第57話 後始末


話を終えた後、テイルラッドは一足先に里を後にした、本人曰く。


「こう見えても僕は忙しいんだ、此処で無駄に時間を潰す訳にはいかないのさ。」


と言っていた、後でガノフォーレさんに聞いた話だが、テッドはシュレイツ公国の宰相なのだそうだ…。


「…宰相って…、他の国に1人で入り込んでもいいんですか?」

詳しくは知らないけど、宰相って国の政権を握っている様な凄い人物では無かったかな?重要人物…だよね?そんな人が護衛も付けずに単独で、余所の国に来るのは、国際問題にならないのだろうか?


メルラーナの一言を聞いて、ガノフォーレは頭を抱えて。

「駄目だろうな、普通は…。」

そう言って大きな溜息を付いていた…。




里に来て2日、私の身体の治療はギュレイゾルさんが最初に言っていたように、此処では限界があるらしい。


「やはり此以上の治療には医者の力が必要だ、治癒魔法は対象の持つ再生能力を活性化させるものだ、外側の傷であれば無理矢理繋いで治癒を施せば何とかなるが、内側の傷は身体を開かねば治療の必要の無い箇所まで影響を与えかねない、特に大きな傷は血管や神経が繋がるまでは押さえておく必要があるからな、我々魔人は元々の再生能力が高く、繋いで治療魔法を行使すれば大体の傷は治せるのだが…。」

魔人に治癒師が居ないのはそう云う理由らしい、ある程度の治癒魔法が使えれば後はどうとでもなるそうだ…、ギュレイゾルがそう言い残して其の場を去った後。


人間の再生能力には限界がある、治療魔法は其の再生能力の限界を越えさせるものだ、けど魔法での治療では必ずと云っていいほどに痕が残るんだよ、痕が残るのは嫌だろう?

其の傷痕を綺麗に直す事が出来る技術を有してしるのが医師って存在だ、医師ならば大きな傷でも血管や神経まで縫い合わせて固定する事で元の状態まで戻せる、後は治療魔法で身体を正常な状態まで直せれば完治って訳なんだが…。


ガノフォーレがギュレイゾルの話を補足する様に、人間の治療と魔人の治療の違いを説明してくれた。

要するに、魔人でも人間でも無い私の身体の治療は、其の身体に対して何の抵抗も持っていない人達に任せるのがいい、と云う事だ…。

そう云えば、私って病院に行く事って無かったな?病気になった時はいつも通信機で医者を呼んでいたし…、其れが普通だと思っていたけど…。


メルラーナには父親であるジルラードの権限で、専属の医療機関が存在しているのだ、一寸した職権乱用である。

カノアの町の住人も其の事をある程度は認識していた、根回しと云うやつだ、故にメルラーナが大きな傷を負った時には其の医療機関に連絡が行く様になっていた。




メルラーナが魔人の里にて休養をしていた丁度同じ頃。


貿易都市エバダフ郊外に、如何にもお金持ちなのを見せびらかす様な、大きな屋敷が建っている、其の屋敷の一室に、素人が見ても解りそうな位、フワフワな肌触りをしている高級なソファーが置かれており、其処に中年男性と60代位の老人の男性が2人座っていた。

1人は黒い正装で恰幅の良い男、部屋の中央、ソファーに挟まれる様に置かれているテーブルを見つめ乍ら。


「くそっ!冒険者共め!苦労して攫って来た魔人を元の場所へ連れて帰りおった!」


と叫んでいる此の男は、リゼを攫った武器商人である。

男の座るソファーの後ろには、護衛と想われる戦士風の男女が2人立っており。


(おいおい、連れてきたのは俺達で、アンタは金だけ出して此処で優雅に寛いでいただろうが。)

等と考え乍ら、表情一つ変えずに護衛の仕事に努めていた。

こんな仕事をしてはいるが、2人共9次席であり、実力は本物である。

彼等は傭兵と呼ばれる者達で、金を積まれて戦争をするのを生業としているが、基本的に金に見合い、自身の手に余らない仕事ならばどんな事でも請け負う。

無論、人によるが…。


黒い正装の男は向かいに座っている男の存在を気にもせず、周りに当たり散らしていた。

メルラーナ達がリゼを連れて、常闇の森へと向かった報告を受けた後、男は間髪入れずに精鋭を揃えて向かわせようとした、だが、先日の冒険者ギルドの襲撃と、街中での襲撃で受けた損失は男が思っていた以上に大きく、どれだけの大金を叩いても、命惜しさに森へ行こうとする者達は集まらなかったのだった。


「くそっ!腰抜け共が!」

罵倒をしてはいるものの、リゼを攫いに森へ向かう精鋭を集めた時は、長い時間を掛けて行った、公にすれば冒険者達、下手をすれば国を敵に回すかも知れない事業である事が解っていたからだ、当然、其の時に集めた者達だけで全ての行動を行ってきた訳だが、残ったメンバーでは森に到達する前に全滅しかねない、と云う傭兵達の言葉受け、手出しする事が出来なかったのだった。


「仕方あるまい、何せ魔人が徘徊している森だ。」


此処で、ソファーに座っていたもう1人の男が、漸く口を開いた。

筋肉質の良い巨漢で、白髪に太い眉が特徴的で鋭い眼光をした老人、トムスラル国、三大諸侯の1人である。

メルラーナの前に姿を現した時の様な、煌びやかな鎧は纏ってはいない、見た目はガタイの良い只の老人にしか見えないだろう、此の場に居る事が公にされる事を避ける為であろう変装である。

