第12話 脱出
部屋を後にしたメルラーナ達は来た道を全力で引き返していた。後ろでは激しい戦いの音が聞こえて来る。
「メルラーナさん、止まって。」
「…え?」
暫く走っていると、ジェフが突然足を止めた。
「此の先で誰かが戦っている。」
「だ、誰が?」
「解らない、けど、複数人居るようだ、ひょっとしたら第三部隊の連中かも?」
「じゃ、じゃあ合流しましょう!戦ってるなら助けないと、戦力になんないかも知れないけど。」
「うん、そうだけど、慎重に行こう、此方は怪我人を背負って居るからね。」
慎重に、其れでも出来うる限り素早く移動する、と、通路の先から激しい戦闘音がはっきりと聞こえてきた。
「あそこだ。」
ジェフはそっと中を覗いて状況を確認する、すると、中には第三部隊と思われる冒険者達と、緑色の筋肉質で巨大な身体をした一体のオーガが戦って居た。
「彼奴等、オーガまで連れて来ていたのか?」
「ジェフさん。」
「ん?どうした?」
何時の間にかメルラーナも部屋をのぞき込んでいた。
「あの、…オーガ?身体から黒い霧みたいなのが出てる。」
「ん?霧?」
ジェフは再び部屋を覗くと、オーガの身体から、うっすらとだが、メルラーナの言う黒い霧らしきものを纏っていた。
「ふむ、確かに、あれに見覚えがあるのかい?」
「うん、ジェフさんが倒してくれたゴブリンの身体からも、あんな霧が出てたよ?」
「!?」
(尋常な力を発していたゴブリン、化け物染みた強さを持っていた二人組の男、そして、オーガ、か、…解らない事だらけだ、考えただけで頭が痛く成る、ただ。)
「今はあのオーガをどうにかしようか。メルラーナさん、悪いけど彼を見ていてくれないか?」
「え?あ、はい。」
ジェフはカルラを床に寝かせ、部屋の中へ突入して行った。
「うおおおおおおっ!」
叫び声を発しながらジェフはオーガに切り掛る。
「「ジェフ!」」
「?ジェフ?一人だけか?他の連中はどうした?」
「話は後だ、今は此奴をどうにかするぞ!」
苦戦していた第三部隊はジェフ一人が参加し、指揮を取った事で戦況が一遍する。
「其処の前衛二人!一度下がって体勢を立て直せ、残りの奴は俺と一緒に此奴を食い止める、後衛半分は火力を3割落とせ!もう半分は後退!回復に専念しろ!交代したら3割落として攻撃!弾幕を絶やすなよ!ごり押しで勝てる様な相手では無いぞ!下がった前衛二人!立て直せたら合図を送れ!」
一通り指示をし終えてから、1分程立っただろうか。
「ジェフ!行けるぜ!」
後退していた二人から合図が送られて来た、其の合図を聞いたジェフは頷き、自身と共に前で戦って居る仲間に。
「前衛!退け!」
と言って下げさせると、右手を上げて。
「後衛、全力一斉射撃用意!撃て!」
無数の魔法と矢、弾丸が一斉に放たれ、オーガに直撃する。
「前衛交代、俺に続け!」
その光景を部屋の外から見ていたメルラーナは。
「…ジェフさん、…凄ぇ。」
と一人感心していた。
ジェフが戦いに参加してから10分程立った頃。
「何て体力をしているんだ!倒せる気配すら感じない!」
「こんなんじゃ、あのまま全力でやってたら今頃全滅していたな。」
「此奴、オーガじゃ無いんじゃ?」
私語がチラチラと聞こえ始めて来た。
「気を抜くな!ダメージは通っている!」
(まずいな、皆の集中が途切れてきたか、だが確かに、生存率は上がったものの、決め手に欠けている。)
ジェフは今一人、後退して治癒魔法を受けていた、ギースから受けた傷の治療も同時に行っている。
(此の傷が治れば、全力で戦える、俺一人ならあのオーガ位なら食い止められる、その間に前衛全員を一度退かせて、もう一度一斉射撃を噛まして、全員で掛れば。)
残念ながらジェフは判断ミスをしていた、此のメンバーの中で、ジェフの言う決め手に成るのはジェフ自身なのだが、先の戦いで全滅した仲間の事を思い、誰一人死なせまいという気持ちが、判断を鈍らせていたのだ、さらには此の異常な力を持つオーガも判断ミスの要因と成っていた、通常のオーガならジェフが参加するまでもなく倒せていた筈だった、つまり此のオーガは通常のソレの力を遥かに凌駕しているという事になる、100%全力を出せる状態ならジェフ一人でも食い止める事が出来たであろう、もしかしたら一人で倒す事が出来たかもしれない、だが、先の死闘とも呼べる戦いと此の戦いで、本人が思っている以上の疲労を蓄積させていた。
「よし!全員後退!後衛もだ!」
