?


欠片のモンスターを倒すには、再生速度を上回る火力をぶつける必要がある、ビスパイヤから其の話を聞いた時、メルラーナの頭の中では魔法の様な力でしか倒せないと云う思い込みが生まれていた。

其の考えを眼の前に居る少年は覆したのだ、それも槍術のみで行ったのだ。


そんな驚いているメルラーナに対して、騎士と冒険者達の驚く様は尋常では無かった。

其れも其の筈、自分達が命を賭して戦った魔物を1人で倒した少女と、同じ魔物、其れ以上に強いと感じた後から現われた2体の魔物を、速攻で抹殺した少年の、次元の違う強さに驚愕しているのだ。


「さて、自己紹介も済んだ事だし、メルラーナ嬢、お迎えに上がりました。」


少年に突然フルネームで呼ばれたメルラーナは…。


「はい?」

と、間の抜けた返事で答えてしまった。


「と、言いたい処なんっすけどね、貴女には此のままリースロートまで旅を続けさせる…、ってのが団長の方針の様なので、俺はお暇させて貰いまっすわ。」

少年は踵を返して其の場から去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。」


冒険者のリーダーが去ろうとした少年を止める。


「助けてくれた事の礼をしたい。」


「礼?別にイラネェですよ。」


「しかし…。」


「俺は与えられた任務を遂行しただけなので気にしないで下さい、其れとも、俺達の力の秘密を知りたいとかっすか?」


「!?」

平静を装っていたつもりだが、顔に出ていたか?


そんなやり取りの中、シグは頭の中で思考を巡らせていた。


抑も騎士の位は強さでは無く権力であるモノだと云う教育を受けて来たシグにとって、軍階級で分けられている騎士が不思議でしかなかった。


軍階級は爵位とは全く別物だと云う印象だが、そうでは無いのだろうか?


爵位と軍階級の関係は非常に複雑なものだ。

抑も騎士とは、成りたいと思って成れるものでは無い、其の理由が騎士=貴族だからである、貴族であるからこそ騎士に成れるのだ、極希に平民から騎士になる者が現われたりするが、騎士に成れば同時に爵位も与えられる為、他の貴族達を納得させるだけの理由がなければ、騎士に成る事など出来ないのである。

此処で一つ重要な点が有る、其れは、貴族=騎士、では無いと云う事だ、騎士は貴族だからこそ成れると云う認識なのに対して、貴族だから騎士、と云う概念は存在していない、故に貴族風習の強い国は爵位を名乗る事を良しとしているのだ。

騎士の扱いは国によって様々であるが、クトリヤ国では貴族色の濃い制度となっている、シグの感じた疑問は其処にあった、騎士=貴族と云う思想が強いクトリヤ国だからなのか、爵位を持つ者が態々軍階級で自己表現を示した此のリースロートの竜騎士、ハシュレートの名乗り方に疑問が生まれたのであった。

当然、爵位を持つ者が軍の階級を持つ国もあるだろう、しかし、貴族である誇りが、軍階級を名乗るよりも爵位を名乗る方を選ぶ者が大多数を占めるのである。

其れとは逆に、爵位は風習の名残で、ついでに付ける様なものだと云う国も当然有ったりする、そういった国は、名前に爵位を足し、最後に軍階級を付けるのだ。

名前にサーやフォン等が付いている人物が爵位持ちと云う事になる、しかし、今シグの目の前に居る竜騎士は、その名前すら無かった、其れはつまり。


「リースロート王国は貴族制では無い?あれ程の大国が?では貴族とは一体?」


元々、シグは貴族と云う立場を利用して怠慢な態度を取っている上流貴族に不信感を抱いている男だった為、貴族と云う制度其のものに疑問を抱いた瞬間であった。


「騎士の兄さんは偉く変わった哲学を語るんっすね、そりゃあ、リースロートでも貴族制度はありますよ勿論、けどどっちかって云うと実力主義ですかね、現に俺なんかは孤児だったし…。」


「!?」

ハシュレートの自身の生い立ちに驚くシグとマオ。

「まあ、其れは置いときましょう、今の話には関係が無いっすし、俺の強さ云々は、さっきも言った通り、リースロートは実力主義なもんで、実力が伴わなければ貴族であろうとペイジ騎士見習いか、行けてもエクスワイア従騎士止まりっすね。」


