第54話 魔人の里


手すりが無く普通の人間ならが落ちてしまえば、確実に命を落としてしまうだろう長く続く恐怖の階段を、恐る恐る一段一段確実に足を踏みしめ、地上?から凡そ300メートル程まで登り切ると、広い床のある場所へと辿り着いた、漸く恐怖心から解放されたメルラーナは、その場にへたり込む。


「めるらーな、だいじょうぶ?」


メルラーナを心配してリゼが声を掛けて来たが「大丈夫。」と答えて安心させる。

(本当は全然大丈夫じゃないけど…、そう云えばリゼと出会ってから大丈夫って言葉何回言ったんだろ?)

と思い乍ら…。

其れにしても、リゼは成れているのだろうか?表情一つ変えて居ない。

(生まれ育った村だから平気なのかな?)

恐怖心を抱いている処か、帰って来た事が嬉しいのだろう、はしゃぎ回っていた。


その場で小休憩をしていると、警備兵と思われる魔人達が集まって来た、此だけの数の人間が此処まで来たのは初めてなのだそうだ、警戒されているのだろう、まあ、仕方が無いのは頷ける、何せ此処の長の娘が人間に攫われたのだから。

メルラーナは少し溜息を付き、心を落ち着かせて周囲を確認する。


「…ふぁぁ。」

見た事の無い不思議な町並みを見て、思わず溜息(二回目)を付く。

改めて間近で見てみると、集落と云うより、完全に村や町と呼べる程の規模の家が、大木の周りや大木通しの間、木の上に設計された特有の立体的な建築をされており、今居る場所から上や下、あらゆる場所に点在していた。

足場は意外としっかりしていて、走り回ろうが飛び回ろうが、ビクともしない、大木と大木を繋いでいる橋も、下から見れば頼りなさげなモノだったが、此処から見れば幅は広く、がっしりとしている、今此処に居る全員が、其の橋を一度に通ったとしても、全く問題なく渡れる事だろう。

其れ処か、場所によっては3本から4本の木を利用した足場を設置されている所まであり、広場の様になっている場所も見える、見えると表現したのは、今居る場所から其の広場と思われる場所までかなり距離があるからだ、何せ大木と大木の間は狭い所でも100メートル近く離れている、広場のある場所はもっとあるのだろう、広場と思ったのは、其の場所が今居る場所から少し下にあったからだ、想像していた集落とは全くかけ離れていた。


集落を案内されて辿り着いた場所は少し開けていた、此処に来るまでに見た広場よりは小さめで、100人程が集まればギュウギュウ詰めになるであろう程の広場だ、周りには何も無く、上を見上げると、此の広場を囲む様に細い足場が70~80メートル程の高い場所に設置されている…。


「成程、全く信用されていないナ。」

ベノバが呟く。

「うむ。」

ベノバの言葉に頷くアンバーは、周囲を見渡し乍ら自分達の置かれている状況を把握している様だ。


「何時でも此方を討てる準備は出来ていると云う訳か…。」

ガノフォーレがハッキリと言葉にするのを聞いたメルラーナは…。


「…え?」

驚いた表情をして魔人達の方を見る。

「フンッ!所詮は人間、我等は貴様等を信用していない、何せリシェラーゼ様を拐かした奴等と同じ種族だ、そんな連中に里を自由に彷徨かせる訳がなかろう。」

此処まで案内をして来た魔人が語り始める。

「私達はギュレイゾル卿の依頼を受けて御息女を此処まで連れてきたのですが?」

ガノフォーレが魔人の前に立ち、意見を述べる。

「其れと此とは話が別だ、抑も此は貴様等人間共が引き起こした事、リシェラーゼ様を連れてきたからと云って其の罪が消える訳では無い。」

「ぐっ!」

ガノフォーレが押し黙る、何時ものガノフォーレならば淡々とした口調で言い返すのだが、今は状況が悪い、1人でも驚異となる魔人が視認出来るだけでも20人、広場を囲う高台の足場から此方を狙っているのだ、そんな状態で人間を嫌っている魔人達に、正論を唱えても意味を為さない、其れ処か下手に言い訳をすれば殺され兼ねない、此処に来るまでに犠牲者を出していると云うのに、こんな所で無意味な犠牲を出す訳には行かないのだ。


