終章 フェアリーテール

第58話 列車内での出来事


常闇の森から無事に帰還を果たした冒険者達は、それぞれ元の巣へと帰って行った。

冒険者ギルド内では命を落とした者への追悼が催され、ギルドマスターであるラウルは不在で、今はビスパイヤが主に活動していたと云うハールート国の冒険者ギルドへと赴いているそうだ。


行事が済むのを見計らい、メルラーナは冒険者ギルドを後にした。

目指すはクトリヤ国、ハールート国の隣国で、今回の件でも数人が其の国から参加していた、ハールート経由も頭に入れてはいたのだが、リースロート王国へ向かうにはかなり遠回りになるらしく、列車の移動だけで抜ける事が可能だと云うクトリヤ国を進められたのだった。

其れから先のルートを幾つか見繕って書き記しておいたから、参考にするといい、と言われ、ガノフォーレから地図を貰った。

ガノフォーレもギルドマスターが不在の今、ギルドを離れる訳にはいかず、ギルド内でお別れをした後、アンバーとベノバの2人に、護衛を兼ねた道案内として駅まで付いてきて貰う事となった。


「むぅ、1人でも大丈夫だと思うんだけど…。」

ギルドが忙しい時に精鋭が2人も、お金にもならない様な護衛に付けられた事に対して愚痴を零している。

「はっはっはっ!まあそう云うなメルラーナ、君は常闇の森での一見での最大の功労者とも云えるのだ、自覚は無いかも知れないがな。」

アンバーが豪快に叫んでいるかの様な声で、メルラーナを納得させようとしている。

「そうだゾ?リゼの面倒を見てくれなかったラ、俺達は任務に集中出来なかっただろウ、あの巨神に止めを刺したのも君だしナ。」

ベノバがアンバーを援護している。


駅までは結構な距離があった筈だったが、話をし乍ら歩いていたらまるで一瞬だったかの様な時間で到着してしまった、其れだけの思い出が、何時の間にか出来ていたのだろう、まだまだいっぱい話たい事はあったが、アンバーとベノバに見送られ、別れを惜しみ乍らもメルラーナは列車に乗り込み、一月近く滞在したエバダフを後にした。


列車内は1両毎に長い通路が窓際にあり、其の幅は狭く、人が2人並ぶのがやっとな程だ、窓の逆側には1両に対して扉が5つ有る、車員さんに案内されて其の扉の一つを開き、中に入ると、車員さんから鍵を預かった。

「鍵は降りる際に近くに居る車員に渡して貰えれば大丈夫です。」

そんな大雑把でいいのだろうか?等と思っていると。

「因みに、鍵を持ったまま降りようとすれば警報が鳴るのでお気を付け下さい。」

と言われた。


中は部屋になっており、右側に座席、左側に二段になっているベッドが設置されていた。

荷物を置いて座席に座り、一息着くと。


「ふぅ。」


思わず溜息が出てしまった。

思っていた以上に長居してしまった此の地を離れる事が、少し寂しい感じがする。


ボロテア国を抜けるまで、列車で移動しても一週間は掛るって言ってたっけ?其れにまだ幾つかの街に停車するんだよね?楽なのはいいけど、身体が鈍りそうだな…。

ガノフォーレに貰った地図を開き、睨めっこし乍ら唸っている。


国を跨ぐ長距離移動をする列車ではよくある事だが、旅をした経験の無いメルラーナには慣れないものがあった。


抑も、何処で降りたらいいんだろ?一気に先へ進んだ方がいいのかな?自身の身体の事を考えたら、早くリースロート王国に着いて、身体の治療をした方がいいのだろうけど、このまま列車に乗り続けた場合、一体何処までいけるのかな?いっその事、父親から貰ったお金を使って飛行船で飛んで行こうかな?