老人の座っているソファーの後ろには、2人の男が立っていた。


「し、しかし…。」

武器商人の男が何かを言おうとしたが。


「そんな事より、此の始末をどう付けるつもりだ?」

其の言葉を遮り、鋭い眼光で男を睨み付けた。

「ヒッ!?」

男は軽く悲鳴を上げる、と同時に、後ろに居た傭兵の2人が各々の武器に手を添えた。

傭兵の行動に老人の後ろに居た男達も腰に差した剣の柄に手を添える。


「待て。」

老人は手を上げて、後ろに居た男達に納める様に促すと。


「お主達もだ、今此処で我々が争った所で、何の解決にもならん。」

そう言って、傭兵達にも抑える様に諭した。

「其れに、件は此奴の問題であろう?」

老人は、其の場に居た中で、唯一恐怖の表情をしている武器商人の男を顎で差した。

「…。」

傭兵達は黙って引き下がるしかなかった、老人の言葉が真実だからである。


「…さて、話を戻そうか、此の失態にお前はどう責任を取るつもりだ?」

再び男を脅した其の時。


ドンッ!!

と両開きの扉が勢いよく開くと。

「責任ってそりゃあ、公の場でキッチリと裁いて貰わないと困りますよ?」

突然部屋に入って来たのは、長い金髪の美女であった。


「何者だ!?」

老人が1人叫ぶ、武器商人の男は腰を抜かして何も言えずにいた。

護衛達は即座に武器を構え、侵入者を牙を向ける…が、傭兵の女が1人、震える様な、しかし其の場の全員に聞こえる位の声で…。


「…ア、…アルテミスのエアル!?」

と、侵入者である人物の正体を口にする。

「「「なっ!?」」」

其の正体に、部屋の中にいた全員が驚愕した。


「あれ?何処かでお会いしました?」

エアルは傭兵の女性に訪ねるが。

「会った事は無いわ、貴女の様な有名人、調べていない訳が無いでしょう?」

と、声を震わせたまま答える。


「…そう、うーん、有名になるのも少し考えものね?団長の気持ちが一寸解るかも…?」


「何を悠長に話している!?さっさと仕留めろ!弓使い等接近されれば手も足も出ないであろう!?」

老人が叫ぶと、4人の護衛が一斉に動いた…、次の瞬間。


ヒュン!と云う何かが横切る音がして…。

手に痛みを感じた護衛達の武器が、床に落とされていた。


「な…!?何を…した?…撃った…のか?い…?何時…?」

護衛達は痛みを感じた自身の手を見ると、矢が突き刺さっていた。

有り得なかった、弓は軌道が決まっている、其れを此処の技術を持って様々な角度から狙い撃つものだ…、矢を数本、同時に構えて撃つ方法もあるが、どう足掻いても、縦、横、斜め、一列に並べて撃つ事しか出来ない筈である、しかし今の射撃は護衛全員の手に命中させたのだ、まるで曲撃ちである、矢を撃つのと同時に魔法を行使すれば矢の軌道を自在に操る事が出来る、其れを曲撃ちと云うが、魔法と同時に弓を射る為、尋常ではない集中力が必要となる、仲間に護られながらならば其の威力は脅威となり得るが、1人でなら只の曲芸でしかないのだ、つまり戦場ではあまり向かない技術なのである。

だが今、アルテミスのエアルは其れをやってのけた…いや、魔法が行使された痕跡が見当たらない…つまり、曲撃ちでは無い、と云う事になる。

護衛達は恐怖に戦き、戦意を失い掛けていた。


「どうせ全員死ぬのは確定しているので、冥途の土産に良いことを教えてあげましょう。」

エアルは美しい顔で笑顔を作る、こんな状況でなければ男ならば間違いなく虜にしていたであろう。


「先ずは怯えている様子なので安心させてあげましょう、私の持っている此の弓は霊装です。」

そう言ってエアルは弓の本体を全員に見える様に持つ。

「な…何だ、れ…霊装だったのか、道理で、あんな芸当、霊装ならば可能だろう?」

霊装は実際にどんな能力があるのか解らない物が多い、護衛達はエアルの持つ弓が霊装と聞いて、アルテミスのエアルの能力は霊装によるモノだと思い込んだ…。


次の一言を聞くまでは…。


「まあ、此の霊装の能力は矢を無尽蔵に生み出す事が出来るだけなんですけどね。」


「矢を…生み出すだけ…だと?」

「はい、矢を生み出すだけです。」

護衛達の血の気が一気に引いていく…。


「う!?…うわああああああああああああああああっ!?」

恐怖が一定値を越えてしまった。


「それでは皆さん、さようなら。」









翌日、メルラーナ達は既に出発の準備を終えていた冒険者達と共に、魔人の里を立つ事となった。


「…めるらーな、いっちゃうの?」

リゼの大きな瞳の中に、大粒の涙が溜り、頬を流れる。

「…うん、行かなきゃいけない所があるんだ、でも、又会えるよ。」

其の言葉には何の根拠も無かったが、リゼはメルラーナの従姉妹なのだから、きっと何時か、又何処かで会える時が来るだろうと思っての発言だった。


「…ほんと?」

「うん、本当。」

力強くリゼを抱きしめて、耳元で囁き合う。


そんな2人を、周りで見ていた冒険者達は貰い泣きしていたのだった。


メルラーナは別れを惜しみながらも、想いを振り切って魔人の里を後にした。

途中何度も振り返り乍ら。




第3章・魔人の血統 FIN

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