「一寸!!私達をあんな屑達と一緒にしないでくれる!?」

「おっ!!おいメルラーナ!!」

ガノフォーレの思慮とは裏腹に、メルラーナが魔人の言葉に噛み付く。

「フンッ!ティレーナの娘か、も所詮は半分が人間ではないか、出来損ないであろう?」


ザワ。


魔人達の言い分に納得出来る部分はある、其れでも、其れは結局は一部の人間が引き起こした事であって、大多数の人間はそう云った行為は好まないし、そう云った事に少しでも興味を持っていたとしても、理性が行動を止めるのが普通である。

だが魔人達はそんな事はどうでもいいかの様な態度で人間を罵り、克つ、人の血が混じっているとはいえ、同じ魔人であった筈のメルラーナの母親まで罵り始めた。

メルラーナの母親であるティレーナは、メルラーナがまだ5才の頃に、ある事件がきっかけで命を落としている、小さかったメルラーナはうろ覚えでしか無いが、大勢の人を助ける為に、強大な何かに立ち向かって行った、其の何かが何かは未だに解らないし、父親も教えてはくれなかったが、人々を護る様に、其れに立ち向かう姿と、其の時に見た大きな背中は、未だにハッキリと覚えている、故に、母親はメルラーナにとって偉大な存在なのだ、其れを、名前も知らない魔人に罵られる筋合いは無い。


「…?……って言ったの?」

周囲の温度が突然、一気に下がり出した。

「お母さんの事を…って言った?」

ローゼスとの戦いで使い果たした筈の力が、周囲に漏れ始めている、己の尊敬する、大切な人を罵られた事への怒りが、無意識に無理矢理残った力を絞り出しているのだ。

「まずい!?メルラーナ!!落ち着け!!」

このまま力を使えば、確実に命に関わる、ガノフォーレがメルラーナを宥めようとしたが…。

「ハッ!出来ないをアレと言って何が悪い?」

魔人は気にする事無く更に挑発する。

「取り消せ。」

「断る。」

「取り消せっ!!」

「フンッ!偉そうに吠えているが、貴様は4分の1ではないか!?アレより出来損ないの分際で頭が高いわっ!!」


プツン。


メルラーナの中で何かが切れた音がした。

「そう、私も魔人が嫌いになったわ。」

魔人を睨み付けて足を一歩前に出す、が、メルラーナの視界にリゼの姿が映った。

リゼは涙を流し、オロオロとし乍ら魔人とメルラーナを交互に見ている。

「めるらーな?わたしのこと…きらい…なの?」


…ぁ。


ゴツンッ!

と、近くで何かを叩く音がして、唐突に頭に痛みが走る。

「いっ!?」

「馬鹿が、少し落ち着きたまえ。」

「………テッド?…痛いよ?」

「うん、拳骨で殴ったからね?」

「酷いっ!?」

「酷く無い、メル、君は、リゼの前で何を言った?」


「っ!?…ゴメン、有り難う。」

後悔した、怒りに身を任せて、とんでもない事を口走ってしまった、リゼは関係無いのだ、其れ処か今回の事件に巻き込まれた張本人でもある、魔人達にも良い人達は居る筈だ、リゼの様に素直で良い子も居るのだ、其れを…。

胸が締め付けられそうな思いがした。


先程、此の魔人がした嫌な事を今、私自身が行ってしまった。


魔人を無視し、リゼの方を見る。

「リゼ…ゴメンね?…嫌いになんかならないよ。」

メルラーナの言葉を聞いたリゼは、魔人の手を振り解き、メルラーナに向かって走り出す。


ドン!!

とメルラーナの胸に飛び込み、声を上げて泣き出した、メルラーナは「ゴメン。」とリゼの耳元で囁き、そっと抱きしめていた。



「…よし、其れで良いさて。」


突然現われてメルラーナの頭に拳骨をお見舞いしたテイルラッドは、2人を見届けた後、魔人へと振り向く。

「テイルラッドとか云ったか、エルフの分際で此処に何をしに来た?」

多種族が余程嫌いなのだろうか、魔人が今度はテイルラッドに噛み付き始める。

「ローゼス王も我々だけで対処出来たのだ、魔神だか何だか知らないが貴様の様な輩の出る幕じゃあない…。」

「…ふむ、言いたい事は其れだけかい?」

「…何だと?」

「言いたい事は其れだけかと聞いているんだ。」

魔人の前に立ち、其れまで爽やかな表情で語っていたテイルラッドは、眼を細めて見上げる、170センチ程のテイルラッドの身長に対して魔人は3メートルはある、姿形云々を別にすれば、まるで子供が大人を見上げている様な光景に見えた。