「ん?何これ?」

地図を見ていたら、ガノフォーレが書いてくれたルートの一つに、【飛行艇】と書かれた場所があった。

飛行艇ひこうてい飛行船ひこうせんじゃなくて?」


飛行船とは巨大な空気を通さない布で作られた風船に、空気より軽い大量のガスを注入し、船本体を浮かして飛ぶ、と云う構造をした乗り物である。

昔は風船の部分が大きすぎて、精々100人程しか乗せる事が出来なかったのだが、現在では技術の発展のお陰で最大で千人まで乗せる事の出来る飛行船がある。


対して飛行艇とは、海や湖、大きさによっては川等、水面に離着陸出来る種類の乗り物だ、モノによっては陸地でも離着陸が可能なモノもある。


地図の場所を見ると、クトリヤ国内のモアムダン、と云う街だ…。


見る限りでは解らないけど、湖の中?に浮いてる…のかな?埋め立てたのかな?


湖に食い込んでいる様に町が描かれてあり、町までは橋で繋がっている様にも見える。

エバダフを出発して、ボロテア国内の街を2ヶ所通過した頃、丁度太陽が真上まで昇っていた。

「お昼か…、食堂行ってみよ…。」


長距離列車の車内には食堂がある、何日も掛けて移動するので持ち込んだ食料が足りなくなった人の為の配慮だろう。


「えっと…、お金、お金。」


ガサゴソ、と荷物を漁り、財布袋を探している。

「あ。」

出て来たのはエアルから預かった父親のお金だった。

「此は使わない…。」

取り出しはしたものの、直ぐにしまい込んだ。

「お?」

次に出て来たのは、冒険者ギルドから渡されたモノであった。

この前の事変でのメルラーナの活躍に対する、正当な報酬らしく、最初は断ろうとしたのだが、手持ちのお金が底を尽き掛けていたので有り難く頂いて置く事にした。

「どれ位入ってるんだろ?」

半強制的に渡されたので中身を確認しかったメルラーナは、荷物の中から財布袋を取り出し、最初に重さを確認した。


ジャラ。


「…うん、其れほど重くはないね。」


内心ホッとした、父親の貯めていたと云うお金を見た時にかなり焦ってしまった、メルラーナは自身で生活費を稼いでいた為、大金に対して警戒心があるのだ。


次に袋の口を開けて中身を覗き込む。


「………。」


黙って袋の口を閉じる。

無言のまま両手を床に付き、項垂れた。


まただ…、また金色の物が見えた。

どう云う事だ?まさか私の金銭感覚っておかしいのだろうか?


普通である。


大多数の人物は冒険者に夢を見て冒険者家業を始めるのだが、其の理由の一つは此である、危険な仕事が多い為に報酬が高いのだ、上級の冒険者ともなれば一回の任務で小金貨4~5枚とかはザラにあったりする。