騎士にはギルドの様な次席と云う概念は無く、ペイジ騎士見習いから始まり、エクスワイア従騎士エクイテス騎馬兵ナイト騎士と云う順番で国から認められて上がって行く制度である、此の制度は何処の国でも同じだが、上げる基準が定められておらず、国によってバラバラなのだ、エクイテス騎馬兵までは子爵以下の爵位の持ち主からでも階級は得られるのだが、ナイト騎士に成るともなれば、殆どの国で伯爵以上の人物の許可が必要となり、カヴァリアーレ上位騎士クルセイダー十字騎士ドラゴンナイト竜騎兵には侯爵以上に認められなければならない、インペリアルナイト国防衛騎士ともなれば公爵、つまり皇族の許可が必要となる、貴族制の強い国ではナイトですら伯爵が絡んで来る国もある、ナイトに成れば自動的に名誉貴族と成り、爵位も与えられる為、当然と云えば当然かもしれないが…。


「ああ、確かクトリヤ国には竜騎士、ドラグナーがいませんでしたね、じゃあ解りにくいか、リースロートではドラグナー竜騎士が駆る竜が飛竜では無く竜なんす、勿論、飛竜は居ますが、飛竜を駆るのはナイト、エクイテス騎馬兵若しくはドラゴンナイト竜騎兵ドラグナー竜騎士ではないんっす。」


「「なっ!?」」


ハシュレートの発言はシグとマオにとって驚愕する冪ものであった。

竜騎士が駆るのは飛竜であって、竜では無い、と云うのが至極当然とも云う冪一般的な知識であって、竜は神の象徴の一つであり、其れを駆る竜騎士等、最早神そのものではないか?と云う理屈である。


「じゃ、じゃあやはりあのドラゴンは…、君の竜!?」


「まあ、そっすね、彼奴に認めさせるのにどれだけ苦労させられたか。」

ハシュレートは遠い眼をして上空を気持ちよさそうに飛び回っている竜を眺めている。


「兎に角、リースロートでドラグナーになるには、文字通りの血の滲む様な努力と苦悩が待ち受けてるんっすよ、だからこそ、強さってのも勝手に備わっちまう、ギルドで言えば、そうっすね、最低でも6次席位…あ!」

途中まで喋って思わず手で自らの口を塞ぐ。


「6次席?6次席だって?馬鹿を言わないで貰いたい、俺は此でも8次席だが、環境は違えど竜を従えられる様な者達が居るとは到底思えない。」

冒険者のリーダーはハシュレートの言葉を間に受けては居ない様だった。


(しまった、ついうっかり喋っちまった。)


四大国家は他国と根本的な基準が違うのだ、リースロート王国内でのギルドで発行された6次席は、明確な基準は無いが他国での9次席相当に値する。


「いい、今のは間違い、間違いっす!」

ハシュレートは慌てて発言を撤回していた。


(間違い?本当にそうか?四大国家だぞ?世界の均衡を保つ為の四つの大国家の一つが、傘下国とは云え、此のクトリヤと同じ基準なのだろうか?何かを隠している様にしか思えない、しかし何を?知られてはいけない様な事なのか?少なくとも、此の少年が口走った言葉は妙に納得がいった、だから其れが隠す必要性が有るのかどうかが疑問にしか思えないのだが…。)


そんなシグの考えを余所に…。


「じゃ、じゃあ俺は此で!」


と言い残して、ハシュレートは竜を呼び、低空飛行してきた竜に飛び乗った。

竜に跨がり、冒険者のリーダーに警告の様な言葉を掛ける。


「其れと、気を付けて下さい、アレは俺が出しゃばると問題になっちまうんで。」

そう言って周囲に目を配らせていた。


「…ああ、御忠告感謝する、アレ等はこの町の問題だ、何とかしなければとはずっと思っていた、其れより、本当に有り難う、町を守ってくれて。」

リーダーはハシュレートに頭を下げて、感謝の言葉を述べた。


其れを見届けたハシュレートは、此の場から去って行ったのだった。


去って行った少年竜騎士を、空を見上げてポカンとしているメルラーナ。


…えっと?何なの?一体?知らない人に急に名前で呼ばれて、迎えに来たとか言っておいたくせに方針がどうとかで置いてけぼりって、私…どうしたらいいのよっ!?


心の叫びを体現するかの様に身を悶えさせ乍ら、頭を抱えていた。


冒険者達はメルラーナのその姿を見守り乍ら、心配にはなっていたが、別の心配の種があった。


「動くな!!」


「…へ?」


メルラーナは其の言葉を発っせられた方を見ると、数人の騎士が立ち、剣を抜いて冒険者達を威嚇している。


「………へ?」


訳も解らず二度目の間の抜けた声を上げたメルラーナは、周りが騒がしく成っている事に気付いて周囲を見渡した。


「………え?何で?」


周りでは冒険者達を囲む様に、ザッと見ても40~50人は居る騎士達が、全員剣を抜いて立ちはだかっていたのだ。


「町を破壊した容疑で貴様等全員連行する!特に其の小娘!貴様は重罪人として扱わせて貰う!」



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