ザワ。


魔人は背筋に悪寒が走る。

(何だ?此の威圧感は…、此のエルフ…、ギュレイゾル様と同等…、いや、其れ以上…。)

「さて、僕は今、少々虫の居所が悪いんだ、だから此以上、其の薄っぺらい文句を垂れ続けるのなら…、力尽くで黙らせるよ?」

「やっ!やれるものならやってみろっ!!我が同朋が貴様を狙ってい…!」


パチンッ!

テイルラッドは魔人が喋っている最中に、指を軽く鳴らした。

すると…。


「ゴフッ!?」

ドサ!


魔人が口から泡を吹いて倒れた、更に高台から冒険者を狙っていた魔人達も次々と倒れ始める。


「「なっ!?」」

眼の前で起こった出来事に冒険者達が驚き、軽い混乱を引き起こしていた。

「何をしたんだ?」

「気絶しているぞ?」

「まさか…魔人全員を?」

「指を鳴らしただけにしか見えなかったが…。」

「あの数の魔人を…一瞬で…。」

「ス、スキル…なのか?」

「馬鹿な、相手は魔人だぞ?此処に居る全員で戦っても、奴等の半数を倒せれば良い方だ…、其の魔人を1人で…、そんな技術、見た事も聞いた事も無い。」

「じゃ、じゃあ、魔法…なのか?」

冒険者達がざわめく中、テイルラッドは冷静に…。


「もういいよ、此れだから馬鹿は嫌いなんだ、言っただろう?一度言えばいい事を何度も言わせないでくれ賜え…、僕は今、少々機嫌が悪いんだ。」


倒れて気絶している魔人を見下ろし乍ら、一言投げかける、何も物申せなくなった魔人を、リゼが不思議そうな表情を浮かべて眺めていた。


「…テッド?…今、何をしたの?…魔法?」

「まあね、精霊魔法って云う分類の魔法さ。」


精霊魔法?はて?精霊魔法って確か、あの明りを点けた火の玉みたいな姿をした精霊と呼ばれる存在を招喚する魔法では?何かを招喚した様な感じには見えなかったけど…?


首を傾げているメルラーナが、何を想像しているのかを悟ったのか、テイルラッドはどう云う魔法を行使したのか簡潔に説明し始めた。


「水の精霊…、ウンディーネって云うんだけどね、其のウンディーネに頼んで魔人の血液に振動を与えて複数ある心臓を全て揺さぶったのさ、其れで泡を吹いて気絶したって訳だね。」


「はぁ…。」

云いたい事はなんとなく解るんだけど、そんな簡単に出来るものなのだろうか?益々理解が出来なくなってしまった。


「此は何事か!?」

そんな話をしている間に、別の魔人達が集まって来た。


ああ、又面倒な事に成りそうな予感が…。


「テイルラッド!?貴様の仕業…!?リシェラーゼ?リシェラーゼなのか!?」

人間と似たような姿をした魔人が、テイルラッドに対して突っかかろうとした時、リゼの姿が眼に映り、怒りがすっ飛んだのだろう、急にリゼに向かって走り出した。


「おじさん!ただいま!」

満面の笑みを浮かべて、叔父さんと呼んだ魔人に向かって走り出し、抱きしめ合う。

「おお!?リシェラーゼ、無事で良かった、怪我は無いか?酷い事をされなかったか?」


リゼが叔父さんと呼んだから、血縁なのだろうか?リゼを心配する其の姿は、人と変わらないものであった。


…旗から見れば、まるで親馬鹿の様だ…。

口には出さなかったが、其の場に居た殆ど冒険者がそう思ったと云う。


「戻ったぞ…、な!?何だ此は!?テイルラッド!貴様か!?何をした!?」

今度はギュレイゾルが帰還してきて、テイルラッドに向かって吠え始める。


テッドが何かをした、って云う事は確定事項なんだ?


「五月蠅いな君達は!!僕は今虫の居所が悪いんだ!少し黙り賜えよ!!」

「あ、ああ、すまん…。」

我慢の限界が来たのか、テイルラッドが怒りをぶちまける様に叫び散らすと、ギュレイゾルは素直に謝罪し、その場は収まったのだった。

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