意を決してもう一度、袋の中身を覗き込む…。


「…大きな金貨が1枚…、此…大金貨…だよね?」


冒険者って…、冒険者って…。


「…小金貨が3枚、…と、此は…銀貨かな?大きい銀貨が5枚ある。」


旅をするに置いて、寝泊まりする場所や、食事を全て硬貨で支払うとすると、大体一日に必要な最低限の硬貨は中銅貨が2枚から3枚程度で事足りる。

自身で食材を集め、調理すれば凡そ半分位で済むだろう。


「…はぁ、どうするのよ、こんな大金。」


メルラーナの頭の中を次に過ぎったのは。


「使える所なんてあるのかな?」


大きな単位の硬貨は支払いの際、お釣りを出せない等の理由で使えない所が多いし、一般的な平民の生活の中では其れが普通である。

覚悟を決めて大銀貨を1枚だけ、自分の持っていた財布袋の中に仕舞い込むと、其れを腰に掛けて席を立つ、部屋を出て扉に鍵を掛けて、壁に掛っていた車内の地図を確認する。

文字はリースロート語とボロテア語、あと2種類の言語が記されており、一つは多分クトリヤ語?と思われる字で書かれているのだろう、もう一つは其の先の国なのだろうか。

メルラーナは辛うじて読めるリースロート語を解読して。


「食堂は左か…。」


食堂へ向かう為に、列車内の通路を歩いていると、窓際に映る景色に眼を奪われた。

列車は何時の間にか山の上の方を走っており、外の景色は地上を見下ろす様な形にで景色が広がっている、広大な地平線は遙か先まで伸びていた。


少しの間、景色に見惚れてしまっていたメルラーナは、お腹の虫が鳴き、誰かに聞かれなかっただろうか、と周りを見渡した後、そそくさと食堂へと足を運んだのだった。


食堂に着いたメルラーナは、煌びやかな内装に表情を引きつらせる。

真っ赤なフカフカの絨毯に、目利きでは無いが、恐らくあのクロムウェルハイド製のテーブルや椅子が並べられている。

定員に案内されて、恐る恐る座ったテーブルの中央には、お高そうな花瓶と其処に生けられた綺麗な花が、此処は私にとって場違いな所ではないだろうか?と思わせた。


定員にメニューを渡され、眼を通す。

「…お、…おおう。」

思わず唸ってしまった。

高い!?凄く高いではないか!?一食、と云うか、一品一品が私の一日分の食費より高いんですけど!?

メニューに釘付けになるが、頂いた硬貨を使う事に躊躇する必要は無さそうだったので、出来るだけ安いメニューを選ぶ事にした。


「えっと、コレと、コレ、後コレもお願いします。」

メニューを指差し乍ら、定員に注文をする。

「畏まりました。」

と、定員はメニューをメルラーナから受け取り、厨房へと消えて行った。


注文してから10分程経過した頃、テーブルの上には注文した料理が並べられ。

見た目からも香りからも、絶対に美味しいに決まっている!と思わせる様な料理に目移りし乍らも、一口頬張る。


モグモグ…、ゴクン。

「…美味しい!」


食堂車内では安い方だったが、それでも満足の行く料理に舌鼓を打ち、皿の上に料理を綺麗に完食してしまった。


食事を終えると、疲れていたのか、急に眠気に襲われる。

「…最近、余りゆっくり出来なかったからかな、うう、いけない、こんな所で眠っちゃ…。」


急激な睡魔に勝てず、ウトウトしだして、そのまま眠ってしまった。


「あら?お客様?…シェフ、お客様が眠ってしまわれましたが、どうしましょう?」

定員が眠りに付いてしまったメルラーナを気に掛けて、食堂車のシェフに声を掛ける。

「んん?」

呼ばれてシェフが厨房から出てくると、眠っているメルラーナを見て。

「いいんじゃないか?高い料理を出しているとは云え、此処は高級店では無いんだ、休ませてあげようではないか。」

そう言い残して、厨房へと戻って行った。



そんなメルラーナの姿を、食堂車の一つ後ろの車両で数人の男達が覗き込んでいた。

「あれがジルラードの娘か、食堂で暢気に寝ているとは、捕らえられてしまった侯爵様の命令だ、今此処で息の根を止めてやろう。」

鎧は纏ってはいないが、如何にも高そうな生地で作られた衣装を着た男が、食堂のテーブルで座ってウトウトと眠っているメルラーナを遠目から見つめ、二人の男が怒りを露わにし乍ら呟いている。

色違いの似た様なデザインの衣装を着ているもう一人男と、顔を見合わせてうなずき合うと。

「おい、武器屋、此処まで来れば一蓮托生だ!今度失敗すれば命は無いぞ!」

武器屋と呼ばれた数人の男達は武器商人の護衛として雇われた男達を鼓舞する様に怒鳴りつける。

「お、おう!」

武器商人の護衛達は恐怖に怯え乍らも答える。

雇い主が何者かに捕らわれ、逃げようとしたのだが、侯爵の騎士に捕まり、主と商人を捕らえに来たのは、アルテミスのエアルだ、と伝えられ、更には我々には既に逃げる場所は無い、と説得されたのだった。