ジェフは単身、走り出す、少なくとも、此処に居る全員には、その場から消えた様に見えた、次の瞬間、オーガの身体を弧を描く様に斬撃が走り抜ける。
「やはり師匠の様には行かないな、速度が足りていない。」
ジェフはオーガの頭上、部屋の天井付近まで飛び上がって居た。
「此れだと次の攻撃のパターンが限られてくる、が。」
オーガの脳天目掛けて、ハルバートを一気に振り下ろす、寸での所で腕でガードされるが、ハルバートの刃は深々を其の腕に突き刺さっていた。
「防がれたか、それでも、お前程度なら此の速度で十分という事だな。」
腕からハルバートを引き抜き、地面に降り立ち、次の攻撃へと移ろうとした時。
「っ!?」
突然、電気が走った様な痛みが身体中を駆け巡る。
「ぐっ!」
その隙を、オーガが見逃す筈も無く、緑色の巨大な拳がジェフを襲って来た。
「しまっ、」
ドゴン!何か重い物がぶつかる様な音がする。
「………!?」
ジェフは呆気に取られていた、やられたと思っていた、死ぬ事は無いだろうが、重症に成るだろう事は覚悟していた、だが、そう成らなかった、目の前に、一人の少女が立って居たのだ。
「メルラーナ…さん?」
メルラーナの周りに分厚い水の壁が出来ていた、オーガの拳の衝撃は其の壁に吸収され、阻まれたのだ。
「其れはいったい…?」
ジェフはメルラーナの身体の周りに漂っているモノを見て瞳を大きく見開いて驚いている。
(流水系の魔法か何かの類か?)
「えへへ、やっぱり♪君は、多分、未熟な私を護ってくれてるんだよね?宿主に死なれちゃ困るからなんだろうけど。」
少し時間が遡る
「あわわ、ど、どうしよう、私も行った方がいいかな?でもカルラさんを置いて行けないし。」
メルラーナはジェフ達の戦いを部屋の外から覗き込み、現状のピンチに成っている状態に、自分が行く冪か否かを迷って居た。しかし、自分ひとりが参加した所で何の役に立つのか、逆に足手まといに成るんじゃないのか、そして何より、今だ気絶し続けているカルラをこの場に放って置いて行く訳には行かないという、心の葛藤をしていた。その時。
「う、ん。」
「!?」
気絶していたカルラが目を覚ました。
「カルラさん!」
「う…ん、いっ、たた、こ、ここは?…メルラーナさん?」
「大丈夫、何処か痛いトコ無い?此の指何本?」
メルラーナはカルラの目の前に指を2本立てて見せた。
「ん?え?2本…だけど?何がどうなって?」
「良かった、大丈夫そうだね!ゴメンだけど、此処で一寸待っててね、直ぐ戻るから。」
一方的に話しかけて来た上、一方的に話を終わらせて部屋の中へ入って行ってしまったメルラーナ。カルラは其の部屋を覗き込むと、今正にジェフはオーガの拳を食らおうとしている寸前だった。
「ジェフさん、大丈夫?」
「ああ、有難う、助かったよ。」
メルラーナの力に対する疑問の胸の内に仕舞い。
「もうボロボロなんだから、一人で戦うなんて無茶しちゃ駄目だよ?」
此の後直ぐに第三部隊のメンバーに参戦して貰うつもりだったのだが。
「そうだな、メルラーナさん、手を貸してくれるかい?」
「勿論!」
ニッコリと微笑んで、両手を握りしめ、軽く叩き合う。
此の時、此の場所で、今はまだ双方未熟者だが、ジルラード=ユースファスト=ウルスの娘と弟子という、後の世に互いに違う形で世界に名を轟かせる、二度と組まれる事の無い、二人のドリームタッグが誕生した瞬間であった事は、ほんの一部の人々にしか知られない事実である。
不思議な感触に感じたのだろうか、オーガはメルラーナを殴りつけた筈の手の握ったり開いたりして確認している、一頻り確認をした後、今度はメルラーナの方を向いて突進して来た。
「こっちに来た!?」
メルラーナはソードガントレットの刃を出して迎撃態勢を取る。
「メルラーナさん!」
突進して来たオーガは右の掌を開いてメルラーナの顔を捕まえ様として来るが、其れを寸でで躱すと、伸ばしきった腕を目掛けて右手の刃を突き立てる、腕から緑色の血が噴き出すが、オーガは気にする事無く空いている左の拳をメルラーナ腹を目掛けて殴りつけて来た、躱すのは困難と考え、左の篭手で防ごうと腹を護る動作を取るが、其の拳が飛んで来る事は無かった、オーガの左腕は肘から上が斬り落とされていた。
「え!?」
メルラーナは其の理由を直ぐに理解する、目の前にジェフが持っていたハルバートが見えたからだ、ハルバートの持手の先に居たジェフと目が合う。
(…心配、してくれてるのかな?)