しかし彼等は雇われた傭兵では無く、武器商人に正式に雇われた護衛と云う名の只の警備員の様な者達である、騎士達に脅されては、恐怖からか従わざるを得ない状態になってしまっていた。


「ならばサッサと殺しに行くぞ!」

男の命令で護衛の一人が「よ、よし、皆、行くぞ!」と、メルラーナを殺しに行く様に命じた。


…が。

誰一人動こうとする者が居ない。

「…?おい!何をやって…。」

騎士の男が振り返ると、残っていた武器商人の護衛達は二人を残し、全員が絶命していた。

「え?」


「やれやれ、困るんだよね君達。」

絶命し、倒れている護衛達の中に一人、立っている男がいた、男は金髪で青い瞳、整った美しい顔立ちに耳の先端が尖っている。

エルフと呼ばれる種族である。

「だっ!誰だ!貴様はっ!?」


「ふぅ。」

エルフの青年は大きく溜息を付き。

「君は侯爵の騎士君なのだろう?ならば、僕の事位は知っておいて貰わないと困るよいや?別に知ってて欲しい訳じゃないんだけどね?世間体ってモノがあるじゃあないか、言っておくけど僕のじゃないよ?君のだ、其れとも何だい?騎士と云う地位を持った只の馬鹿なのかな?」


「な!?」

馬鹿にされたのに肚を立てたのか、男は顔を真っ赤にして抗議しようとするが。


「いやいや、いいんだ、馬鹿なら仕方がない其れより、彼女を付け狙うのは止めてくれないかい?邪魔をされると困るんだよ本当に…。」


「邪魔だと!?邪魔をしたのは…。」

男は反論しようとするが、周りの空気が一気に下がった様な感覚に襲われた。

「喋らないでくれるかな?君の意見など聞いてはいない。」

「ひっ…!」

騎士と金髪のエルフのやり取りを、横で見ていた護衛の男は常闇の森での事を思い出していた、自分の仲間を塵芥の様に蹴散らす魔人の力を、あの時の恐怖が今、目の前にいるエルフの男からも感じていた、いや、只の直感なのだが、此のエルフ、間違いなくあの魔人よりも強い。

そしてもう一つ、頭に過ぎる事があった。


「ま、まさか貴方は、テ、テイルラッド=クリムゾン?」

護衛の男が口走ったのを聞いた騎士は。

「何っ!?」

と驚いていた、まさか此の様な国の、しかも民間人が乗れる様な列車の中で聞く様な名前では無かったからだ。

「ん?…やれやれだね何故、騎士君の君が知らなくて、商人警備をしているだけの人間が僕の事を知っているのかな?いや本当、こんな馬鹿と一蓮托生とか云われて共にした者達が可愛そうに思えてくるよさて、騎士君、君達事は既に調べ上げている、君達の狙いも、トムスラル国の王がレシャーティンに唆されて言いなりになっている事も、例え奴らが裏で手を引いていたとしても、君達が森で行った愚行を許す訳にはいかない。」


「ひっ!ひぃぃっ!?」

男は余りの恐怖に何も喋れなくなっていた。

「どうせ君達は此処で死ぬのだから、冥途の土産に良い事を教えてあげよう。

君達が今、抹殺しようとしていた彼女、メルラーナ=ユースファスト=ファネルは、僕達の切り札なのさまあ、切り札になってくれるかどうかは彼女次第なのだけどねだから、君達の様な下衆共には近寄って欲しくないんだよ、彼女に悪影響を与えかねないからねそれじゃあ、さようなら。」


「い!いやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!助けてえぇぇぇぇぇぇぇぇ……………。」


グシャ。

まるで水分の多い果物が握り潰されて砕け散る様に、男の頭が砕け散った。


「おっと汚いな、…て云うか、後始末どうしようかな?コレ、…よし、窓から捨てるか。」

云うや否や、窓を開けて男達の死体を窓から外へと投げ捨てた。

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