目が合った時間は刹那の間であった、ジェフに斬られた筈の左腕から奇怪な、腕の様な何かが新たに生えて来ていたのが目に映ったのだ。
「ジェフさん!?」
「!?」
メルラーナに呼ばれ、彼女の視線が自分から外れているのを見たジェフは其の瞳が見開かれた事、其の視線が自身の向こうに有る事に気が付く。
(何だ?)
直ぐメルラーナの見ている視線の先を見ると、再生された奇怪な腕が襲って来ていた。
ジェフは咄嗟にハルバートで其の攻撃を防いで反らす、オーガは勢い余って体勢を崩した、メルラーナは其の隙に右腕に刺した刃を引き抜き、オーガの背中に回る。
(斬り落とすのはきっと良くないのなら!)
後頭部を目掛けて斬り付けようと薙ぎ払うが、本能的なものを元々持っていたのだろうか殺気に感付いたのだろうか、オーガは頭を下げそれを避けた。
そんな激しい攻防が暫く続いた、其の間、第三部隊が戦闘に参加する事は無かった、余りにも激しい戦いに立ち入る隙が無かったのだ、最初はバラバラだったメルラーナとジェフの攻撃は徐々に連携を取る様に成る。
戦闘中ではあったがジェフはメルラーナを見る余裕が出来ていた。
(さっきの力、魔力の干渉が無い、つまり魔法では無いな、武器?魔法具なのか?)
そして。
「これで!!」
メルラーナはオーガの顎に向かって刃を突き立てる。
「「やった!」」
其の場に居た全員がそう思った、オーガは両腕でメルラーナの華奢な身体を力一杯抱き締める、ミシミシと云う音が聞こえて来た。
「あああああ!!」
「メルラーナさん!!」
ジェフが助けにオーガの腕を斬り落とそうと試みる、メルラーナは激しい痛みに絶叫で叫ぶ中。
「う、ぐ、こ、こんな、所で!やられて堪るか!!」
締められた腕から抜け出そうと力を目一杯入れるが、引き剥がす事が出来ない、ジェフのハルバートがオーガの腕を斬り、力が抜けた其の瞬間、メルラーナが締められていた腕から抜け出す為に入れた筈の力が違う形で姿を現す。
ボンッ!
顎に突き刺さった刃から水の塊がオーガの頭部毎破裂し、吹き飛ばす、オーガの身体が崩れ落ち、締められていたメルラーナが解放された。
(今の力!?…まさか、霊装か!?)
「ひゃっ!?」
ドスン。
「いっ!?いたたたた…。」
尻もちを着いて腰を擦る、オーガの方を見ると、首から上が吹き飛んでいた。
「………えっと、あれ?倒したの?かな?」
無意識の内にガウ=フォルネスの力が発動したせいか、自分が止めを刺した事に気付いて居ない様子でメルラーナはキョトンと首を傾げていた。
「倒したよ、君の御蔭で、皆無事だよ、有難う。」
………
……
…
此の戦いを目の当たりにした冒険者達は。
「…何か、……こう、………凄かった?」
と言い残したらしい。
外に出ると、既に辺りは暗く成っていた。
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